第130話 それぞれの反応
「……どうなっているんだ?」
元アデマス王国公爵ラトバラは、現状を見て呟く。
敷島の者たちが守る砦に攻め込み、外の敵を排除してようやく内部へ入ることに成功した。
そして、砦内に入ってみたら、内部は敵の死体が山になっている。
そんな現状を見れば、こう呟いてしまうのも仕方がない。
「……分かりません」
ラトバラの呟きに、部下の元アデマス王国伯爵のリンドンが反応する。
リンドン自身も彼と同じ思いだ。
何故こんなことになっているのか理解できない。
「我々が砦内に入った時にはもうこのような状態でした」
「そうか……」
先に砦内に入った者なら何か知っているかもしれないと、ラトバラとリンドンは部下を呼び寄せて尋ねてみる。
しかし、呼び寄せた部下からは、この状況の原因を知ることのできる報告はされなかった。
「生存者は……いないようだな」
「……そのようですね」
砦を奪った元アデマス王国軍は、まずは内部で何が起きたのか調べることを開始した。
生き残っている敷島兵がいれば情報を聞き出すのだが、そのような気配は感じられない。
どういう訳か全滅しているようだ。
「我々が外で戦っている間に起きた爆発音は、これのようですね……」
「あぁ……」
部下たちに任せるだけでなく、ラトバラとリンドンも砦内を調べて回る。
そして、一際凄惨な現場で足を止めた。
外で戦っている時、砦内部から爆発音がした。
何の音かと思っていたが、その発生源はここだったようだ。
「医務室だったようですが、酷い有様です」
「……っ! うっ……」
瓦礫を調べると、そこには薬品が幾つも転がっている。
そして、敷島の兵であったであろう人間の肉片が、そこかしこに散らばっている。
死屍累々といった状況で、血や薬品が混じったような酷い臭いが漂っている。
損傷した死体と臭い。
視覚と嗅覚の刺激により気分が悪くなったラトバラは、視線をそらして鼻と口をハンカチで押さえた。
「何者かが爆発させたようですね」
医務室らしき場所。
放射状に死体や瓦礫が飛び散っている所から考えると、部屋の中心で爆発が起きたということだ。
「魔法でしょうが、相当な手練れですね」
気付かれずにここまでの威力を出すとなると、魔道具では不可能だろう。
そうなると、魔法による爆発だと予想できる。
敷島の人間は、魔法よりも戦闘技術の強さを重視しているきらいがある。
だからと言って、魔法に関して無頓着なわけではない。
敷島の者は、誰もが一流と言って良い程の魔法の知識を有している。
そんな彼らに気付かれず、ここまでの爆発を起こす魔法を発動させたということは、相当な実力がないとできないことだ。
つまり、それほどまでの実力者が、この砦内にいたということになる。
「我々としては、余計な戦力を失うことが無いため助かったが……」
砦の外に出てきた敷島兵は、恐らくだが捨て駒。
それでも敷島の人間なだけあってしぶとく、こちらは1人倒すのに結構な人数が道連れにされてしまった。
しかし、それも前座。
本番である砦内の敵を相手に、それ以上の人数が死傷する覚悟を持っていたのだが、戦闘する必要がなくなった。
「原因不明なのは困ったものだな……」
無駄に兵を減らすことなく済んだことを考えれば、この状況は望ましい。
だが、これからも敷島の者たちと戦わなければならない状況で、原因が分からず不安を抱えたまま先を進まなければならないというのは悩ましいところだ。
「仲間割れ……は、ないでしょうね……」
「その可能性は低いだろう」
仲間割れにより、こうなったのではとラトバラに問いかけようとしたリンドンだったが、発言途中で自ら否定する。
実力がある者同士という言葉が付くが、敷島の仲間意識は弱くない。
そのため、ラトバラの言うように、仲間割れによるこの状況という可能性は低い。
「……原因が分からないが、勝利は勝利だ」
「左様ですね……」
これまで、自分たちは負け続きの状況だった。
今回、原因不明な部分があるとは言っても、この勝利は大きい。
これまで負け続きだったために、自分たちに協力をしてくれるような存在はいなかった。
しかし、今回のことで協力を申し出てくれる存在が現れるかもしれない。
特に、隣国の協力が期待される。
このまま斎藤家が率いる敷島の国になってしまえば、隣国としてもアデマス王の時以上に脅威度が増すだけだ。
これまで隣国の二ヶ国は、敷島の一部とアデマス軍を相手にして、ジワジワと領土を奪われるような状況だった。
それが、敷島の全戦力と敷斎王国軍を相手に戦うことになる。
どちらと戦うのが恐ろしいかと言えば、敷島の人数が多い後者の方だろう。
これまでのアデマス王国との関係を考えれば、ラトバラたちに協力するなんて不愉快だろう。
だが、敷島の人間を駆逐することができるかもしれないとなれば、協力することもやぶさかではないはずだ。
「何にしても、我々は勝利し続けるのみだ」
「えぇ」
アデマス王国の一部でしかなかった敷島。
そんな奴らに国を乗っ取られて、黙っている訳にはいかない。
国を取り戻すために、自分たちは勝つ以外ない。
その決意と共に、ラトバラとリンドンは今回の勝利を噛みしめたのだった。
◆◆◆◆◆
「奴らがやられたか……」
「えぇ」
三浦・山科・南川の三家に任せた、ラトバラたちアデマス王国貴族の生き残りの討伐。
アデマス王国の王城をそのまま敷斎王国の王城とした重蔵は、順調に数を減らしているという報告を受けていた。
そのため、時間はかかるがそのうち殲滅できるだろうと考えていたのだが、三家が守る砦がラトバラたちに落とされたという報告が突然入ってきた。
息子の天祐から伝えられたその報告に、重蔵のこめかみには血管が浮き出ている。
冷静を装っているが、かなり腹を立てているようだ。
「雑魚のくせに、残党の討伐も出来ないなんてな」
念のため、全員分の強化薬を渡してあるのだから、敷島の中でも実力の乏しい三家でもアデマス王国貴族の残党狩りくらいはできるだろう。
そう考え、重蔵たちは王と周辺の統治を盤石のものにする事に集中していた。
なのに、全滅するなんて寝耳に水だ。
腹を立てる気持ちも分からなくはない。
「強化薬を使用しても全滅ということは、恐らく限の奴が関わっているかと……」
「どこまでも不愉快な奴だな」
限が人体実験の結果力を手に入れ、自分の命を狙っていることはオリアーナから聞いて知っている。
アデマス王国の乗っ取りを完成する前に、限は必ず邪魔をしてくると思っていた。
分かっていたとはいえ、邪魔をされて気分が良い訳がない。
あの三家の当主が強化薬を使用しても勝てないとなると、予想以上の力を有していることに明白。
だからと言って、重蔵と天祐に慌てる様子はない。
「まぁいい、そのうち始末してやる」
表情からすると、重蔵たちには限に対抗する何か考えがあるらしい。
そのため彼らは、今はまだ限の行動を放置するようだ。
玉座に座った重蔵は、腕を組んで忌々し気な表情をするしかなかった。