とんでもない新人の初営業
受付で用件を伝え見慣れた応接室に通された。
鈴木部長が出世して社長になった頃からはいつもここだった。
待つこと3分ぐらい。
鈴木部長は待たせるのを嫌う。それは逆も然り、現場で打ち合わせに5分遅刻したら誠意が足りないと帰った事があった。
自分にも厳しくそして人にも厳しく……………………まさに職人気質の塊の様な人だ。
「おう、おはよう桜田さん。」
部屋に入って来たのは俺の知ってる鈴木社長の若い頃の姿だった。
もうこの時で50代半ばだったはずだ。
「おはようございます、鈴木部長。先日の約束通り新人の黒沢を連れて参りました。今日はよろしくお願いいたします。」
そして桜田さんは次はお前の番(挨拶)だ!と手で合図がきた。
「おはようございます。初めまして黒沢 優紀と申します。先日入社したばかりの若造ですが、ご指導の程宜しくお願い致します。」
「あぁ、よろしくな。……………………若造ってか?嬢ちゃんの間違いだな。わはっはっはっ。」
よし!やっぱり鈴木しゃ…………部長なら絶対突っ込んくると思ったんだよな。
「うふふ、嬢ちゃんではなくまだ生娘ですけどね。」
鮎美の指導通りここで演技してみた。
「おっ!こりゃまたそうきたか、面白い嬢ちゃんだな。」
「はい、ありがとうございます。嬢ちゃんになった時にはご報告させて頂きます。」
よし!掴みはこんな感じかな。おっさんは基本下ネタ関係は好きだからな。
俺が満足している隣では俺と鈴木部長との会話を聞いていた桜田さんが顔を引きつらせていたのには気が付かなかったけどね。
「よし、それじゃ今度の現場の打ち合わせをするか?桜田さんよ。まさか挨拶だけしに来たって訳じゃないだろ?」
「…………はい。出来ればと…………思っていたのですが、お時間よろしいので?」
「あぁ、大丈夫だ。昨日であの現場は目処が立ったからな、あとはあいつらで出来るだろ。」
「はい、ではよろしくお願いします。」
そこからは、流石に俺も次の現場の事まで知らないので静かに桜田さんの隣に座り話を聞いていた。
へ~あの場所の工事は桜田さんが担当で鈴木部長が指揮して作ったのか~
入社して自分で担当した会社の現場とかは覚えていたけど、入社当初の頃の事は全然知らなかったからな。
ちなみに鈴木部長のいるこの会社の仕事は主に道路を作っている。今話している内容も簡単に言えば新しい住宅エリアの舗装道路300mの工事だ。
アスファルトとかゴウザイって聞いた事がある人もいるかな?それを特殊な機械で敷き詰めて行く事で舗装道路が出来る。
知ってる?
敷き詰める時のその材料ってあっつあっつなんだぜ!
ちょっとした仕事ネタでした。
そんな二人の話合いが続き30分ぐらい経って終わりそうになった時、急に俺に話を振られた。
「さて……………………嬢ちゃん。ここで質問だ!俺にこの種類の薬剤を売るとしてどれを薦める?」
応接室のテーブルには薬剤が数種類載ったページが開いて置いてある。それを指さして聞いてきた。
「…………いや、鈴木部長。まだ黒沢には…………「あ?わかってるわかってる。何事も経験ってやつだ。桜田さんは何も言うなよ。」」
またですか鈴木部長!懐かしいな~新人の頃何度もこんな感じで質問されたっけ。
ふっふっふっ、あの頃とは俺違うんですよ?
「薬剤ですか?そうですね。……………………鈴木部長の現場ならこちらのBの商品を薦めたい所ですけど、こちらのCの商品が経済的で品質も妥当でお薦めだと思います。」
「ほうほう……………………だがな嬢ちゃん。BもCも値段ちょっとしか変わらないぞ?品質はBが上だが、どこが経済的なんだ?」
「そうですね、鈴木部長の言う様に品質はBが上ですし値段もさほど変わらないんですが………………………………ここ見てください。Bが18ℓでCが20ℓと2ℓお得なんです。10本で1本分の差がつくんです。300mだと何本使います?」
鈴木部長だけでなく隣の桜田さんも気が付いてなかった丸得情報を教えてみた。この丸得情報って案外知られてなかったんだよね。
「……………………おい、桜田さん。予定の本数を全部こっちのCに変えたらいくらの差が出る?」
「ちょっと待ってください………………………………4万……………………4万6千円です。」
そう。現場って1つ1つ予算ってのがあって、監督さん達はその予算内で資材や人件費などの遣り繰りして作っている。4万って小さい現場ではかなりの節約になるんだよね。
勿論、手抜き工事にはならない様にどれだけ節約するかだけど。
「……………………やられたな桜田さんよ、俺もだけどな。」
「すみません。私もそこに気がつきませんで……………………」
「いや桜田さんは悪くない。この金額差なら普通はこっちの品質の良いBを選ぶし薦めるのが普通だ、まさか量が違っていたとはな……………………」
普通は気がつかないんだよね。薬剤を機械に補充するとか一番下っ端の仕事でやる事ないから。
でもやってる下っ端の人は思う訳よ。
18ℓより20ℓの方がお得なのに、なんでわざわざ少ない方を使うのかと……………………
「とんでもない新人だな。………………………………………桜田さんよ、この嬢ちゃんうちにくれないか?」
「え?えぇーーーーーーー!す、鈴木部長本気ですか?まだ入ったばかりですよ、この黒沢。」
驚きの声を発して聞き返す桜田さんを意にも留めずに鈴木部長は俺を勧誘しだした。
「なあ?嬢ちゃん。真面目にうちに来ないか?給金なら今の2倍だすぞ?」
うわっこんな鈴木社長…………いや部長を見るとは思わんかった。嬉しい評価だけど、でも……………………
「大変嬉しい申し出ですが、すみません。私、この会社でやりたい事ありますので……………………それにはどうしても今のうちの会社でしか関わりを持てませんので。」
「……………………やりたい事?関わり?なんの事だ?」
「そうですね。………………………………詳しくお話したいので、今週の土曜日の夜など予定空いていませんか?一席設けますが?」
「………………………………それは接待と言う事かね?」
「いえいえ、個人的にお話したい事が沢山ありまして……………………例えば『南さん』の事とか。」
「なっ!嬢ちゃんは娘の知り合いなのか?」
「今この場での説明は……………………どうでしょう?仕事抜きで説明させて頂きたいのですが。」
「…………………………………………………………………………わかった。時間は空けておく。」
「はい。ありがとうございます。詳しい場所や時間は後程連絡致します。…………………勿論、桜田さんも一緒にですよ?」
いきなりの話の展開に付いてこれてなかった桜田さんは驚いた声で
「え?え?どういう事なんだ?お前?接待とか何処からお金出す気なんだ?って勝手に決めていい訳ないだろ!」
ちょっとお怒りぎみになった桜田さん。まぁ新人がいきなり許可もなく接待とか話を持ち出したら俺も怒るわ。
俺はなだめる様にゆっくりと丁寧に説明した。
「桜田さん!接待ではないです。私、個人からのお誘いですから私が出しますよ。」
「はぁ?個人って……………………何がしたいんだ?それにお前何者?」
「何者って酷くないですか?新人の黒沢です。それ以上でも以下でもないですから。」
「お前な!普通の新人が個人で接待とか言い出すとかありえないから!それも初の営業でだ!」
「ん~~~~そうですよ。私普通じゃないですから。今、気が付いたんですか?遅くないですか?」
あっ!トドメ差しちゃったかな?項垂れちゃったよ。
仕方ないな。
「ほら、桜田さんの好きなイカの塩辛とか美味しい高級品の準備しますから元気だして!今ならそれに日本酒もつけますから。」
おっ!いい反応しますね。元気にこっち向きましたか。
「マジ?………………………………って何で俺の好物知ってる?」
「まぁまぁ細かい事気にしないで同棲中の『恵さん』にも土曜日の夜接待だってちゃんと言ってくださいよ?」
「なっ!何で知ってるんだよっ!」
「そうそう、鈴木しゃ……………………ごほん、鈴木部長にも馬の絵の付いた焼酎とか準備して置きますから楽しみにしててくださいね。」
「なっ!何で俺の飲んでる焼酎を知ってる?」
「二人にはとても感謝していますんで、いろいろとお話しますから。楽しみだな~♪みんなで幸せになりましょう!いいですね?」
困惑した顔の鈴木部長を置いて俺と桜田さんは帰った。
勿論、帰りの車の中では質問攻めにあったけど『それは土曜日の夜まで内緒です。』と押し通した。
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会社が終わってすぐに俺は新しい古い型の携帯で電話した。
「もしもし、金田?今大丈夫?」
「………………………………ひ、……………………優紀さん?」
「いや、だから何で最初に『ひ』って言ってから言い直すんだよ?」
「ご、ごめん。」
「まぁいっか。それより仕事頼みたいんだけどいい?ちゃんとお金出すからさ。」
「仕事?」
「そう。確か企画制作会社作ったんだよな?なら飲み会とかも企画とかの範囲に入るよな?」
「え?まぁ頼まれればするけど…………」
「よし、じゃ頼むわ。今週の土曜日の夜に3人で個室で予算は10万ぐらいで。それと名前忘れちゃったんだけど馬の絵付いた焼酎1本と日本酒の高級なの1本、あとイカの塩辛高級詰め合わせみたいなの準備してくれる?今度の土曜日の夜まで。」
「ちょっ、ちょっと待って!今メモるから。え~と個室で10万、3人、お酒持ち込み、馬の絵の焼酎と日本酒の高級?高級っていくらぐらいの?」
「あぁ~値段か…………1万ぐらいのでいいかな。」
「1万とあと何だっけ?」
「イカの塩辛の高級詰め合わせ。」
「いくらぐらいの?」
「ん~~~~それも1万ぐらいで。」
「1万ぐらいと……………………場所は市内?」
「そう、市内で。んで成功報酬は3万でどう?無理?」
「え?飲み会の企画で3万って……………………3人だけのだよね?」
「うん。そうだけど少ないかな?なら…………」
「いやいや多いから!」
「そう?まっいっか。じゃ場所決まったら教えて。あっ!それとこの番号俺の携帯の番号だから登録しといて!」
「え?あっ!わ、わかった。って時間は?」
「あぁ~時間か……………………6時でいいかな、もしダメなら7時で!んじゃ頼むね~」
と電話を切った。
いや~友達が企画制作会社の社長とか頼りになるね~それにアイツも仕事貰って嬉しいと思うし良かった良かった。




