暴食魔剣の黒翼勇者と白雷の復讐者
「なんで俺がこんな事を……っ」
「だったらそもそも引き受けなきゃよかっただろーがッ」
「…………」
「そこで黙んな!」
「貴様こそ黙れ、うるさい、殺すぞ!」
「ひっ! うううう……くっぬうううぅ!」
……なんだあの二人。
珍しい無翼人種が二種類、連れ立って歩いている。
あんな生き物は下層にしかいないだろう。
町の者はみな、それを知っているから通り過ぎざまに振り向いて背中を確認する。
やはり、一人は無翼人種『人間』。
もう一人は頭に耳、尻の少し上に尾があるので『亜人』。
どちらも白髪、白い冒険者のような服。
人間の方は長い外套を纏っていた事から、ほとんどの住人は「人間の冒険者」と認識して目を逸らした。
「…………」
檻の中の少年以外は。
少年は二人が見えなくなるまで、彼らを眺め続けた。
有翼人たちは翼の色が皆白であり、それが当たり前だ。
ふわふわの羽毛の白。
気高く、神に絶対服従する清く正しく、過ちも起こさない。
そんな彼らの間から時折生まれるのが黒翼であり、少年はその黒翼だった。
黒翼は檻に入れられ、施しを乞いながら町のゴミを集めたり汚物を処理したり、そういういわゆる汚れ仕事をしなければならない。
罪と断じられれば下層に落とされ、死ぬ。
下層はここ……天層よりも魔力が薄いらしく、有翼人は生きられないのだという。
下層には先程のような人間や亜人、その更に下には地層があり、闇翼人という、羽毛ではない黒翼の有翼種が住んでいるらしい。
彼らもまた白い有翼人のように魔力が豊富な地層に住むが、その層には瘴気も満ち溢れ、人々は欲にまみれて欲を中心に生きている。
そんなところに落ちれば、白い有翼人は瘴気で死んでしまう。
そう、この天層から落ちれば、有翼種である以上『死』なのだ。
黒翼に生まれたらこの生き方をしなければならない。
確かにこの天層はとても平和だ。
誰一人過ちなど犯さない。
神のおわすこの天層は平和で、変化もなく、退屈で、穏やかで、そしてとてつもなく息苦しかった。
少年は知っている。
この『退屈』で『息苦しい』と感じるこの感覚こそ、白い有翼人たちが恐れるもの。
その感覚を持つのは黒い有翼人のみ。
だから黒い有翼人は危険視され、手枷足枷、首輪をつけられ檻の中で管理されるのだと。
だが、彼らは決して黒い有翼人を傷付けたりはしない。
優遇も、自分たちと同等の扱いもしないが衣食住は保証してくれる。
危険と判断すれば下層に落とせば良いだけなので、必要以上に関わる事もしない。
「少年型4526番、そろそろお祈りの時間ですよ」
「……はい、2518番様」
そう、少年は知っている。
神はいるのだと。
そして、祈りの力で世界を統治しておられるのだ。
これは正しい事。
間もなく白翼人たちは地層へ攻め込む。
聖戦だ。
とはいえ、地層は瘴気が濃い。
だから選ばれし聖なる勇者と、その仲間しか地層へは行く事が出来ない。
だが、それでは数が足りないのだそうだ。
だから黒翼人たちは神にいつも以上に祈り、身体の中の魔力を捧げるのだという。
「くっ……」
一日一回だったお祈りは、聖戦が発表されてから三回に増えた。
皆文句も言わずにそれに従う。
それしか許されないから。
だが少年は、4526番は、それに違和感を覚えて仕方ない。
こう、違和感を感じてしまうから自分は『黒翼』なのだと思う。
しかし、それにしてもごっそりと身体の中の魔力を持っていかれる。
以前ならばまだ歩けたのに——。
「うっ!」
「大丈夫ですか⁉︎ 4526番!」
「4526番はまだ子どもですからね……。仕官様、4526番は我々の半分でお許し頂けないでしょうか? このままでは死んでしまいます」
「それは……確かに可哀想ですが、許されません。神は天界の全ての民に同じ量の魔力供給を望んでおられます。彼だけ特別扱いは、残念ながらできないのです。4526番……あなたはどう思いますか?」
「…………」
お祈りの最中に倒れてしまった4526番。
意識が朦朧とする中、遠くから聞こえる声に手を伸ばす。
他の大人の黒翼たちに耐えられて、子どもだからと庇われる。
情けなくて恥ずかしい。
「ま、まだ、祈れ……」
「無理をしてはいけません!」
「仕官様、4526番を部屋で休ませる事をお許しください」
「お願い致します、仕官様」
「…………。残念ながら、聖戦が終わるまで祈りが続けられないのなら、彼は下層に行ってもらう事になります。ここで休ませるのならば——」
「そ、そんな!」
「か、神のお慈悲を! 神の……」
「仕官様!」
祈っていた黒翼が皆、4526番の側に添い仕官へ懇願する。
(皆さん……)
その優しさに涙が出た。
確かに4529番の思考は異常なのだろう。
この天界に『疑問』を持つなんて、有翼人としてどうかしている。
それは闇翼人の考え方なのだ。
だから危険なのだ。
手枷足枷を付けられ、首輪を嵌められ、檻で管理されて然るべき思考だ。
「…………仕方がありません……。分かりました。皆さんの優しさ、熱意、奉仕の精神を神はきっと————」
喜びの吐息。
仕官様のお優しい声。
ドサ、ドサというなにかが床に落ちる音。
4529番は、目を閉じたままその音の正体を確認する事なく…………意識を手放した。
「きっと、お喜びになる事でしょう」
***
トン、トン、トン。
と、不思議な音に目を開ける。
部屋のベッドとは異なる空気。
ごう、ごう、となにかが燃えるような音も相まって聞こえてくる。
かろうじて開いた目で、辺りを見回す。
暗くてよく見えないが、なにか大きめの塊がごろごろ床に落ちている。
ここは?
「ロンギヌスの『燃料』は足りそうか? 足りなければ第152集落の黒翼たちも連れてくる」
「こういう時の為に生かしておいた黒翼だからな」
「ははは、彼らには頭が上がりませんな。魔力を絞り終わったらこうしてロンギヌスの槍の『燃料』にまでなってくれるのですから。おお、おお、やはり黒翼はよく燃える。悲鳴もあげずに炭になるのだから全く、生まれてきたてくれた事に感謝しかない! ははははは!」
「仕官殿、笑いすぎですぞ」
「ククク、気持ちは分かりますがな」
「……………………」
トン、トン、トン……。
続く音の正体はコンベアの音。
その先には巨大な穴。
その下から、時折火柱が上がる。
コンベアの上には定間隔に黒翼が倒れていた。
トン、トン、トン……。
ごろ。
どさどさ、どさ、とコンベアに倒れていた黒翼の女性が穴に落ちた。
火柱が……上がる。
「っ……!」
ヒュゥ、と喉を変な空気が通った。
吐き気がする。
今、自分が吸い込んだ空気は……この肉の焼ける匂いは……。
4529番は、コンベアの横に倒れる黒翼の中。
すぐ側で白い服の黒翼が倒れる黒翼をコンベアに乗せている。
(まさか、まさか……!)
トン、トン、トン……。
コンベアが自動的に黒翼を運んでいく。
次々に側に引きずられてきた黒翼はコンベアに乗せられていった。
まさしく、作業だ。
死んだような目がマスクの上、帽子の下から覗く。
この黒翼は、仲間の黒翼を——。
ずる、ずる。
別な黒翼が、コンベアに乗せる係の黒翼の方へと倒れている黒翼を引きずって集めていく。
この黒翼も、目に光はない。
絶望して諦めているかのようだった。
「…………っ」
体に力が入らない。
逃げなくては……焼き殺される。
いや、そもそも、ここの倒れた黒翼たちもまだ生きているかもしれない。
微かな呼吸。
見知った顔。
4529番のいた檻に住んでいた皆だった。
自分だけ逃げるわけには——!
「……! …………。……」
「!」
影が濃くなる。
上を目だけで見上げると、コンベアの方へと黒翼を運ぶ係と目が合った。
恐怖で喉が引き攣る。
カラカラに干上がった喉の粘液が、ぴったりとくっつき合うような奇妙な痛み。
マスクをした黒翼は目を細め、そして何も言わずに通り過ぎる。
奥から台車で、別な黒翼たちを4529番の手前に下ろしていく。
すっかり黒翼たちの山でコンベアと火柱、その側に立っていた白翼たちが見えなくなると、運ぶ係の黒翼が指で台車を持ってきた方をこっそりと指差した。
その目は悲哀に満ちており、今にも泣きそうに見える。
「…………」
なにも言わずに……正確には声を発する事もできずに、4529番は這ってその方向へと必死に逃げた。
彼の行為を無駄にはできない。
黒翼を積み重ね、4529番が逃げても分からないようにしてくれたのだ。
体内の魔力をごっそり持っていかれて体が上手く動かない。
それで、這い続けた。
そうしなければあの黒翼の気持ちを裏切る事になる。
いや、それよりも……。
「っ……っ……」
自分が信じていたものはなんだったのだろう。
あの仕官。
自分たちが「仕官様」と呼んで慕い、従っていた白翼。
笑いながら黒翼たちが燃やし殺されるところを眺めていた。
会話の内容までは分からなかったがその事実が、4529番を深く、深く傷付けた。
信じていたものは……邪悪だったのだ。
命を軽んじる行為。
あんなもの、神がお許しになるはずがない。
神は等しく命を愛される。
あのような行為は、神への反逆だ!
(お、教えないと……神様に……)
だが、神はどこにおわすのか。
黒翼の4529番は檻と仕事場以外を知らない。
手の皮膚が床に擦れて痛み始めても、気にせず這い続け、そして光が漏れるガラスの壁のところで血が出ている事に気が付いた。
「……はあ……はあ……」
体が重い。
痛みで肉が火照る。
それがより、倦怠感を植え付けた。
手を伸ばす。
進まなければ。
逃げなければ。
この事を、神に——。
「だれ?」
「…………」
とん、という音と、とてもくぐもった声。
朦朧としたが、人の声……いや、子どもの声に顔を上げる。
美しい、金の髪と緑の瞳の五歳くらいの子どもがガラスの向こうから4529番を見つめていた。
驚いたのは、その子どもに羽がない事。
「……え……はあ……む、無翼人……なんで?」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「…………」
とても、澄んだ瞳。
その瞳に今の自分はどう映るのだろう。
子どもはガラスの箱のような部屋に閉じ込められているように見えた。
無理に体を起こし、ガラス扉に背を預ける。
「き、きみ……こそ、なんで、そんなところ、に……?」
「?」
「つ、捕まってるの、か?」
「つかまる? なに? それ。お兄ちゃんこそ、血、いっぱい。ケガしてる? 大丈夫?」
「…………」
大きな緑色の瞳が覗き込んで、4529番を本気で案じてくれた。
その瞳には嘘偽りはない。
無垢な子どもの目。
それに、無性に泣きたくなる。
「ぼ、くは……大丈夫……君こそ、なんで、そこに?」
「? だってここ、ぼくのお部屋だし……」
「へ、や……?」
捕まっているわけではない?
部屋?
ますます分からない。
なぜこんなところに子どもが一人で……?
「!」
いや、違う。
一人ではない。
この廊下の先は全面ガラス張り。
左右上下、全てが無翼人の子どもの部屋。
ガラスで区切られ、一部屋につき一人の子どもが入れられていた。
なんだこれは?
なんだこの部屋は。
なんだここは!
「……こ、こは……一体……」
「次代の勇者の部屋さ」
「……⁉︎」
「妙な血の跡があると思ったから、なんだと思ったら……発熱所から黒翼が逃げてきていたのか」
「…………」
また、無翼人……『人間』だ。
しかし、その手にあるのは聖なる剣。見た事はないが本能で分かった。
「な、なっ、な……なんで! それは、聖剣ルスカルヴァル⁉︎ 天層の、秘宝! なんで人間が持っている……!」
「もちろん私が神に選ばれし勇者だからさ。下層ならともかく地層は瘴気が濃くて天使様方は行く事が困難だからね。私が下層の人々を導き、地層を攻め落とす役割を申せ使っているのだ」
「…………⁉︎」
「ここの子どもたちは、私が寿命で死んだり役割を途中で果たせなくなってしまった時の予備だ。さあ、もういいかな? 君も天層で生まれたものならば、聖戦にその命を捧げる覚悟はあるだろう? 地層を攻撃する為の兵器の燃料になつてくれ。神もそれをお望みだ」
「…………へ、へいき……? 兵器の、ねん……燃料……?」
「そうだ」
腕を掴まれる。
ガラスの壁から引き剥がされ、元の部屋へと引きずられていく。
怪我をした腕を容赦なく掴まれ、痛みで呻くが『勇者』と名乗った人間はお構いなしだ。
頭が痛む。
体中が燃えるように痛い。
兵器。
兵器の燃料。
黒翼。
燃える……。
「やめ、神が……神がそんな事! そんな事、望まれるはずがない!」
「…………」
部屋への手前で叫ぶ。
勇者は4529番を見下ろした。
その表情の歪みに背筋が凍り付く。
「いいや、望まれておられるよ。だって神は絶対なのだ。神が望めばどんな事も許される。君も知っているだろう? 神は絶対なのだ」
「…………」
張り付いたような、笑顔。
それ以外は全て『間違っている』と決め付けている。
(なんだ、コレは……)
自分が信じてきた神とこの男の信じる神は別物なのだろうか?
本当に同じ神を信仰している者なのだろうか?
違う。
きっと違う。
違って欲しい。
「それとも君はその意に背くのか? 神のご意向に逆らう地層の奴らを庇うと?」
「……ち、ちが……でも、そんな……僕は……! で、でも、神は命は等しく愛される……」
「その通りだ、分かってるじゃないか。神の愛を受け生まれ育った我々は、神の為に命を捧げる事も厭わない。そうだろう?」
「…………」
それには頷けない。
4529番の中の神はそんな事をお望みにならないのだ。
命を愛し、平等に——
(……平等とはなんだ?)
神は等しく命を愛される。
では、なぜ白翼と黒翼は別な仕事をする?
白翼は美しい服を纏い、神のお側で奉仕を許されるのに、黒翼は手枷と足枷、首輪を付けられて檻の中で生活する?
これは、平等と呼べるのか?
等しいと言えるのか?
自分の信じた神は……少なくとも平等ではない。
「なんで、黒翼だけだったんだ? 燃料に、されるのっ」
「神がお望みだからだ」
「僕たちは、神にそう命じられていない! 神のお姿もお声も、見た事もなければ聞いた事もないのに! なぜ言い切れる!」
「お前たち黒翼は地層の穢れた血が混ざっている。だから神が見えないしお声も聞こえないんだ」
「⁉︎」
そんな話、聞いた事もない。
地層の穢れた血だと?
それは————
「神は……命を等しく愛するのでは、ないのか……? そんなの……等しく、ない」
「神に背いた地層の者と近しいお前たちはその枠から外れているのだ」
「! そんな事! そんな事はない! なんでそんな事言うんだ! 僕たちは毎日神に祈りを捧げて——」
「そんなの当たり前だろう? お前たちは特にきちんと祈らなければ、地層の穢れた血をお許し頂けないのだから」
「っ! っ……!」
ダメだ、これは。
なにを言っても恐らく噛み合わない。
逃げようとしても体内の魔力は尽きかけていて動かない。
涙が出る。
唇を食いしばった。
こんな……こんな——!
「見つけたぞ。貴様がこの世界の勇者か?」
狭い通路に声が響く。
勇者はハッとして顔を上げる。
真っ白な通路はとても人が隠れられるところではない。
だからこそ、どこから声がするのか分からなかった。
「何者だ? どこにいる?」
「今の貴様の発言が『勇者』としてのものだとするのならば問おう。貴様は罪も犯していない者を、神の望みだと言われれば殺すのか?」
「なにを当たり前の事を……。神の望みこそ全てだ。神が罪なきものを殺せと仰るのなら、その者は存在自体が罪だったのだろう。神はその罪を、殺す事で救おうとなさるのだ」
「…………」
すらすらと、勇者は謎の声に答える。
その答えに4529番は愕然となった。
あまりにも、あまりにも……。
(なんて、都合のいい……)
自分の信じていた『神』とは、そんなものだったのだろうか?
それでは、まるで「神が望むのなら」と言えばなんでも許されるではないか。
そう、罪を犯した覚えもないのに、存在自体が罪だと言われた……黒翼たちは——。
「っ……そんなの、そんなのおかしい……」
「なに?」
「なぜなにもしていないのに、罪に問われるんだ! 僕は生まれてから一度も神様への祈りを休んだ事はない! 神を疑った事もない! みんなそうだった! みんな、神様を信じてた! 信じていたのに殺されるなんて、そんなの……!」
「……君はなにを言っているんだ? 神を信じるのは当たり前の事だろう?」
「………………」
ダメだ。
この男とは……勇者とは、会話が成立しない。
こちらの主張など彼の中の『神』に全てかき消される。
神が望めば誰もが喜んで死ぬのだと。
ではその神は、どこにいる?
彼の中の神は黒翼を「平等」だとは言わないらしい。
罪などなに一つ犯しておらず、そして存在自体が罪だと決めつけられた黒翼たちは……もう……。
「それに君たちは殺されるわけではない。救われるのだ。『死』という救いを神から賜ることができるんだ。穢れた血の黒翼には至上の喜びだろう?」
「…………な……そ、ん、な……」
生まれた事が罪だと言わんばかり。
神がそうお望みだから?
本当に神はそうお望みなのか?
分からない。
もう4529番には、分からない。
なにも考えたくない。
考えられない。
「————っ!」
「⁉︎」
ぐじょり……。
と、なんとも気味の悪い音が耳に入る。
勇者の声、言葉ではなく、その音がやけに小気味好く響いた。
気味が悪い。
なのに、小気味は良い。
この不気味な感覚に、顔を上げる。
「…………っな……」
装飾の施された片刃の剣先が、血を滴らせながら勇者の胸を貫いていた。
それを信じられないものを見るようにら眺める勇者。
手は力が抜けて4529番を離す。
自由になっても、怪我と魔力不足で床に倒れこむ。
「……な、なに……貴様……何者……」
「お前の理屈で言うのなら、俺の中の神が貴様は不要だと判断したんだ。貴様の信ずる神は邪神以外の何者でもない、とな」
「……な、ん、っだ、と……⁉︎ 我が神を愚弄す……!」
「そして貴様は勇者じゃない。ただの傀儡だ」
「っぶ!」
ズ……、と刃が引き抜かれる。
勇者の顔面を柄先で殴り、4529番の横に叩き倒す。
更にその血の溢れる胸を踏み付けた……その男。
(……人間の冒険者……)
天層に来るほどだ、腕は立つのだろうし白翼にも認められて入国したのだろうと思っていたがなんという事か。
白髪で、グレーの外套を纏ったその男は紫の瞳で勇者を見下ろす。
あまりにも冷たい眼差しに、歯の奥がカタカタと鳴り始める。
勇者の言葉を聞いた時と同じぐらい、その男は恐ろしかった。
「思いの外あっさり終わったな。炎帝に当てられて変な事始めた時はどうしようかと思ったけど」
「まだ終わっていない。奥の廊下の部屋のガキどもは全部次代の勇者候補だと言っていたな」
「え、あれ全部殺すのか? や、やりすぎじゃないか?」
「…………」
「いや、そこで黙るなよ⁉︎ どうせ炎帝にこんなえぐい世界見せたくないとかそういうんだろうけど」
「奴もそこまで夢見てねーだろう」
「っ……(いや、テメーが奴にそういう夢を見てると思う!)」
「なんだ、なにか言いたい事があるならはっきり言えばいい」
「な、なんでもねーし!」
いつの間にか、人間の隣には連れ立っていた亜人もいた。
白い髪は同じだが、こちらは目が赤い。
なんの種族かまでは分からないが、やはり不思議な二人組だった。
いや、それよりも……。
「だ、だめ……だめだ……やめて……」
「!」
「あ? ……これは……」
先程の部屋の子どもたち。
あの子達を、殺す⁉︎
それは、それだけはと手を伸ばす。
そんなのはやめてほしい。
そんなのは……。
「そんなの、あの子たちは、僕と……黒翼たちと……同じ、なんて……違うぅ……っ!」
「…………」
「ちが、違うから……そんなのは……そんなのはぁっ……」
もうたくさんだった。
十分だ。
生まれながらに罪の存在だとか、神がそれを望むとか……もう考えるのも嫌だった。
だから懇願した。
恐ろしい男だと思いながらも足首を掴み、行かせないように。
「やめてぇ……もう……もう……」
「…………、……ラ、ライリス……」
「助けてどうする? 自称勇者のクズが増えるだけだぞ。都合のいい、いもしない神とやらに洗脳されて、天使とかいう奴らに利用され続ける傀儡がな」
「…………っ」
「え、えと、だったら別に逃せばいいんじゃないか? あの人間のガキども……」
「どこへ? それに、あの数を?」
「あ、う……」
だから始末した方が早いと?
そんなのは……耐えられない。
勇者の腰から剣を掴む。
聖剣ルスカルヴァル。
持つ資格がない事など、分かりきっている。
手が焼け爛れるように熱い。
拒まれているのが分かる。
それでも、それでも——!
(聖剣ルスカルヴァル様……お力をお貸しください! あの子を……守る力を!)
「!」
「まさか⁉︎」
白い剣身が黒に染まる。
男の持っている剣のような黒。
いや、それ以上に闇に染まっていくようだった。
資格のない者が持ったからなのか、それもとこれこそが黒翼の穢れた血とやらの所以なのか。
それでも聖剣から魔力が体へと流れ始め、それが血液のように体中を駆け巡り始めると気怠さは消え、怪我も治癒されていく。
対峙した男の表情に変化はないが、亜人の方は目を見開いてその様を見詰めた。
「馬鹿、な……魔剣になった⁉︎」
「⁉︎」
「…………」
「ライリス! このガキただのガキじゃないぞ! 聖剣がこのガキの血を啜って……」
「分かっている。黙れ、薺」
ス、と人間の方がもう一度腰に手を隠す。
外套の下から引き抜かれたのは白い剣。
黒と白の、双剣……。
「……はあ……はあ……はあ……」
分かっている。
勝てる見込みはない。
この男は勇者を背後から強襲し、容赦無く殺した。
対して4529番は剣を持ったのも初めてだ。
振るう事さえ上手くできるかどうか……。
「面白い、魔剣の勇者か。まあ、こんな世界ならそれもありだろう」
「ライリス……!」
「さて…………果たして貴様は勇者に足り得る者か? 問おう、貴様は……罪を犯していない者を、神の望みだと言われれば殺すのか?」
「殺さない! 殺せない!」
人間の男の目が細まる。
それが神の望まぬ答えでも構わない。
自分の中の『神』は、少なくとも罪のない命を奪うなどという事は許さないのだ。
この勇者の神と、自分の中の神はきっと別物だ。
そうでなければ……。
「っ…………」
そうでなければ、自分は世界を呪わずにはいられなくなる。
「殺させない!」
これは名もなき黒翼の少年が神に刃向かう冒険譚。