オーディション---橘編---
次回更新は来月になりそうです。
いや~うちの亮太は凄いな~
6歳離れている弟が、高校に通っている途中に引きこもりになってしまった時はどうなるかと心配だったけど、脚本家としてここまで世間様から評価して貰えるとは思いもしなかったな。
亮太の引き籠りを治そうと、いろいろやってみたけど、20歳を過ぎても引き籠りが治らなくて逆に家で出来る仕事として何かさせてみようかと思ってちょっとした脚本を作って貰ったのが始まりだった。
今じゃ橘龍堂と言えば脚本家として有名になってオファーの数が凄いもんな。収入も越されてしまったし…………でも未だに引き籠り生活でネットでしか買い物しないし打ち合わせは全部兄の俺に任せているのがどうかと思うけどね。家でもマンションでも買うお金もあるはずだし、自立して欲しいんだけどな~
そんなある日にたまたま家でご飯を食べながら、黒沢 優紀さんの資料を見ていたら、そこに亮太が降りてきて優紀さんの写真を見てしまった。うちの亮太は引き籠りと言っても部屋に籠るタイプではなく家に籠るタイプで普通にリビングにいる時もある。
「兄ちゃん!この子どんな子?」おっ!一目惚れでもしたかな。
「ん?そうだな~この前初めて会ったけど、親想いで優しい子だと思うよ。母親と一緒にいたいからって理由でスカウト断られちゃったぐらいだからね。」
「兄ちゃん俺この子で話を書きたい!」そっちか!
「え?亮太が人を見て自分から書きたいとか珍しいな。でも流石に兄ちゃんでも難しいぞ。デビュー出来れば売れると思ってスカウトの交渉は続けているんだけどな。」
それから亮太は一週間でドラマの脚本を作って渡してきた。
内容は面白かったけど、俺には売れる売れないの判断が出来ないからジェシカ社長に事情を話して読んで貰った。
「へぇ~あの亮太君が自分から作ったの?」
「そうなんですよ、珍しいっていうか初めてですよ。」
「何かきっかけでもあったの?」
「えぇ黒沢優紀さんの写真を見られちゃって…………すいません。」
「あぁ~そっか。亮太君も何か感じたのかしらね、私も同じで写真じゃわからない何かを持っていそうな子なのよね。」
「そうなんですか?」
「かなり気になるわね。」
それからジェシカ社長は知り合いの何人かのスポンサーにちょっと話してみると言ってくれたので「お任せします。」とお願いした。
うちの亮太、いや『橘 龍堂』の名前のせいか脚本が俺が思っていた以上に評価されてアッというまに5社が名乗りを上げてきた。
1社はうちの制作部門なんだけどね。「売れるよ!売れるよ!あの『橘 龍堂』の脚本でしょ?キャストはもう目星付いてるの?」とそれから話が進みに進みキャストのオーディションまで始まってしまった。
いや~焦ったね、あの時は。だって主人公役は亮太の中では黒沢優紀さんで決まってるし、まだスカウト出来てないんだからね。
他の4社にまさか主人公役は決まっていてスカウトも出来てないなんて言えなくて、オーディションも数回したけどいろいろと理由を付けて決めなかった。
そんな胃に穴がもう少しで空きそうな頃、次で最後だと諦めながら黒沢優紀さんに電話してみた。
今まで頑なに断られていたのが嘘の様に、ほんの少し可能性が出てきた。最後の手段だとジェシカ社長にも同行をお願いするとジェシカ社長も乗り気でとんとん拍子で話が進んでいった。
未だにあの時のジェシカ社長と黒沢優紀さんの会話の内容は意味がわからないけど、やっと今日のオーディションまで辿り着けた。
亮太に黒沢優紀さんをスカウト出来た事とオーディションの事を教えると「流石兄ちゃん!ありがとう。」と喜んでくれた。歳の離れているせいか弟が可愛い、今までの胃の痛みが飛びそうだった。
だけど、弟の亮太からまたもやお願いされた。
オーディションを見てみたいと……………………おっ!とうとう家を出てみる気になったのかと思ったが渡された物がパソコンに繋げて使えるカメラとマイクだった。実況中継して欲しいと…………やっぱり家からは出たくはないのか………
一通り使い方を亮太に教えて貰うと最後にプリントアウトされた一枚の紙を渡された。
「兄ちゃん!優紀さんが僕の理想の演技を出来るか試したいんだ。主人公みたく制服で、オーディションで演技して貰えないかな?」
そんな事を言ってきた。渡された紙を見ればそこには簡単な設定が書かれていた。
「これだけなのかい?」
「うん。これだけで何処まで出来るか知りたいんだ。」
まぁ、俺がメインでオーディションを開くから出来ないことではないけど………
オーディション当日
スポンサー企業として名を上げた5社の代表者が一同に集まった。
キャストの中でもメインキャストが決まっていないこの状況は誰もが不満に思っていた為、集まったそばから4人に不満をぶつけられた。
特に不満をぶつけてきたのは小山さんと林田さんだ。小山さんはドラマや映画を博打のように思っている人でその時その時の勘で出資額を決めて利権を捥ぎ取って行く人だ。多分メインキャスト次第で博打の勝敗に係わってくるから気になって仕方がないようだ。
林田さんは自分の事務所に所属する俳優や女優をしつこいぐらい入れようとしてくる人だ。最初はそんなに儲けたいのかと思ったが、そんな人ではなかった。若手の俳優や女優に少しでも仕事をまわして困らない様に、そして少しでも経験を積ませたいと思っている優しい人だった。自分の変わった髪型も営業の時に印象を残したくてしているらしい。
他の2人には不満ではなくやっと橘 龍堂さんのお眼鏡に叶う人見つかったんですか?楽しみです、みたいな事を言われた。何処から何処までバレていたのか背中に冷たい物を感じた。
まぁ、今日でその苦労ともお別れだと思うと胃の痛みが少しいい気がする。
優紀さんのここ一ヵ月の演技指導での様子も知っているのもあり心配はいらないと思う。逆に今ここにいる4人がどれだけ驚くかと思うと内心ワクワクする。
カメラ越しで見ている亮太の期待がどれ程なのかわからないけど、きっと満足するだろう。
そしてオーディションが始まった。
優紀さんは部屋に入ってくる前からもう役に入っている様子で、設定のイメージ通りだ。さすがだ。
他の4人は見た目から審査に入って貰う旨を伝えてある為に、まだ驚きは少ない。
ここでも批判的な意見を言ってきたのは小山さんと隙あら自分の所属の女優を入れたい林田さんだった。
他の2人は声を聴きたいとの要望。それならばと優紀さんにアドリブでセリフを考えてやってもらおう。
もう役に入ってる優紀さんなら出来るはず…………いや普通にやれてしまうだろう。
「そうですね。では何かセリフでも言って貰いましょうか。あれしかない設定ですけどアドリブでお願いしますかね。優紀さんお願いします。」とお願いすると。
「ち、父は刑事をしていました、とても尊敬していました。でも……………………でも亡くなりました。急にいなくなるなんて……………………どうして父は亡くなったんですか?」
うわぁ、わかっていたけど、本当に遺族の方かと思ってしまうほど自然で悲しみが伝わってきた。不思議な事に優紀さんのセリフはどんなに小声でもちゃんと聞こえるし、感情が伝わってくるのだ。
その演技を魅せられて一番最初に理解したのは演技に一番うるさい曽我さんだった。
「クッ……………………なんて演技力だ。マジか…………俺はもう何も言う事はねぇ。」
今のちょっとしたセリフであのうるさい曽我さんが黙ってしまったのには俺も少し驚いた。
そして音にうるさい源本さんも同じように理解したのか
「……………………そ、そうね。声を聴かせて貰えたし私もないわ。正直早く他の演技も見てみたいわ。」
と納得してくれた。
まだまだこれからですよ?そんな気持ちでいると、案の定小山さんと林田さんが未だに納得出来ないと批判を言ってきた。俺としては待ってました!って感じなんだけどね。
「そ、そうだな。演技力は認めるが、変身した時の印象がここから出せるものですかね。」
「そうですよ。演技力だけじゃダメダメ、それに綺麗な子や可愛い子なら沢山いるんです。魅力を持った子じゃないとドラマの主役なんてできませんよ。そこの所橘さん大丈夫なんですか?」
これからどれ程驚くのかとワクワクしてすぐにでも優紀さんに魅せて貰おうかと思ったが、2人の意見を確認する意味を込めて少し溜めさせてもらった。
「曽我さんと源川さんから了承を得られましたし、3対2で決まりと思うんですけど…………未だに小山さんと林田さんは納得出来ないとそうおっしゃっるんですね?」
「そうだ。」
「私も同意見です。」
くぅ~思い通りに事が進むって楽しいな~っと内心楽しんで、トドメの一撃を発動した。まさか自分もやられるとは思いもしなかったけどね。
「そうですか……………………では優紀さんいいですかね?『事件』ですよ。」
設定通りに『事件』とのキーワードを言うと優紀さんが身体を一度大きくビクッと震わせた。この時隣の席の源本さんから小さい声で「ひぇっ!」と悲鳴が聞こえた。ちょっとしたホラー感。優紀さんは俯いたままゆっくりと立ち上がった。腕をだらんと垂らした姿もホラー感が出ている。そして次の瞬間信じられない事が起こった、メガネが独りでに落ちたのだ。さすがに俺も驚いた。何それ?本当に憑依された?そう思ってしまったほどで、隣からまたもや悲鳴が聞こえて自分も悲鳴を出しそうになってしまった。
もうこの時点で5人とも固まっていたと思う。
それから優紀さんは右手で髪を上げると同時に本当に別人のようになったように変わった。先程まで小柄で背の低い女子高生とのイメージだったのが、一回りも大きな身体になったように見えたし男らしくも見えた。そして突然自分の前に置いてあるパソコンに何かがぶつかる音。よくみれば一瞬男らしいと思ったその姿は女性だと強調するように胸の谷間が大きく露わになっていた。
「俺が解決してみせる!」と力強く自信のある大きな声が部屋に響いた。
その姿は本当に堂々としていて迫力があった。…………見惚れてしまった。多分他の4人はもっとだったと思う、そして美少女がそこにはいたのだから。
どれだけの時間固まってしまったのかわからないけど、次第に思考力が戻ってくると先程の音の原因がボタンが飛んできた事に気がついてまた少し驚いた。けど、これもさっきのメガネも多分優紀さんの思惑なのだとそう思った。
「完璧だ!僕のイメージ通りだよ、さすが優紀さん。あっ、まだ入ってる?OKだよ。」
その言葉を伝えると今までのが嘘のようにいつもの優紀さんに戻った。
「お疲れ様でした。今の演技で良かったんですね?設定あれしかないから焦りましたよ。」
「いや本当にごめんね。皆さんに優紀さんの実力を知って欲しくてね。それであのメガネ落とすとか優紀さんのアイデア?」
一応本当に憑依されていなかったのかの確認を込めて質問すると。
「あっ、気がついてくれました?憑依って不思議な事じゃないですか、だからちょっと細工をして演出してみました。すいません勝手な事してしまって。」
良かった。憑依されてたらどうしようかと思ったから。結構ホラー的だったけどね、それならボタンが飛んできたのも細工?なの?
「あのぐらいなら全然大丈夫だよ。それとそれも演出なの?」
と指差しで指摘してみると、意味が通じなかったみたいで不思議な顔をされた。そして振り返って一緒にきていた鮎美さんから「む、胸っ!」と驚かれていた。それを知っても慌てる様子もなく普通に謝ってきた。
「偶然です、すいません。見せるつもりはなかったんです。」
優紀さんって露出は何処までOKなのかな?まぁ、それは後で聞くとして問題の2人はどうかな?
「では小山さん、林田さん。まだ反対しますか?」
言葉も出せない程に2人は首を横に振る姿に俺は面白かった。
それから優紀さんには退出して貰い、メインキャストは彼女にしますと宣言した。
それから1時間程4人から質問攻めに合う事になってしまったが、自慢だけして受け流した。
家に帰ると弟の亮太が小さい頃に遊園地に連れて行った時ぐらいに喜んでいた。
「凄い凄いよ!僕のイメージ以上だし、あの演出は僕も想像も出来なったよ。恐怖からの安心感への感情の魅せ方なんて本当に凄いよね。あぁ~あの子ならもっと凄い脚本にしなきゃ。」
「そ、そうだったんだね。」
異常なほどやる気になった亮太は部屋に走っていった。
兄ちゃんは亮太が喜んでくれて嬉しいけど、今後の仕事が大変になりそうで正直怖いです。
読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字ありましたら訂正よろしくお願いします。
感想・評価よろしくお願いします。




