伝説のスカウトマン (中編)
橘さんと電話で明日会う約束をした俺は部屋に戻り鮎美にメールした。最近は毎日鮎美に状況報告みたいに連絡を入れないと、直接家に来るので困る。
俺のプライバシーは何処にいった?
メールを送信するとすぐに来る返信………最初は凄いと思ったけど最近は怖い。
前に見た時はカバンに入れていたけど、家では首にぶら下げているのかな?まさかな。
返信内容は付き添いはいるかと言う内容に俺はさらっと断るつもりだからいらないと返信した。
鮎美の過保護にも困ったものだ。
この平和な日本で何をそんなに警戒してるのやら………美人というか美少女にはなったが、まだ1度もナンパもされた事さえないのに。
過去に戻ってからまだストーカーと言う言葉を聞いた事がない。
ナンパもされた事も無い俺には無縁なんだろうな。
さてと、ベッドに横になり考える。
芸能界か………考えた事もなかった。って普通はないか。
歌手、ダンサー、芸人、女優、モデル。
俺の中ではそんな5種類の仕事をする人達だ。
どれも才能と努力を人一倍出来る様な人達だと思う、目的もその仕事の意味や楽しさを知らない俺には無理そうだ。
いや待てよ。
俺の今の目標は2つ、まず1つ目はこの家にいつまでもいられるように修繕とちょっとした増築。
この目標はこのまま1年程神様からのありがたい振込で可能だ。
2つ目の目標は、前の人生でお世話になった人達に恩返しする事。
正確には4人に恩返しする事。
もう2人には接触する事が出来てほぼ目的は達成しそうだ。
あっ!桜田さんに言うの忘れてた。
何年後だか忘れたけど家を建ててから犬を飼うのだけど、どんな育て方をしたのかその犬は超ビビりでカミナリの音でショック死した。
ありえないとあの時思ったけど、よく聞けばその時地響きするぐらい近くに落ちたらしい。
それでも……な、オシッコ垂らして死んでいたと聞けばそうかもと思うしかなかった。
次はちゃんと育てて欲しいものだ。
おっと、あとは残りの2人の事だ。
未来では5年後に俺は転勤する事になるのだが、そこで知り合った友人………いや親友と言ってもいいほど仲良くなった柳田 優だ。
営業とその客という立場の出会いだったが、同い年もあり妙に気が合い直ぐに呑み友になり遊び友達にもなり旅行に行ったり毎日の様に飯を食べるまで仲良くなった。
アイツには特別不幸など起きなかったが、今度の人生でもまた一緒に呑みたいものだ。
そうだ!
アイツも俺と同じで独身だったから、いい女でも紹介して結婚させよう。
ただ、今の連絡先がわからないから5年後までお預けだ。実家が仙台とは聞いていたが住所まで知らんし、名前だけで捜すのは難しいと思う。
それにアイツの会社に電話して聞いたとしてもまだ入社してないはずだ。途中採用とか言ってたからな。
まっ5年後に何とか見つけて偶然を装ってまた友達になりたいものだ。
あと、もう1人が問題だ。それも超難問題かもしれない。
2年後に知り合い付き合った女性………笹倉 香織、旧姓が笹倉で結婚して佐藤になったのだが未来では亡くなっていた。
今からになると確か1年8か9ヶ月後に営業先で知り会う。
最初の出会いは気不味かった。
俺は機械や資材を販売する営業マン、彼女は機械や資材をレンタルする会社のセールスレディ。
お客にしてみれば買うか借りるかの違いだが、こちらは違う。
お客が機械や資材を借りれば購入する事なく現場が終わる。
逆にうちらがお客に機械や資材を売れば、その現場だけでなく次の現場でもその買った機械や資材を使う為借りる事は極端に減る。
業種は違うがライバルなのだ。
そんなライバルが客先で同時に鉢合せした。どちらも車を停めた所もその会社で先に挨拶しに行った場所が違ったせいでだ。
俺は資材が置いてある所で作業員へ、
彼女は機械がある所で運転手へ、
同じ様な時間で挨拶が終わり事務所へ行く二人。
気づくと俺の前を事務所に向かって歩く女性が一人いた。俺も事務所に行くのでまるで付いて歩いてる様に見えたかも知れない。
まさか〇〇〇〇会社のセールスレディだとはその時は知らなかった。
お客には二人一緒に来るなんてどうしたの?と冷やかされ、結果どちらも商談は決まらなかった。
それから軽い口論となり外で話すのもどうかという事で近くのファミレスに行った。
どちらも誰かに口論している所を見られたくなかった。
お互い熱くなり会社に直帰しますと連絡してから酒を交えて口論は続き、途中から俺と彼女は何故かお互いの会社の嫌な所を言い合った。
そして俺と彼女は気が付いた。
短期間の現場には彼女が営業に行き、長期間の現場には俺が行けばいいだけなのだと…………
そこからはお互いが持ってる情報交換会でさらに熱くなった。
そこから俺と彼女は記憶が無い。
気がつけば朝で彼女の部屋にいた。彼女は素っ裸で俺はスーツのまま。
そして二人一緒にベットにいたのだ。
勿論、ヤッた、ヤらないの話になった。
あれは今でも答えは出ていない。
それから何だかんだと情報交換する様になり一緒にいる事も増えいつの間にか付き合い同棲していた。
あの同棲した3年間は楽しかった。
5年後に俺に北海道への転勤の辞令が来た、偶然にも彼女にも神奈川への転勤の辞令が来た。
「会社を辞めて俺に付いてこい!」とは言えなかった俺は遠距離恋愛する事になり、時間も合わなくなり結局別れた。
どちらも嫌いになった訳では無かった。お互いの生活の環境の違いや距離もあったからだ。
別れても俺達はお互いの事が気になった。別にいつ連絡するとか決めていなかったがたまに連絡を取り合った。
彼女と別れて4年後。彼女から結婚するとの連絡が来た。以外にも俺は「そっか、おめでとう。」と心からおめでとと言えた。
それから1年後に男の子を産んだと連絡が来た。
その1年後に女の子を産んだと連絡が来た。「久しぶりに会いたいわ。私の子供二人とも可愛いから見せてあげる。」
そして2011年3月から一切連絡は来なくなった。
彼女が亡くなったのを知ったのは、あの災害から2ヵ月後だった。
その時には俺は転勤から帰ってきてまた地元で仕事をしていた。
そして彼女が亡くなった事を教えてくれたのは桜田さんだった。その時には所長になっていた。
「黒沢!ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう?」
「ちょっと言いにくいんだが、その…………お前、前に〇〇〇〇会社の女性と付き合ってた事あったよな?」
「えぇ、それは桜田所長も知っているでしょう。」
「実はなこの前〇〇〇〇会社の所長に会う事があってな、お前に伝言を頼まれたんだ。」
「え?伝言ですか?何でしょう?」
「そのな…………元彼女さんの旦那さんからの伝言でな…………亡くなったそうだ。連絡先もわからなかったらしいから伝言でお前にとな。一応連絡先も貰っている、連絡してみてくれないか?」
あまりに突然の事に言葉も何も出なかった。
それから貰った電話番号を何度も見て連絡するか悩んだ。彼女の旦那さんとは一度も話をした事はないからだ。
しかし連絡先をくれたと言う事は何かしら俺に伝えたい事があるのだろうと思い、思い切って電話してみた。
そして電話に出た男の声は酷く力の無い声だった。
その旦那さんは佐藤 彰浩さんと名乗った。
そして彼女が亡くなった経緯を教えてくれた。
俺はずっと神奈川にいるもんだと思っていたが、あの災害が起きる11日前に岩手に引っ越していたそうだ。なんでも彰浩さんの話だと仕事で岩手に転勤になったそうで、当初は単身赴任するつもりだったらしいが妻が「家族みんなで行きましょう。」と言ってくれたらしい。
それで海岸線からそう離れていない場所にある一軒家を借りて引っ越したそうだ。
彼女は引っ越して間もない為、子供を幼稚園や託児所に預けず家の片づけをしていたらしい。
そこにあの災害が起きた。
彰浩さんが多分と言ったが、彼女は急いで子供達と少しの荷物を持って車で逃げたらしい。
だがまだこちらに来て11日。土地勘も無い。
避難が間に合わずに車ごと波に吞まれたらしいと……………………その車が瓦礫の中から見つかったのはあの災害の起きた日から15日目だったと。見るも無残になった車から出てきたのは彼女とその子供達とアルバムだった。
あの混乱した現場で彰浩さんに連絡が届いたのは、アルバムのおかげだったらしい。
生前に彼女から俺の事はいろいろと聞いていたらしい。
娘が産まれてから少し経った時、今度俺に子供を見せに行って自慢するんだと笑顔で言っていたと…………
葬式に呼びたかったが妻の携帯は水没してダメになっていたので連絡先が分からなかったと、それに遺体の状態も悪く火葬も順番待ちで時間の自由が無かったと、申し訳なさそうに言ってくれた。
運が悪かったとしか思えない。
彰浩さんも電話で泣きながら自分が転勤を断っていればとか、俺だけ単身赴任していればとか、あの場所に引っ越していなければと言っていたが、いくつもの不運が重なった結果と言うしか無い。
そんなもの未来を知っていなければ回避できない。
あの時は無性に悲しくもやりきれない気持ちだったが、でも今の俺はその未来を知っている。なら…………………助けられる!
でもどうすれば助けられる?あの災害の話をいま誰かに話して信じて貰えるか?
誰も信じないに決まってる。俺でも言われたとして信じられないし行動しようとも思わない。
助けるなら彼女や彰浩さんだけでなく出来れば大勢を助けたい。
まだ時間はある、ならどうすれば?
答えの出ないまま俺はベッドで眠りについた。




