避難所に一泊
すいません短めです。
ちょっと追い付かなくなってきました
「さてさて準備はOKかな?」
そう笑顔で私は彰人さんを伺った。
「や、やめて。こんなの人体実験と同じじゃないか!」
「あら?やっぱり自信がないのかしら?あなたの好きな数値でも安全は十分に検証出来ているのに………まさか信じれないとか言わないわよね?」
「ぐっ、で、でも3日も1人で入らなくてもいいじゃないか!」
「あら?それも酸素の消費量からいろいろと目安として1人の人間のデーターが数値で欲しいと言ってたじゃない。もう忘れたの?」
言い出したのは本人。ならお願いしましょうとなった訳だ。
実際は1日24時間だけ入って貰う予定なんだけど、ストレス具合とかの確認もあって彰人さんには3日って事にしてある。
食料品の保管庫も設置し水も十分な量を保管して、使用済みの水も浄化システムを使い再利用が出来るだけ可能なようにした。水は大事だからね。
あと1人1畳と狭いながらも個室も準備し、密閉空間でのストレス軽減の為大量の映像データの入ったコンピュータも準備した。本当は個室に一台ずつタブレットでも置きたかったんだけど時代的にまだ開発されてないから諦めた。
諦めたと言えば通信用のアンテナを地上に設置して地下の潜水型施設に繋げようとしたけど、地上に設置したアンテナが無事な状態を維持できるか不明な為、運任せでとりあえず設置する事になった。
地上が津波の影響でどんな状況になるかこればっかりは推測が難しいもの。
確実な通信方法が今後の課題かな。
それとペット用の居住区も狭いながら設置した。避難して来た人の中にはペットを抱いて逃げて来た人がいたのを思い出したからだ。
折角逃げて来たのにペットはダメですと断られるのは見ていて悲しいものだった。
彰人さんを潜水型の避難所に放り投げた結果は問題なかった。
最初は不安で施設内をウロウロしていたけど、慣れたのか24時間経って迎えに行った時には「えっもう?」といい休息になったみたいだ。
個人的に1人が好きって言う性格もあるかもしれないけどね。
ただまたまた問題が出た。施設に入る為の入口の閉鎖のタイミングをどうするか問題になった。
ギリギリまで避難して来た人を収容したいけど、入口の閉鎖のタイミングを誤れば施設内に水が入り水没なんて事になりかねない。個人の感覚に任せるのは危険となった。
そこで閉鎖に掛かる時間を計測し平均化して津波の予想速度を考慮して、感知センサーを数個海岸側に設置し自動で閉鎖する様にした。
これで少しでも助かる人が増えるならいいのだけど…………
とりあえず避難所の問題はこれでクリアとして次の段階に進む事になった。避難所の設置する場所だ。
正直震源地の位置や海岸部に到達する津波の高さなんかは覚えていないので、彰人さんの予測に頼るしかなかった。
そして海岸部の土地の確保に動いたのだけど、思った以上に簡単に確保出来た。
過疎化の影響もあるかもしれないけど、もう住人がいないけど解体にお金が掛かるからと放置されている物件が多く解体もこちらでしますからと安く購入出来た。この購入の為に小さいながら不動産会社を作ったんだけどね。
今の所は芸能活動で稼いだお金で何とか間に合っているけど、まだまだお金は掛かると思う。
そろそろ神様通帳から出さないと…………と思っていると嬉しい報告が入ってきた。
芸能活動で知名度が上がった影響かな?私が地震の避難所を作っていると何処からか聞いたのか、海岸部に住む人から寄付があった。どんな人かとお礼を言いに行くと年老いた夫婦だった。
話を聞くと昔の津波で兄と友達を津波で亡くしたそうで、津波の恐怖は今でも鮮明に覚えているんだと教えて貰った。
地震に津波はいつくるかわからないけど、息子や孫が被害に遭うかもと思うと不安だからと寄付をしたいと言ってくれた。結果とか全然出してもいないのに…………「ありがとうございます。」と心からお礼を言った。
その後も避難所を設置していくと、その地域の方から寄付が増えて行った。中には貴重な話もしてくれる人もいた。「ここの地形はな~海岸からよりあっちの崖側からの方から早く津波が来たんだよ。」と体験談を教えてくれた人もいた。
とりあえず避難所はこれから予算次第だけど少しずつ増やしていくつもりだ。
そうしてドラマの撮影と避難所の試作に追われ4月は過ぎて行った。
5月に入るとあれから毎年の恒例行事となった地元のカラオケ大会が始まった。
読んで頂きありがとうございます。




