第132話 暗躍
「……なんだ? これは……」
重蔵の命により砦の防衛を任されている宏直は、変装した限を発見したという報告に来た部下と共に砦内を移動する。
そして、案内されて辿り着いた先の状況を見て、驚きの声を上げる。
「どうなっているんだ!?」
「わ、分かりません。隊長からは、光宮様が到着する頃には捕縛しておくと聞いていたのですが……」
現状を見た宏直は、怒鳴るようにして案内した者に問いかける。
しかし、問いかけられた者もこの現状が理解できていないらしく、戸惑うようにして返答した。
「全員死んでいる……」
2人の目の前には、人の山が築かれている。
確認するまでもなく、誰も彼もが息絶えているのが分かる。
「返り討ちに遭ったというのか……」
恐らく、変装した限を発見した者たちは、始末するためにこの部屋に追い込んだのだろう。
しかし、この現状から考えると、返り討ちに遭ったと考えるのが妥当だ。
「しかし、この部屋の大きさでこの人数なら、いくら魔無しが強くなっているからと言っても不可能では……」
死体の山が築かれているこの部屋は、それほど大きくない。
戦闘するにしても、大袈裟に動き回れはしない。
そんな大きさの部屋で大人数に囲まれれば、どんなに強くてもまともには戦えず、最終的には仕留められるしかない。
こちらからすると、多少の被害を受けてでも限を排除できれば御の字。
この部屋に追い込んだ時点で、勝利は決まったようなもの。
返り討ちに遭うはずがない。
「信秀までいたというのに……」
宏直の部下の中でも、特に実力を買っていた永山信秀。
1つの隊を任せていた彼の死体までも転がっており、見る限り強化薬を使用した形跡がある。
そんな彼ですら、限の前に屈したということになる。
その実力の高さに、宏直は自分が限のことをまだ甘く見ていたのだと思わされた。
「探せ!! 奴はまた何者かに変装しているはずだ!!」
「は、はいっ!!」
味方の死体はあるが、限の死体はない。
そのことから、宏直は信秀を殺して砦内のどこかに潜伏しているのだと判断した。
配下を殺られて頭に血が上った宏直は、荒い口調で部下へと命令した。
「くそっ!! 戦いの前に人数を減らされるなんて・・…」
部屋に山のように積まれた死体。
そう聞くと大量のように思えるが、砦内にいる兵の数からすると1割にも満たない。
とはいえ、このように開戦前に味方を減らされては、勝てる戦いも苦戦することになりかねない。
兵に砦内にいるであろう限の捜索と始末を指示した宏直は、砦の外の敵の動きを探るため、佐武のいる防壁の上へと戻ることにした。
「……なっ!?」
佐武のいる防壁の上へと戻った宏直は、またも驚きの声を上げることになった。
何故なら、そこにも多くの死体が転がっていたからだ。
「佐武殿!?」
生存者がいないか捜索していた宏直は、敵の監視を任せていた哲司までも倒れているのを発見する。
彼も怪我を負い、かなりの出血をしていることから、宏直は哲司まで殺されたのかと声をかける。
「光宮…殿……」
「おぉ!! 生きておられたか!?」
宏直の声に反応したのか、閉じられていた哲司の目が開く。
そして、目を開いた哲司は、言葉を途切れさせながらも宏直の名前を口にした。
周りに転がる兵たちと同様傷だらけで動かなかいことから、半ば絶望的な想像をしていただけに、宏直は哲司から反応があったことに喜びの表情へと変わる。
「申し訳…ない。奴に…やられた」
「喋らなくていい!」
この場を守ることができず、哲司は申し訳なさそうに謝ってくる。
そんな事より、傷口が開かないように喋らないで欲しい。
「おいっ! すぐに佐武殿を医務室へ!」
「は、はいっ!」「畏まりました!」
生きていただけで安心した宏直は、側にいた兵に向かって指示を出す。
それを受けた兵が数人駆け寄り、哲司を抱えて医務室へと運び始めた。
「くそっ!! 魔無しの奴め!!」
1度ならず、2度までも限にやられた。
それなのに、その姿はなかなか見つからない。
良いようにやられていることに、頭に血が上った宏直は壁に拳を打ち付けた。
『フッ!!』
悔しそうにする宏直を密かに見ていた限は、声を出さずに笑みを浮かべる。
「……待て!!」
「っ!?」
何を思ったのか、宏直が哲司を抱える兵を呼び止める。
突然止められたことで、限は内心驚く。
まだ砦内の兵は多いというのに、バレるのはいくら限でも危険だ。
そんな事を考えていると、宏直はこちらへ向かって近づいてきた。
「うっ!」「痛いです……」
「……すまん。勘違いか……」
「「いいえ……」」
近付いてきた宏直は、哲司を抱える兵たちの顔をつねる。
その感触から、変装をしているようには感じない。
自分の考えが間違っていたことが分かり、宏直は疑った兵たちに謝った。
謝られた兵たちは、つねられた部分を赤くしながら、哲司を医務室へ運ぶことを再開した。
「チッ! 痛えな……」
「俺たちが疑われちまったじゃねえか……」
哲司を医務室へと運び終えた兵は、彼が気絶していることを良いことに愚痴をこぼす。
佐武家当主でありながら、限にやられた哲司に幻滅したような言葉を呟いた。
宏直に疑われ、頬をつねられことになったのだから、愚痴りたくなるのも仕方がない。
「それにしても、さっさと魔無しの奴を探し出さないとな」
「あぁ、これ以上減らされるのは迷惑だ」
宏直だけではなく、兵たちも限の行為に怒りが湧いている。
これ以上仲間を減らされては、砦の外にいるアデマス軍と戦う時に苦労することになってしまう。
「あいつどこにいるんだよ」
「面倒だから自分から出て来いってんだ」
どこにいるかも分からないし、誰に変装しているかもすぐには分からない。
そんな限を探さないといけないことに、兵たちは文句を呟いた。
「それじゃあ……」
「「っっっ!?」」
ただの愚痴に反応があるなんて思わなかった兵たちは、驚きつつ声がした方へと振り向く。
そして、兵たちはそこで永遠に意識を失った。
「さて、次に行くか……」
そう呟き、限は哲司の顔から、今殺した片方の兵の顔へ変装する。
本物の哲司は、防壁の上で限が背後から接近して殺し、魔法の指輪に収納してある。
その死体を取り出し、先程まで自分が寝ていたベッドの上へと放置する。
死んだ人間が動いていればすぐばれる。
そのため、先程殺して変装した兵の死体を収納し、また砦内の兵たちの暗殺の続きを開始することにした。