第131話 光宮家
「あの三家を倒し、次はここという訳か……」
敷斎王国の三島・山科・南川の三家によって守られていた砦を奪取した元アデマス王国公爵ラトバラが率いる軍は、王都を奪還するために北上を開始した。
そして、光宮家当主の宏直が領主を務める王都手前の町、ヤミモの手前で陣を張った。
ヤミモの町への侵入を阻止するように建てられた、敵の砦を攻略するためだ。
その砦の城壁の上から、宏直は陣を張るアデマス軍を眺めていた。
王都へと攻め込むには、ヤミモの町を通らなければならない。
そのことが分かっているため、この砦には多くの兵と敷島の者たちが集まっていた。
「光宮殿」
「佐武殿……」
宏直の所に、1人の中年男性が近付く。
佐武家当主の哲司という男で、王となった重蔵から宏直と共にこの砦を守ることを指示されてこの場にいる。
「……敵もかなりの数を揃えてきましたな」
「えぇ……」
砦から遠く離れた場所に陣を敷くアデマス王国軍。
その陣の大きさから、敵が相当な数を揃えてきていることが分かる。
その数は、どう見ても砦の規模に合っていない。
「こちらには強化薬がありますからな」
「えぇ、奴らは数で潰す以外に方法がない」
敵がこれだけの数を揃えてきた理由は分かる。
敷斎王国の軍は、敷島の者たちだけでなく一般兵も強力な実力の持ち主ばかりだ。
敵が強化兵を倒すには、大人数で攻めかかる以外に方法がない。
そのために敵は数を集めたのだろう。
「とんでもない薬ですな」
「確かに……」
普通の兵が、薬を服用するだけで下っ端の敷島兵並の力を手に入れられる。
オリアーナが作り出した強化薬を飲むだけで、そんな力が手に入るのだから、昔は敵としていた研究所の力を評価せざるをえない。
「王の先見の明は素晴らしいですな」
「全く」
この強化薬は、もしかしたら自分たちに向いていたかもしれない。
オリアーナが、自分の両親を殺した復讐を果たすために、この強化薬は作り出された。
もしも、重蔵が国家転覆と共に前敷島頭領の良照を討とうとしなければ、オリアーナは研究成果の魔物化薬や強化薬を使用して、敷島を滅ぼそうとしていただろう。
その相手を自分たちがやらなければならなかった時のことを考えると、相当な苦労を強いられていたことは容易に想像できる。
そうならなかったことに、宏直と哲司は王となった重蔵の判断を称賛した。
「それにしても……」
強化薬の話はそこまでとして、宏直は話を変える。
「まさか二ヶ国がここまで速く奴らの援助をしてくるとは……」
敵の陣の中には、3種類の旗が立てられている。
アデマス王国の他に、南西に位置するラクト帝国・南東に位置するミカゲリ王国の二ヶ国のものだ。
敷斎王国による領土奪取が続いていたが、先の砦の戦いでラトバラたちが勝利したのを見て、この二ヶ国はアデマス王国奪還の協力を申し出た。
ラトバラたちアデマス王国側との迅速な盟約の提携により、二ヶ国はすぐさま兵を送ってきた。
その素早い行動に、敷斎側としては驚くばかりだ。
「それだけ敷島の名は恐ろしいのでしょう」
「なるほど……」
ラクト帝国とミカゲリ王国は、これまでアデマス王国から何度も攻め込まれていた。
そのたびに多く御犠牲を出し、領土も削られていった。
その過去から、アデマス王国軍となるラトバラに協力することは、多少なりとも躊躇すると思えた。
しかし、ふたを開ければ迅速な援軍の提供という、予想外の行動だ。
意外に思うが、よく考えれば納得できる。
二ヶ国からすれば、敵にするならどちらが良いかということだ。
過去のアデマス王国軍との戦いで、二ヶ国にとって脅威となっていたのは敷島の者たちだ。
今後、敷島のいないアデマス王国と付き合うか。
それとも、敷島の人間によって統治された敷斎王国と付き合って行くかのどちらか問われれば、当然敷島のいなくなったアデマス王国だ。
そう考えたからこそ、二ヶ国は迅速な支援を送ってきたのだろう。
「数を集めようと、所詮は有象無象の集まり。我々の脅威にはなるとは思えません」
「その通り」
敵がどんなに兵を集めても、強化薬を持っているこちらが負けるとは思えない。
宏直と哲司は、その考えで一致している。
「我々が警戒すべきは、あの魔無しだ」
「ですね……」
三浦たち三家が守る砦が、アデマス軍によって落とされた。
いくら三浦たち敷島内でも下っ端の一族だからと言っても、それが本当にラトバラたちによるものだとは思えない。
何故なら、彼らも強化薬を持っていたからだ。
幼少期から鍛え上げた肉体に強化薬は相性が良いらしく、一般兵が強化薬を使用した時以上に、敷島の人間が強化薬を使用した時の方が戦闘力は強化される。
そんな強化薬を使用した三浦たちを倒せるとしたら、菱山家や五十嵐家を潰したとされる限が関わっていることは間違いない。
そのため、自分たちが警戒するべきなのは限だ。
「魔無しの奴が入れるとは思いませんが、念のためこの砦内の者には怪しい者がいたら身元を調べるように言っております」
魔力がなかったとはいえ、限は敷島の人間だ。
変装術などの心得もある。
もしかしたら、姿を変えて、もう砦内に侵入しているかもしれない。
そうなったら、砦内にどんな罠を仕掛けられるか分からない。
そうさせないためにも、宏直は砦内の者に挙動の怪しい者がいたら遠慮なく調べるように指示を出してある。
「それでしたら大丈夫でしょうな」
敷島の人間なら、自分たちの変装術を熟知している。
そのため、注意喚起した状態なら、限が侵入することなどできないだろう。
「光宮様!」
「んっ? どうした?」
哲司と話していた宏直の所に、突如兵が駆け寄ってきた。
その様子から、何か報告があるようだ。
そのため、宏直は哲司との話をやめ、部下の男に報告をさせた。
「限の奴らしき者が発見されたとのことです」
「そうか!」
どうやら、丁度いま話していた限が発見されたようだ。
その知らせを聞いて、宏直は笑みを浮かべる。
「光宮殿。ここは任せて向かってください」
「おぉ、頼みますぞ! どこだ? 案内しろ」
「はい。こちらです!」
まだ敵が攻めてくるとは思わないが、念のため動きを警戒しておく必要がある。
先程も言ったように、最も警戒するべき限を捕縛することが優先だ。
もしも敵が動いた時に指示を出す役として自分をここに置き、部下と共に限の捕縛に向かうべきだ。
そのため、哲司は宏直に部下と共に向かうように促した。
それを受け、宏直は部下に案内させ、この場から去っていった。