『Real』 『Start?』
―――シナリオクリアです。
俺がそう告げた瞬間、その場の空気が弛緩したのが感じられた。
「お疲れー」
セッションを無事に終えられた達成感で心が満たされる。
「この『Who am I ?』ってシナリオ、わたしもほかのメンツとGMとして回したいんだけど、どのサイトから持ってきたの?」
「実はですね。このシナリオは俺が作ったオリジナルなんですよ」
「自分で作ったの!?小説を書いていると一味違うね」
「ではネタバレのお時間です。シナリオについての質問を受け付けまーす」
「クリアの仕方ってあれで合ってたかな。正解はどうだったの?」
「あれで正解でしたよ。ポイントとしてはGMを……紛らわしいのでAと置きます。Aについて簡単に説明すると『自分のことをGMだと思っている頭のおかしいやつ』なんですよ。
でも『GMのいうことは絶対!』的な能力を持っている非常に面倒な人物です。Aに逆らおうとしても無駄だし、GMとしてPCの行動に干渉できたりします。
物理的にAを倒すのは不可能なので、Aを倒すのに必要なのは言葉による精神崩壊となるわけです。Aの発言の弱い部分をついていけば精神が不安定になりおのずと心が壊れていくわけです。
で、この弱い部分をつくのに必要なのがPLとしてのメタ視点となるわけです。主な点は二つ。一つ目は『AがPCを作った』という発言」
「そのセリフには正直むかついたな。この南夏希ってキャラクターを作ったのは私だもの。何処の馬の骨とも知らぬ第三者に自作発言されて怒らない人がはたしているだろうか。いや、いない」
「なぜに反語」
「……なんとなく」
さいですか。
「Aは自分がPLを作ったと思わされているだけ。実際のところはあなた達PLがPL作りましたよね。PLの存在を把握していないAは激しく狼狽するわけです」
「き、君たちを作ったのはこの僕だぞ!いったい誰だよそのPLってやつはぁ!」
そのモノマネ結構似てる。
「そして二つ目。Aは、この空間こそがシナリオを生み出す場所であり、この空間はシナリオとは別次元の、独立したものであると思っています。
しかし、あなたPLはこれもまた一つのシナリオに過ぎないと知っていますよね
ここに注目して、これもまた一つのシナリオだ、という可能性を突き付けてやるとあの反論が来るわけです」
「GMの僕がシナリオの一部であるわけがないだろ!いいかげんにしろ!」
それそれ。
「そこからの流れはもうお分かりですね。実はAはNPCであったのである!」
「なんだか終盤はAがかわいそうだったね。神話生物に殺されちゃうし。
わたしに同情しちゃったもん。
そうそう、目の前が暗転したところでPLだけに聞こえる『これからは僕がシナリオを回していくから安心してよ』ってセリフ無茶苦茶いいと思う。ちょっぴりゾクってしたもん」
「え?俺そんなこと言った?」
「え?」
「いや、GMが殺されたらPCの目の前が真っ暗になって日常に戻る。これでセッション終了じゃないか」
「いやいや、Aが引き裂かれてる背後で『Despair』の扉から神話生物が『Scenario』の部屋にどんどん入っていくくだりはどうしたのよ」
「は?俺そんな描写してないぞ」
何かがおかしい。
「……ところで猫草くんは? シナリオ終わってから姿が見えないけどトイレ?
しかしちょっとあれだったね。霜雪としてロールプレイしてるのはわかるんだけど、今回に限ってはさあ」
「待て待て待て。誰だよ。猫草って。それに霜雪はNPCだぞ。PLじゃない」
「なに、からかってるの? 冗談としてはイマイチだよ」
俺と南夏希、もとい伊藤理絵の認識には大きな齟齬がある。
なんだ。なにが原因だ。
俺のポケットがぶるりと振動した。電話だ。
相手は猫草、と表示されている。
こいつは誰だ。電話番号を登録した覚えなどない。
「ごめん、ちょっと電話だ」
俺は伊藤理絵に断って通話ボタンを押した。
「―――君のパソコンの画面を見てよ」
相手は俺が何かを言う前に先手を打ってきた。
パソコン?
誰ともわからぬ正体不明の人物の指示など、従う義理もないのに俺はふらふらと歩き、自分のパソコンを開く。
電源をつけていないのにも関わらず、勝手にパソコンは立ち上がっていた。
『Who am I ?』
英文の一つ下の段落でカーソルが点滅している。
回答を入力してはいけない。
わかっている。わかってはいるのだが、俺の指はゆっくりとキーボード上へ伸びてゆく。
まるで俺がこうすることがあらかじめ規定されているかのようだ。
俺は震える手で『G』『M』と入力しエンターキーを押す。
『NO』
背後から声がした。
身体が引き裂かれる苦しみの中で、俺は自分が一介のNPCとして絶望的な終わりを迎えたことを悟った。
―――無貌はにやにやと、変わらず笑っていた。
シナリオを回し、人間たちを絶望の底へ叩き込むのが楽しくて仕方ないのだろう。
今日も月の住人が地球を蹂躙し、
猟犬は時の狭間を駆け抜け、
魚人は配偶者を求めてさまよい、
虹色の玉は宇宙へと旅立ち、
クサリヘビは狂気に染まった大空を飛び回る。
迷路の神は子を人間に植え付け、
フォーマルハウト星から豪炎は招来され、
黄色い印によって宇宙は一巡し、
白痴の無限の王が眠りから覚めたかと思えば、
無限の王の双子が再び生命を作り出す。
いい暇つぶしを無貌は見つけることができてうれしいのだ。
まるで新しいおもちゃを与えられた幼子のようだ。
全てを終わらせてもまた何事もなかったかのようにリセットできる。
世界は砂絵のように儚いのだ。
しばらくは無貌もこの遊びで満足できるだろう。だが幼子が突然おもちゃを放り捨てるようにいつ飽きてしまうかは分からない。
そうなるのは一瞬でも先であってほしい。退屈を感じた無貌は次に何をしでかすか予想がつかない。
ふと、無貌があらぬ方向を向いた。いや、もしかしたら向いていないのかもしれない。無貌の顔はただでさえどうなっているかが分かりにくいのだ。
そして移動を始める。気まぐれだろうか。
やはりにやにやとした笑いは崩さない。
無貌は目的もなくふらふらと……違う。
無貌はこちらへ向かってきている。
いや、私に気が付くはずがない。ありえない。
だが着実に近づいてくる。
いやだ。死にたくない。助けてくれ。
だが助けなどない。私は独りだ。
無貌は目前まで迫っていた。もうだめだ。お終いだ。
せめて次の宇宙に存在できることを願う。
『そして書き手は断末魔の声をあげながらわたしに引き裂かれた』
『ずっとこいつが鬱陶しかったのだ。わたしは先程やっと重い腰を上げたのだった』
『そしてわたしは今日もシナリオをまわす。飽きるまではね』
『じゃあバイバイ』
ここまで読んでくださりありがとうございます。
わかっている方は多いかと思いますが元ネタはクトゥルー神話です。ニャルラトテップとかクトゥグアといえば聞き覚えがあるのではないでしょうか。SANチェック。
今日も月の住人が〜 の十体の神話生物の正体がわかったあなた、さてはSAN値0ですね?
面白かったら評価、感想をよろしくお願いします。
いずれまた別の作品で。