伝説のカラオケ大会 (裏方編) ③
撮影責任者 梶
ファンクラブ主催のカラオケ大会。
目的の人物は黒沢優紀。
その彼女の番が近づいて来た。いきなり3台のカメラを動かすのもどうかと思いエントリー番号33番から撮すように若手に1台づつ任せた。
お陰で3方向から撮れた。編集すれば面白い絵になるだろう。
高齢とまではいかないがおれの親父ぐらいの年齢でB'zをあれほど上手く歌うとは。
しかしこれで会場は盛り上がった。
さぁ、彼女の番だ!先程の輝きを撮らせてくれ!
昔の人は「輝いて見える」と表現したが、多分俺の様に本当に「輝いて視える」人もいたのだろう。
俺は宝石の様に人が輝いて視える。エメラルドやサファイアの様に。しかし彼女は俺が今までに視たことの無い色と輝きだった。
虹色でダイヤの様な輝きは初めてだ。
そして俺はカメラを覗き操作し始めた。
しかし相変わらず天気のせいでステージが暗く感じる。
そんな風に思っていたが……………………演奏が始まると同時に曇が切れ日射しがステージだけを照らした。
まるで天然のスポットライト。…………………何て偶然だ!こ、こんな映像二度と撮れないぞ!
そして彼女が右手を上げた瞬間、頭の芯に電気が走った。
彼女から目が離せない。
いやずっと観ていたいと思う強い衝動に縛られた。そして歌声を聴いた俺は全身に鳥肌が立った。
しかも聴いた事も無い曲で歌詞には「ありがとう」や感謝をそして愛を伝えるその姿がわかりやすい曲だった。その上彼女は歌を手で伝える様に動かす姿は舞を想わせた。
いつの間にか俺は感動で涙を流していた、いつから流していたかさえわからない。
しかし俺はカメラマンだ!グッっと涙を堪え撮り続けた。
曲が終わり会場からはすすり泣く声だけが聞える。歓声を上げる事も拍手をする事さえ皆忘れていた。
俺を含め会場にいる全員がただただ感動していた。
ステージ横からの拍手の音でやっと皆動き始めた。この小さい会場ではありえない程の歓声と拍手の嵐が巻き起った。
俺は三脚に載せていたカメラから手を放し震える手を見ていた。今の映像を俺は撮った……………………撮ったんだ!
いつもの俺なら撮り終えたらすぐに編集の事を考えるが、編集?どこを?正面からの映像だけでいいんじゃないかとさえ思ってしまった。
この後、納得のいく物が出来るのにまさか半年も掛かるとはこの時には思いもしなかった。
これで終わりかと残念に思う自分に驚いていると、まさかの「アンコール」の嵐。
気持ちはわかるがカラオケ大会でアンコールは無いだろう……………………何っ?
富田のおっさんがまた演奏を始めた。どういう事だ?アンコールさえも予期していたのか?
それもまた聴いた事の無い曲だ。黒沢優紀と富田のおっさんは初対面じゃないのか?
打ち合わせをしている暇などなかったはずだ。
2曲目も先程と同じゆっくりとした感じだが、歌詞の雰囲気が全く違う。誰の曲だ?
しかしこれも聴き終わると涙が出る程ではなかったがジーンと心に残り感動した。
普段の俺だとありえないが、カラオケ大会が終わり打ち上げで響達に会うまでフワフワした感じでどう片付けをしたのかもハッキリ覚えていない。
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音響設備責任者 響
私は自分の勘を信じて出来る限りの事をした。
彼女が歌えばもしかして私の願望、願いが叶うんじゃないかと……………………綺麗な音の海で溺れてみたい。
それも自分で作った海で。
私は音を液体の様に感じている。
歌を音楽を、人が作る色とりどりの音の液体。人が作る音の液体は雫の様に少ないけど、私は機械を使い会場を大きな音の液体で満たす、それはさながらプールに水を貯める様に。
プールと表現したけど、それは会場の大きさによって大きな池にも海の様な広さにもなる。
音の液体に満たされたその空間はとても凄いもので、苦しさも悲しい気持ちも全て溶かして生きる力に変えてくれる。
今の私が生きてこれたのはその音と、ジェシカ姉さんに拾って貰ったおかげだ。
子供の頃から私は思った事を人に伝えるのが苦手で、言葉を声に出して伝えるのが怖かった。
人の声はいろいろな色が付いて視えるのに自分の声の色が視えない。
もしかしたら私の声の色はとても酷い色をしているんじゃないかと、いつからか思う様になってしまった。
それから綺麗な音を求めて生きてきた。
今回は海とまでいかないけど、大きな池ぐらい。それに屋外なのも残念。
空間に音を留めて置くのが難しい、理想には足りない。
まだ理想的な音には逢っていない。もしかしたら今日逢えるかもしれないと私の勘が騒いでいる。
そう思いながらも彼女の番が来るまで会場の隅から隅まで移動して音響のチェックをして歩いた。
ん。やっぱり中央ちょっと前が一番音の状態がいい。
その中央より少し前の通路でそう思って聴いていると、とうとう彼女の番がきた。
彼女がマイクを持つのに合わせて私は目を瞑った。
ん?なんの曲?
ずっと綺麗な音に憧れていた私は曲にも詳しくなった。その私が知らない曲が始まった。
目を瞑って聴いていたからステージが日射しで照らされて奇跡的な様子になっていたのは後で知った。
梶はその時に電気が頭の芯に走ったって騒いでいたけど……………………
彼女の歌声は凄かった。鳥肌が立ち頭の芯までゾワゾワってきた。歌詞もメロディも柔らかくそして優しい気持ちになるゆっくりとした曲。
そして彼女の歌声が富田さん達と一つになっていく。
目を瞑っている筈なのに頭の中には綺麗な音の色が視えた。それは虹色に輝いて時折波となって私を揺らした。
頬を流れる涙の感覚に気がついた……………………いつの間にか感動して泣いていた。
あぁ~これよ、これだわ。
私の理想の色。いえ理想より上かもしれない…………
これを大きな会場で見渡す限りの空間を満たす事が出来たらどんなに凄いんだろう。
止まらない涙を流しながら聴いていた曲が終わり、もうお終いなの?と目を開けてみると彼女を見た瞬間、電気が頭の芯に落ちた。
もう曲が終わったはずなのに彼女の周りには虹色に輝く音が名残惜しそうにまだ少し残っていた。
え?あれは何?
初めて見る光景。その時は思いつかなかったけど多分余韻なんだと思う。
驚いて視ている私に今度は2曲目の音の色が視え始めた。
それは空の様な色…………青とも水色ともどちらとも言えないけど綺麗に澄んでいて、先程までの激しい感動を和らげて静かな感動へと落ち着かせてくれた。
感動で流した涙を優しく拭いてくれる様に……………………
気がつけば私も拍手の音に合わせて手を叩いていた。会場で自分で音を出すなんて普段は絶対しないのに……………………
そして自分がこの音を会場に満たした事に喜びが全身に広がって震えた。
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演奏グループリーダー 富岡
昼飯時間もあっという間に終わってしまった。弁当だって半分しか食べてねぇ
それもあの黒沢優紀っていうすげぇ奴のせいでだ。楽屋からステージに戻る時に一番若いメンバーの松本が
「富岡さん!どうするんッスカ?あんなの合わせる自信ないっスよ?」
「俺だってどうするればいいかわかんねーよ!ただやるしかねぇーだろうが!気合だ!気合。」
アカペラであんな歌声ですげぇリズム感で曲聴かされてみろ、負けられないだろうが!
普通なら初めて会った奴の歌に合わせろとか「ふざけるな!」って仕事投げ出す所だ。余程のすげぇ奴じゃない限り大抵俺達に合わせて歌う。リズム感だけはどんな奴にだってそうそう負けねぇ。
それなのに黒沢って奴は完璧だった。
今だってまだ鳥肌が治らねぇ。
それから曲と曲の間はメンバーと音を出しながらの黒沢って奴が歌った曲の練習をした。
リズムはわかったが展開がわからねぇ、何か歌ってる時にヒントでもあればいいんだが……………………
そんな付け焼刃的に少しの練習しか出来ない上にミスっちまった。
黒沢って奴の前に33番の市長さんがロック系を歌うとは知っていたが、特に何も考えてなかった。
疲れってもんがある事を……………………ったくよ、こんな事なら曲順とかちゃんと考えて替えとくべきだった。
最後の最後で疲れがピークに達しそうになっていた。それは他のメンバーも同じで唯一松本だけは元気だった。わけぇとやっぱ違うんだな。
「くそっ!」
カラオケ大会って舐めてた自分に腹が立つ。
そんな状態の中、彼女の順番になりステージの中央に向かってきた。
普通の素人さんだとステージに上がって会場を見た瞬間に緊張して、歩くのが遅くなったりするのだが彼女は変わらねぇ。それどころか俺達を見て気遣う様子さえあった。
俺は強がりで親指で大丈夫だと伝えると彼女は小さく頷いた。
指も腕も疲れが出始めているが、演奏を始めると陽射しがステージにいる彼女だけを照らした。
何だこれ?天然のスポットライトか?
そんな風に思いながらも演奏を続けると、彼女はその陽射しに合図するかの様に右手を挙げた。
その瞬間、俺は…………いや俺達の頭の芯に電気が走り疲れが一気に吹き飛んだ。いや吹き飛んだってより感じなくなった。
それからはもう彼女の右手の動きから目が離せない。俺達の為に彼女は右手で曲を表現してくれていた。
歌声は聴こえてからでしか対応できないが、腕の微妙な振りや伸ばす感じが右手から俺達に次にどんな音が欲しいのか伝わってきた。
楽屋で聴いたあの歌声と曲……………………俺達は彼女の後ろにいるから歌声の威力は半減してるはずなのにやはり鳥肌が立って頭にビンビンきやがる。
正面からあの歌声を受けたらたまったもんじゃねぇだろうな。…………神……………………いや女神の歌声って言われても信じるかもな。
曲の一番らしいのが終わり大体わかった。これからが勝負だ!
俺達は歌声に負けない様に競うつもりで、アレンジしてみたりしたがそんな小技も通用せず彼女の歌声に引き寄せられる様に一つの音として取り込まれた。
何だこの一体感は……………………
そんな考えがよぎる頃にはもう曲の終わりが近づいてきたのがわかった。
歌詞に出てきた「ありがとう」という言葉がやけに耳と心に残った。
そうか、俺はこの瞬間にこの曲を彼女と一緒に会場に伝えている事に感動しているのか。
そして演奏を終えると途轍もない達成感に身震いした。
会場からは感動ですすり泣く声……………………そして遅れて拍手と歓声の嵐。
どこの誰が言い始めたのか「アンコール!」の声。
オイオイと思っていると彼女は確認するかの様に俺達をジッと見た。
あぁ、わかってるって……………………俺は自分でも信じられないぐらいの笑顔で親指を上げて答えた。
他のメンバーもそれでわかったのかすぐに2曲目を始めた。勿論楽屋で聴いた2曲目だ。
誰も聴いた事の無い曲への挑戦……………………新しい事への挑戦なんていつ以来だろうな。
こんなに楽しい事だとは忘れていたわ。
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カラオケ大会責任者 鮎美
優紀の着替えを手伝って何とかメイド服を着せた私。ここまでは予定通りだわ。
次は歌の選曲をしないと、と思っているとファンクラブのボランティアスタッフが私にそっと耳打ちをしてきた。
え?テレビ局が取材に来ていて許可が欲しいと…………責任者を呼んでいる?
責任者って……………………私?って誰がテレビ局呼んだの?
あぁ~もう!
仕方ないと諦め私は会場の入り口に向かった。そこにはレポータぽい女性と肩にカメラを乗せたガタイのいい男性がいた。全くどこの局よ!
「あっ!貴女が責任者ですか?」
「えぇまぁ責任者っぽい事をしていますけど、どんなご用件ですか?先に言っておきますが取材も撮影も一切許可は出せませんから。」
だから早く帰ってよ!
「え?えぇーーーいやそんな話が違いますよ。こっちは『姫』のファンが集まるコンサートがあるって聞いて来てるんですけど。」
「はい?誰がそんな事を?」
「えぇ~と、『姫』のファンクラブ副会長の新崎さんからですけど、空前絶後の話題になるってうちに電話が来たんですよ。自分はいけないからガッツリ撮影して来てと……………………もしかして、聞いてないんですか?」
あのアホが!って何処から情報が漏れた?副会長一派の持田には教えるなって、おど……………………優しく注意したんだけど。
ま、まさか……………………
そう思った私はすぐに電話をした。
「もしもし」
「ねぇ、もしかして新崎に今日の事話してないわよね?」
「え?え~と知ってると思って話ちゃったけど、そ、それに新崎何かレポート提出しないと来れないって言ってたし大丈夫だと思ってたんだけど、まさか何かまたやらかした?」
「えぇかなりね。金田!アイツに話すと碌な事にならないのわかってるわよね?今度は何をしたと思う?」
「………………………………何?」
「今度はテレビ局を呼んだのよ!」
「………………………………え?えぇーーーーーーーーーーーーーーー」
「この前の新聞に載せようとした時と同じだわ。アイツの頭には反省って文字が無いのよ!」
「あんなにみんなに怒られたのに……………………」
「まぁいいわ。金田!もう絶対にアイツに話したらダメだからね。次に話したら……………………わかってるわよね?」
「………………………………う、うん」
事情がわかった私はテレビ局の人に無理だと伝えたのだけど、あっちもなかなか引き下がらない。
会場に入らないから、外からでいいからこの光景を撮りたいとか。
そんな押し問答をしていたら昼になりそうになった。
ここに来る前に優紀にメールでご飯一緒に食べようって……………………間に合いそうにない。
仕方なく先に一人で食べててってメールをした。
もう!全部アイツのせいだ!今度会ったら覚えてなさいよ、地獄を……………………血祭りにあげてやる!
それからテレビ局との話し合いで、市で開催している普通のカラオケ大会として会場の外からなら撮影していい事にした。優紀の名前やファンクラブに関しては絶対出さない事で誓約書を書かせた。
やっと会場に戻れた時にはもう市長の番が終わった所だった。ふぅ、何とか間に合って良かった。
さぁ、みんな泣けばいいと思っていたけど、私まで思いっきり泣いていた。
誰の歌よ!聞いてないんですけど?!!!
優紀の歌声はもうこの前のカラオケで免疫は出来ていると思っていたけど甘かったわ。




