第105話 変身
“ボンッ!!”
「ぐあっ!」
レラとの距離を詰めようと動く奈美子。
しかし、それが成功することはなく、レラが地面に張り巡らした魔法陣によって弾き飛ばされ、元いた場所へと戻された。
受け身を取っているとはいえ、何度も弾き飛ばされた奈美子は結構なダメージを受けていた。
「フッ! ざまあないわね」
「くっ! おのれ!!」
何度も接近を試みては吹き飛ぶ奈美子を見て、レラは嘲笑する。
その笑いを受け、奈美子はこめかみに血管を浮き上がらせて歯ぎしりする。
「ハァー!!」
「……懲りないわね」
“ボンッ!!”
「ぐあっ!」
怒りで我を忘れているのか、何の策も考えずに再度突っ込んできた。
それに対応するように、レラはタイミングよく魔法陣を発動させて吹き飛ばした。
「あなたごときが限様の婚約者だったなんて本当に笑える冗談ね。限様も仰っていたけど、婚約破棄されたことは喜ばしいことだったようね」
「黙れ! くそっ! くそっ! お前は殺す! あの魔無しも殺す!」
「だから無理だって言ってるじゃない……」
有利な立場に立ち、奈美子をジワジワと弱らせていけて、レラは気分がいい。
その態度が癪に障り、なおも奈美子は頭に血が上る。
そして、またも無駄な突進をして来たため、レラはうんざりしたように奈美子の動きを目で追った。
「マズイな。援軍を向けるべきか……」
限の方は、完全に数のごり押しで弱らせていくしかない。
このまま進めば、こちらの兵が尽きる前には限の方が力尽きるはずだ。
そう考えている五十嵐家当主の光蔵は、女性部隊の方に目を向けた。
すると、奈美子ならば大丈夫だと思っていたにもかかわらず、逆に完全に追い詰められていた。
あの結界を破壊し、もっと広い場所で戦わせた方が良いかもしれない。
強固ではあるが、限を相手にする予定の何人かを、結界破壊に向かわせるべきではないかと考えた。
「待ってください!」
「奏太……?」
光蔵が数人の配下に奈美子が閉じ込められている結界を破壊するように指示を出そうとした時、隣にいる奏太がそれに待ったをかけた。
自分の婚約者がピンチだというのにそれを止める息子に、光蔵は首を傾げる。
「この戦いに加わる時、奈美子は追い詰められても策があると言っていました。もう少し様子を見ましょう」
「策……」
菱山家が潰されたことからも、この戦いはかなり危険なものになることが予想されていた。
そして、父を始めとした一族を殺された恨みから、美奈子が気持ちを制御できるか不安だった。
そのため、奏太は最初、念のため奈美子には参加をしないように勧めていた。
しかし、奈美子からもしもの時には秘策があると、自信満々に言われた奏太は、何か必殺技か、それに類する何かを手に入れたのではないかと考えた。
きっと、奈美子はそれを使うちゃんうを探しているはず。
そう考えて、奏太は父に援軍を向けさせることを止めたのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「そろそろ終わりにするわ」
またも魔法陣の爆発によって吹き飛ばされる奈美子。
体力の限界も近付いてきたのか、倒れたまま息を切らし、なかなか起きない。
苦戦しているようだが、レラは限に援護が必要とは思っていない。
しかし、先程回復した体もまた細かい傷が増えて行くのを見ているのは辛い。
ならば、アルバやニールの相手にする女性たちを倒し、もしもの時にはすぐにでも援護できる体制を作るべきだ。
もう奈美子に興味がなくなったレラは、止めを刺すことに決めた。
「そうだな……」
「っ!! 錠剤……?」
止めを刺すべく近付こうとしたレラ。
そんなレラの先程の言葉に反応するように、奈美子は上半身を起こし、懐から小さい粒のような物を取り出した。
それが何なのか注視すると、レラは何かの錠剤のように見えた。
「ぐっ! ぐうぅ、、、、」
その錠剤を飲んだ途端、奈美子から呻き声のような物が発せられた。
それと同時に、奈美子の魔力も膨れ上がるように明滅を繰り返す。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「筋肉が……、魔力も……」
呻き声が治まりゆっくりと立ち上がる奈美子。
その姿を見て、レラは一気に嫌な汗が噴き出してきた。
先程までの奈美子と違い、筋肉が膨れ上がったのだ、
それだけではない。
魔力量までもが、一気に肥大している。
「あれが、奈美子の秘策なのか……?」
「そ、そうみたいだね」
いきなり姿が変化した奈美子を見て、光蔵は奏太に問いかける。
奈美子の秘策が何なのか教えてもらっていなかったため、奏太も曖昧な返事をするしかできなかった。
「フフッ! 見た目がいまいちだけど、なかなか使えるわね」
「くっ! おかしな変身して……」
筋肉が肥大してゴツイ体になってしまったのは女性としては喜ばしくないが、かなり減ってしまった魔力が、通常時以上に膨れ上がったことに、奈美子はまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。
その魔力に当てられ、レラは近付こうとした足を止め、逆に距離を取るような行動に出た。
直感で危険と判断したからだろう。
「さて、これまでの仕返しと行かせてもらうわ」
「くっ!! フンッ!」
“ボンッ!!”
変化した体を確認した奈美子は、ゆっくりをレラへと歩み寄る。
どんなに変化しようと、ニールが張ってくれた結界内には、自分が設置した地雷型魔法陣が張り巡らされている。
近付くのは危険なら近付かせなければいいと、レラは奈美子の足下の魔法陣を発動させた。
「フフッ! どうやら今の私には通用しないみたいね?」
「なっ!?」
魔法陣の爆発と共に煙が巻き上がる。
それが治まると、奈美子が笑みを浮かべて立っていた。
少し前までは、吹き飛ばされて地面に叩きつけられていたのだが、今度は全く意に返していないようだ。
「ハッ!」
「速い! ……けどっ!!」
“ボボボボボンッ……!!”
足元の罠(魔法陣)が脅威にならないと確認した奈美子は、思いっきり地を蹴る。
筋力・魔力アップによって、移動速度まで上昇している。
それに驚くレラだが、すぐに対応に出る。
単発は我慢できても、何発も受ければダメージを受けるはず。
そう考えたレラは、奈美子を迎撃するべく、設置しておいた魔法陣を一斉発動させた。
「無駄よ!!」
「っっっ!! ぐっ!」
あらだけの爆発を苦にすることなく、奈美子はそのまま突進してきた。
そして、そのままレラの胴へ向けて、刀を横に振ってきた。
その攻撃により、レラは強烈な勢いで吹き飛んで行った。
「すごい。すごい。薙刀で防いだのは見事ね」
壁となる結界ギリギリまで吹き飛ばされたレラは、何とか着地を取る。
それを見た奈美子は、おちょくるようにしてレラのことを褒める。
限との訓練が無かったら、今の攻撃で自分は体が上下に切り裂かれていたことだろう。
それだけ強力な一撃だった。
奈美子は防いだことを感心しているようだが、冗談じゃない。
片腕に強烈な痛みが走った所を考えると、どうやら防いだというのに骨にヒビが入ったようだ。
「こ、このゴリラ女……」
レラは奈美子へ悪態を吐きつつ、こっそり腕の痛みを魔法で治したのだった。