第134話 王都進軍
「なるほどね……」
王都手前にある防壁。
ここを突破すれば、いくら重蔵たち斎藤家でもアデマス軍の勢いを止めることはできないだろう。
限はこれまでと同じように敵軍内部に侵入し、中から潰しにかかろうと考えていた。
しかし、防壁とその付近の様子を見て、それは無理だと判断した。
「あの砦に佐武家の兵を呼び寄せていたのは、俺を止めるためだったか……」
元々は自分たちの王都だった場所を奪い返すため、アデマス王国軍は集結した。
しかし、数が多くても、所詮強化薬を使用した敷島の兵が負けるはずがない。
アデマス軍をどんどん追い込んでいたところで、突如逆襲され始めた。
そのことから、父の重蔵はアデマス軍の中に自分が紛れ込んでいることを察したのだろう。
王都の防御を高めるために、自分をヤミモの砦に留めておく必要があるため、佐武家を送りこんだようだ。
自分がいた頃から敷島内でも武が評価されていた佐武家を捨て駒にするなんて、重蔵も思い切ったことをするものだ。
「これだけの数が揃えられれば、佐武家を捨てても関係ないと考えたのか……」
敷斎王国の王都を守る防壁には、敷島の名だたる一族たちが勢ぞろいしている。
そのうえ、元はアデマス王国の人間であろう大量の奴隷兵が、防壁前に溢れかえっている。
奴隷兵たちは、全員当然のように強化薬を使用済みだ。
「あんな中入ってもしも見つかったら、俺でもひとたまりもないかもな……」
ヤミモの砦では光宮家の宏直が上手いこと自分の策にハマり、内部を混乱に陥れることに成功した。
贅沢を言えば宏直も始末しておきたかったが、逃走を選んだ宏直が冷静な判断をしたと褒めるしかない。
その時でも、結構綱渡りの潜入作戦でしかなかった。
レラや従魔たちを一緒に連れて行っていたら、もしかしたら変装がバレて危険な目に遭っていたかもしれない。
今回は、それとは比にならないほどの敵数。
とてもではないが、潜入作戦は選択できない。
「では、どうなさいますか?」
限が敵の内部に潜入して内部崩壊をさせてきたからこそ、アデマス軍は勝利を得ることができていた。
しかし、今回その作戦が使用できないとなると、アデマス軍では防壁前に壁のように立ちはだかる大量の奴隷兵を突破することすらできないだろう。
アデマス軍が弱いというより、敷斎王国軍の戦力が強大なのだ。
そんなアデマス王国軍でも、限が重蔵率いる敷島の人間たちを殲滅するのには多少とは言え利用価値はある。
ここで潰れるにしても、敵にダメージを与えるために最大限使いたい。
その方法があるのか、独り言のように呟く限に、側で黙っていたレラが問いかけた。
「あいつらではアデマス王国の復興なんて不可能だ。戦えば確実にここで死ぬのだから、有意義に使わせてもらう」
そもそも、限たちの助力がなければ、アデマス軍なんて潰されていた。
ここまで来れたのは自分たちのお陰だ。
王都が奪還できるかもしれないという夢を見られた分、感謝として何かしらの返礼が欲しい。
その返礼は、もうこちらで用意させてもらった。
そのため、これから先のことを想像した限は笑みと共にレラへ返答した。
「ということは、もう準備はできているのですね?」
「あぁ」
「流石限様です!」
砦内に潜入する機会が多く、限はアデマス軍に接触する機会は少なかった。
その少ない機会に、先を見越して何かしらの策を施していたようだ。
限の先見の明に、レラは素直に称賛の言葉をかけた。
「……待ってろよ。必ずお前の首を取ってやる」
開戦も間近に迫り、限たちも戦いに参加するためにアデマス軍の兵の中に紛れる予定だ。
偵察はこれくらいにしてこの場から去る時、限は最後に王都の方を眺めて、聞こえないと分かっていながら重蔵へ決意の言葉を呟いた。
◆◆◆◆◆
「ラトバラ様。そろそろ……」
「あぁ、分かっている」
遠くに王都が眺められる小さい丘の上に陣を敷いたアデマス軍。
そこで簡易の椅子に腰かけていたラトバラは、部下のリンドンの言葉を受けて立ち上がる。
そして、これから王都へ攻め込む兵たちが並ぶ、列の前に立った。
「これより、我々は王都へ攻め込む!」
「「「「「オォーーー!!」」」」」
アデマス軍を率いるラトバラは、兵たちの士気を上げるように話し始めると、兵たちは大きな声で返答した。
最初は何度も撤退を余儀なくされたが、結果的に自分たちは王都の手前まで来れた。
敵である敷島の人間も元はアデマス王国内の人間だった。
共に他国へ攻め入ったこともあるからこそ、敷島の者たちの強さは理解している。
そんな彼らを相手にして、ここまで来れたということで、ラトバラのみならず兵たちにも自信が漲っているように見える。
「現在は敵の手にあるが、元々はあそこは我らの王都。何としても奪還し、王国復興を成し遂げるのだ!!」
「「「「「オォーーー!!」」」」」
王国復興。
そのために王都の奪還を目指し、ここまで戦い抜いてきた。
それもすぐ目の前に来ている、
そのことが、兵たちの自信となり、士気を上げる要因となっていた。
「敵はこれまで以上に数を増やしてきたようだが、まだまだ我らの方が上だ。仲間と共に恐れることなく敵を討ち倒すのだ!!」
「「「「「オォーーー!!」」」」」
遠く離れたここからでも、敵が数を揃えてきたのは分かる。
しかし、これまでも敵を退けてきたという自信が、兵たちの恐怖を消し去っていた。
『おいおい……』
防壁周辺の偵察から戻り、兵の中に身を隠した限たち。
これから出陣するとなり始まったラトバラの演説に、限は少し呆れていた。
ここまで来るために、アデマス軍は戦いに勝利してきた。
しかし、その勝利に不自然な点があったことを、ラトバラも気付いていたはず。
その原因が限によるものなんて分かることはないだろうが、ここまで自信を持っていることラトバラも兵たちも不自然だ。
『……そうか。念願の王都奪還が可能な所まで迫ったことで、錯覚しているのか……』
ここにいるアデマス軍の誰もが、王都奪還にテンションが上がっている。
その熱が、不自然な勝利を忘れさせてしまっているのだと、限は心の中で判断した。
「進めーーー!!」
『全く……』
競走馬で言う、かかっている状態なのだろう。
大将のラトバラの様子からして、敵の勢力の調査を徹底的にしているとは思えない。
もう少し調査をし、隣国に増援を求めてからでも良いはず。
それなのに、ラトバラはもう攻め込む決断をした。
さすがの限でもこの状況を止めることは不可能だ。
この場にいる人間を内心で呆れつつ、限は周囲の兵たちに合わせるように、王都の防壁へと向かって行動を開始したのだった。