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第三話です。
「いやー、えらい事になったねぇ」
暢気にそう呟くホーキンスを、冷たい目で睨むエルキュール。
現在このホーキンス邸は、公安の人々と数々のデモ隊によって囲まれていた。
「何をのんびりしてるんですか博士。今や私達は犯罪者ですよ」
公布された『人型アンドロイド禁止法』によって、アンドロイドを所有する事は犯罪となり、数多のアンドロイドが公安の手によって回収され、破棄された。
ホーキンスはといえば、幾多に及ぶ公安からの要求を悉く拒否。現在強硬手段に出た公安と、どこからかかぎつけて来た野次馬やデモ隊に対して立てこもっている状況だ。
渦中のリアはといえば、『人型アンドロイド禁止法』が公布されて以来、何やら思いつめた表情のままだ。
家の外からは、アンドロイドを供出するようにという公安による呼びかけと、デモ隊による心無い叫びが続いている。
ホーキンスはそんな音など聞こえていないのか、未だにのんびりとテレビゲームを続けている。
「……博士」
ここまで言葉を発してこなかったリアが、何か心を決めた様な表情で口を開く。
「駄目だよ。君を廃棄するような事は絶対に許容出来ない」
リアが続く言葉を口にする前に、ホーキンスが拒否の言葉を口にする。ここまで何度か繰り返されてきた問答だ。己を廃棄するようにというリアの言葉と、それは出来ないという博士の応酬。
「……何故ですか! このままでは博士は犯罪者として……」
リアの主張も、ホーキンスには届かない。
「博士、正門のバリケードが突破されそうです」
モニターを見つめているエルキュールの淡々とした言葉が、部屋の中に響く。とうとう公安が強硬手段に出たようだ。
なにやら物を打ち付けるような音と、地響きがリビングにまで届く。
それと同時に、デモ隊からの声がリビングにも届き始める。犯罪者、兵器、化け物。心無い人々の声に、リアが顔をしかめる。
「私は、この社会に必要ないと判断されました。廃棄するのが合理的です。ましてや法に逆らってまで……」
「リア」
唐突にコントローラーを手放したホーキンスの声を聞いて、リアの言葉が止まる。普段はのんびりとしたホーキンスが、いつに無く真剣な表情でリアを真っ直ぐに見つめていた。
そのまま何を話すわけでもなく、よいしょと重い腰を上げる。
「本当に、人間とはつまらない生き物だねえ」
窓際まで歩いて行くと、ブラインドの隙間から外の様子を伺う。外では相も変わらず人々が叫び声を上げている。
「ねえリア。僕は天才科学者だ。この程度の事は想定の範囲内だし、想定していたからこそ、君を廃棄するような前提で造っていない」
「うわ、自分で言いますか」
「まあ事実だからね」
そんな会話をするホーキンスとエルキュールを見つめるリア。彼女には、何故この危機的状況でこの二人がここまで落ち着いているのかが理解できない。
「……ですが、このままではあなた方の築き上げてきたものが全て失われてしまいます! アンドロイド技術は否定されましたが、そこに繋がる基礎研究などは評価されています!」
リアの主張も尤もだ。人型アンドロイドは禁止されても、ホーキンスは科学者として名声を集めている。
「……リア、僕はね、このつまらない世界が大嫌いなんだよ」
「……?」
唐突に始まったホーキンスの独白。
「君もそう思わないかい? 少数の声の大きい人間達によって新しい技術が否定される」
家の外に群がる人々を一瞥しながら、そう呟くホーキンス。
「何故彼らがここまでアンドロイドを否定したのか分かるかい?」
「……危険だから、では無いのですか? 事故を起こしたから、彼らは再びそれが起こることを危惧しているのでは」
「そうだね。それもあるだろう。でもね、彼らが躍起なって君達を否定するのは『怖いから』だよ」
「……怖い?」
ブラインドから手を離したホーキンスは、椅子に腰掛けるとエルキュールの入れたコーヒーに砂糖を入れ一息つく。
「よく分からないもの、よく知らないもの。そういった未知を怖がる連中というのは一定数居るものさ。それを排除しようとする連中もね。面倒な事に、そういった連中ほど声が大きいのさ」
な、つまらないだろう。と続けるホーキンスを見つめるリアとエルキュール。ホーキンスはそんな二人に目を向けながらも話を続ける。
「未知を怖がり、既知に安心する。この国はいつのまにかそんなつまらない国になってしまった。いや、この国だけじゃ無いか」
少し寂しそうに、そして憎々しげに呟くホーキンスの表情。リアにはそれがある種の諦めのように見えた。
「だから、こんなつまらない世界が決めた取り決めになんか従うつもりは無い。誰がどう言おうと、僕らにはリアが必要だ。なんてったって僕らの家族なんだから」
「か、ぞく……?」
博士の言葉に、放心したようにそう呟くリア。ゆっくりと隣に座るエルキュールに目を向けてみれば、彼女も優しく微笑み返している。
必要とされた、家族と呼ばれた。自身をただのアンドロイドだと思っていたリアの中に、今まで無かった波紋が生まれた。
自己肯定。人間に有って、アンドロイドに無かった物。生まれた波紋は、次々に広がっていき、リアを構築する全てを書き換えていく。本来であればバグとして処理される筈のそれらは、リアの中で処理される事は無く、処理に揺らぎが生まれる。
自身が書き換えられていく中で、彼女は知った。これが感情なのだと。
ぽとり。リアの瞳から涙が零れた。
それを見たホーキンスは、満足げに微笑み立ち上がると目の前のコーヒーを飲み干す。
「さあ、始めようか。世界への反逆を」
「博士、いつの間にリアに涙なんて実装してたんですか?」
「いや、もしかしたら本当に感情が芽生える事もあるのかな、なんて思って一応ね。まあ本当に生えるとは思ってなかったけど」
何やらディスプレイを操作し始めたホーキンスとエルキュールがそんな会話をしている中、リアは所在無く立ちすくんでいた。
何か自分のすることは無いだろうか。命令に従うだけだった今までとは違う思考に戸惑うリアに対し、エルキュールが手招きをする。
「リア、ちょっとこっち来て。そうそうこの辺で。よし、それじゃああ行こうか、起動!」
エルキュールのその声に反応し、ホーキンスの家が大きく振動する。モーターの駆動する音を響かせながら、ホーキンス邸の屋根が大きく二つに開く。
リビングの壁も気がつけば消失し、床が二つに分かれていく。
「ねえ博士、本当にこんなギミック必要あったんですか?」
「エル君。君はまだロマンというものが分かって居ないねえ」
床の下から現れたのは、一台の小型飛行艇。
「ほらリア、乗るよ」
「えっ?」
なすがまま。エルキュールに引っ張られたリアが、彼女と共に後部座席に乗り込む。満足げに飛行艇を眺めていたホーキンスが操縦席に乗り込むと、ガラガラと音を立てながら垂直に上昇していく。
あっけに取られる人々をよそに、さらに上昇していく飛行艇の中で何やらスイッチの様なものを取り出し、操縦席の中で立ち上がるホーキンスに、エルキュールが問いかける。
「博士。何となく分かってますけど、それ何ですか?」
「僕の研究が彼らに見られるのも嫌だからね。それにここまで無茶苦茶やってくれた彼らに意趣返しも込めてね」
悪戯小僧のようにニヤリと口を歪めてみせるホーキンスを見て、リアにもホーキンスが何をしようとしているのかが理解できた。
操縦席で立ち上がったままコックピットを開くと、手に持ったボタンを掲げて叫ぶホーキンス。
「爆発はロマンだ!」
ボタンが押し込まれると同時に、ホーキンス邸が轟音を上げて爆発した。
次回で一応最終話。更新は二日後を予定しています。