伝説のスカウトマン (前編)
月曜日からの仕事では、桜田さんはもう俺を新人とは扱ってくれなくなっていた。
「さて次の狙い目の会社はど~れだ?」
「あのですね!狙い目って仮にも新人に聞きます?」
「そりゃ聞くだろ。なんて言ったって20年もやってたんだろ?」
「もう完璧信じてるんですね…………言わなきゃ良かったかも。」
「まぁまぁそう言わずに教えてくださいよ。黒沢先輩。」
この前の飲み会以降俺に対する接し方が滅茶苦茶変わった。この前まで暗いオーラを纏っていたのに…………
「はぁ~じゃ、あの〇〇会社の遠藤さん何てどうです?」
「えぇーあの新人のさえない奴?」
「さえない奴って酷い言われようですね。あの子実は〇〇会社の社長の隠し子ですから。」
「う、嘘。マジ?でも遠藤だぞ?」
「マジです。母親の姓ですね。認知もされているみたいですし、実子は娘さんだけでしたからやっぱり男の子に継いで欲しいんでしょうね。10年後には常務20年後には副社長になってますから気をつけてくださいね。結構根に持つ人ですから。」
「うわ~隠し子とかないわ~」
そんな感じで将来有望なお客をピンポイントで狙い営業して歩いた。
そして金曜日の夕方
仕事も終わり疲れた~と家に帰ると母さんから電話があったと教えられた。
「優紀、またあの人から電話あったわよ。まだ仕事から帰ってないって伝えたら7時にまた電話するって。一度ぐらいオーディションとか受けてあげたら?」
???また?オーディション?
もしかして、あの名刺の?嘘!まだ諦めてないのかよ!過去に何度か会った事あるらしいけど、今の俺は知らない。一体どんな人なんだろ?諦めが悪いのだけはわかったけど。
そんな事を考えていたけど、飯を食べてゆっくりした頃にはもう電話が来た事もこれから電話が来ることも忘れてTVを見ていた。
いや~昔の番組が面白くて!
未来の番組と何が違うって言うと過激さが違う。多分だけどこの頃はまだいろいろと規制が緩かったんだろうな~。笑いながらTV見ていると電話が鳴った。
実家にいるとさ、電話が鳴っても取ろうと思わないのは俺だけかな?
いつも通りに母さんが電話に出たらしい。そして…………
「優紀~~電話!」
「は~い。」
ったく誰だよ?いい所だったのに……………………
そう思いながら電話に出て思い出した。そうだ!7時に電話くるんだった。
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ワールドスター芸能プロダクション
☆橘 雅史さん視点
俺は腕時計で7時になった事を確認して携帯で電話した。
「もしもし、黒沢です。」
電話に出たのはいつも通り優紀さんのお母さんだった。
「もしもし、先程一度連絡したワールドスター芸能プロダクション橘雅史です。遅くにすいません。娘さんはご帰宅しましたでしょうか?」
「はい、ちょっと待っててくださいね。今呼びますから。」
最後に電話で話したのは入社する少し前だ。あれから約1ヶ月経った、そろそろ早ければ会社や仕事に不満が出る頃のはず。
今回、上手く説得出来れば1ヶ月後のオーディションに間に合うかもしれない。
その為にもまず明日会えるかの約束を取れるかかどうかに掛かっている。
事前の情報では予定は無いらしいので、後は彼女の気分次第だろう。
先日、俺の直属の上司で社長の秋元 駿氏から優紀さんとの面会のアポを取って欲しいと言う話が出た。
俺も伝説的なスカウトの腕を持つ秋元氏が彼女と会えば今の状況を打開出来るのではと期待している。
そして俺と秋元氏の予定がちょうど空いてる日の目処がたった。明日にでも連絡を取ろうとした所に一本の電話が俺宛に来た。
その電話の相手は優紀さんの友人と名乗る女性からだった。
直接俺の名前を出して指定していると言う事は、優紀さん本人から聞いたか悪質な付きまとい等で情報得たのかのどちらかだと思う。
警戒しながらも電話で話してみると、彼女は熊谷鮎美と名乗った。
何でも彼女はファンクラブ創設メンバーで優紀さんのマネージャーの様な役割をしているらしい。
そんな彼女がなぜ今になって俺に連絡をしてきたのか不思議に思い聞いてみると、ただの勘だと言った。
目的は未だに諦めていないと思われる俺が勧誘の際にファンクラブの話をするのではないかと心配になったらしい。……………………正直言って驚いた。
ちょうどファンクラブがある事を知った俺はその手も使うつもりでいたからだ。
『こんなに沢山の人が君を魅て、君の事を大事に思い期待している。』のだと……………………
恐ろしいまでの勘の鋭さだ。
そして彼女は提案してきた。ファンクラブの事を秘密にしてくれるならそれなりに協力すると……………………なかなかの交渉上手だった。
彼女は優紀さんが望めばデビューする事もしない事もどちらも応援するのだと言った。
俺が説得する事も反対しないし、邪魔もしない。説得する為に会いたいのであれば彼女がセッティングしてもいいし、優紀さんの予定が空いている日も教えると……………………
どうしても俺は優紀さんをスカウトしたい……………………交渉の余地もなく俺はファンクラブの事を秘密にするかわりに彼女から情報を貰った。
彼女から見て優紀さん本人がデビューする気があるのかとも聞いた。
すると嬉しい事に名刺を捨てずに机の上に置いてある事から興味があるのだと思うとの答えだった。
しかし残念な情報もあった、思いのほか楽しそうに仕事に毎日行ってるらしい。
だがその仕事の事で優紀さんが積極的な性格になったとの情報があった。社会に出た事で精神的にも大人になったのだろうか?
たった一ヶ月で?
しかし……………………以前の優紀さんはお母さんの為か地元から離れたくないと言った。
もしあれから考えが少し変わって積極的になったのであれば、休み等を調整して出来る限り地元から通える様に妥協案を出し、そしてこの仕事の楽しさを上手く伝えられれば前よりは可能性があるかもしれない。
後は秋元氏の腕を信じるしかないだろう。
「…………はい、優紀です。」
「こんばんは。一か月振りぐらいになるけど元気にしてたかな?」
「え、えぇ元気でしたよ……………………スカウトの件ですよね?」
「【あれ?】そ、そうだよ。もしかして考えてくれた?」
「そうですね、考えましたけど正直やる気が持てないんですよね。何て言うか目的が無いみたいな。そんな私がその世界で働いても誰も喜ばないんじゃないかなって思うんですよ。」
「【あれ?こんなにダイレクトに言う子だっけ?】そ、そうかな。そんな事ないと思うけど、君には魅力が…………人を惹きつける力がある。その力で沢山の人を元気にしたり勇気づけたり楽しませたり出来ると思うんだ。どうかな?明日最後だと思って会ってくれないかな?今度は僕の上司の人も連れて行くから、その人の話を聞いても無理なら僕もスッパリ諦めるから。」
「…………魅力に元気に勇気ですか…………どれも私が誰かに出来るとは思いませんけど、明日なら暇してますしいいですよ。それでダメなら本当に諦めてくれるんですよね?」
「勿論それは約束するよ。」
「ならいいですよ。明日の何時頃いいですか?東京から来るんですよね?」
「え?あぁ、ありがとう気にしてくれて、朝一の飛行機で行こうと思ってたから早くて10時には着けると思うけど、優紀さんのいい時間に合わせるよ。」
「そうですか……………………結構仕事大変なんですね。毎日こんな感じなんですか?休み取れてます?」
「【え?】…………や、休み?まぁ、不定期だけど何とか休みは取れてるかな。毎日は流石にしてないよ。」
「お疲れ様です。じゃ、着いて早々も大変だと思うんで11時ぐらいでいいですよ。もしあれならご飯でも食べながらでもいいですし、あぁそうそうすぐに連絡取れる様に携帯の番号教えておきますね、何か書ける物あります?」
「【え?何この慣れた感じ!】あっ、あるよ。ちょっと待ってね………………………………えぇ~と、はい、どうぞ。」
「090-〇〇〇〇-6274です。」
「090-〇〇〇〇-6274と……………………教えて貰ってからだけど番号良かったの?」
「え?何か問題でも?」
「いやないけど…………」
「では明日の11時頃にと言う事で気を付けて来てくださいね。」
「え?あっ、うん。明日お願いします。」
「はい。ではお疲れ様でした。」
と電話は切れた。
え?どういう事?あの子だよね?積極的になったとかのレベルじゃないんだけど?何か場慣れしてるってか、纏められて終わった?
困惑したまま秋元氏にアポが無事取れた事を報告した。
優紀さんの「休み取れてます?」の言葉を思い出した。あれ最後にいつ休んだっけ?
俺疲れてるのかな~




