2
第二話です。
大々的に発表された、限りなく人に近いアンドロイドの発表は、あらゆる意味で社会の注目を集めた。
大学から放逐された後も研究を続けた、というホーキンスのエピソードと共に、リアの存在はネットの海を駆け巡り、賛否はあれども話題に上がらない日は無くなった。
「にしても、ここまで話題になるとはなー」
ホーキンス邸のリビングで、コーヒーを飲みながら寛ぐホーキンスとエルキュール。
「博士、この後十三時からZ社の取材、その後S市で講演会の予定となっております。それから博士、砂糖の入れすぎです」
ホーキンスの手からカップを取り上げ、新しいコーヒーを差し出すリア。
起動から数日、彼女は学習を重ね、人とほぼ変わらない所作と会話能力を獲得していた。
「えー、僕コーヒーは砂糖五個は入れないと飲めないんだけど……」
「それなら態々コーヒーを頼まないで下さい」
「冷たいねえ、コーヒーは熱々なのに……」
ホーキンスのつまらないギャグを無視し、自らも席に着くリア。ホーキンスは適当にあしらうべき、というエルキュールの教えを忠実に守っているようだ。
「うわ、まだこんな記事書くようなのが居るんですね。『アンドロイドは人類の生活圏を脅かす兵器である』だって。何々……この度発表されたアンドロイドは、K国がわが国の経済を崩壊させる為に極秘に研究を続けていたものである、だそうです」
「皆好きだねぇ、陰謀論」
仮想ディスプレイに移した記事を眺めながら、溜息を溢すエルキュール。今のところ概ね社会に受け入れられているLeal Imitation Artifact Projectではあるが、やはりある一定数の否定派というのは存在する。
ごく少数ではあるが、そういった人種ほど声が大きいものであるというのが厄介ではあるのだが。
「まあほっとけば収まるでしょ。さっさと準備して、取材の場所まで行こうか」
公演に、取材、CMの以来など、今や世間は空前のアンドロイドブーム。今までアンドロイド、またその類似研究に対しては研究費を出し渋っていた企業も、今では先を争ってアンドロイドへの投資を始めている。
至って順調、至って快調。ホーキンスとエルキュール、そしてリア三人の充実した日常はいつまでも続くかのように思われた。
しかして、物事に流行り廃りがあるように、平穏とは長く続か無いもので、暗雲はすぐそこまでやってきていた。
「最近また増えて来ましたねえ、アンドロイド否定派」
「SNSでも連日おかしな社会学者がぺらぺらと薄い内容の記事を垂れ流してるね」
空前絶後のアンドロイドブームも一先ずは落ち着きを見せはじめた頃、ホーキンスの家で寛ぐ三人。
既にホーキンスの手によってLeal Imitation Artifact Projectの概要、人を模倣するアンドロイドの製法は社会に公開され、人と区別のつかないアンドロイドは社会にとって一般的なものになりつつあった。
社会にアンドロイドが増え始めた事で、それに比例して増え始めたのがアンドロイド否定派閥だ。
「にしても、根拠の無い陰謀論やら何やらべらべらと……よくもまあこんな事を思いつきますねえ」
呆れた様な口調で仮想ディスプレイを見つめるエルキュール。実入りが良くなった事で余裕が出来たのか、最近では目の下の隈も消え、伸び放題だった髪も整えるようになった。
とはいえ元々の素材が野暮ったい事には変わりは無いのだが。
「ねえ、リアはどう思う?」
「どう、とはどういう事でしょうか?」
「ほら、一応自分達を標的にした攻撃な訳じゃない、こういうのって。何か思うところは無いのかなあと」
綺麗な姿勢で椅子に座るリアは、エルキュールの質問に淡々と言葉を返す。
「いえ、特には。根拠の無い推論には実行力は伴わないはずです」
「まあ一般的にはそうなんだけどねー」
つまらなそうに栗色の髪をいじくり回しながら、何やら含みのある口調でそう返すエルキュール。
「まあいいや。こんな詰まらない話はやめとこうか。博士、リアと散歩に行ってくるので、その間に夜ご飯の準備をしといて下さいね」
「え? 今日の当番って僕だっけ?」
どこから手に入れてきたのか、三十年前のレトロゲームをプレイしながら聞き返すホーキンス。実入りが良くなったにも関わらず、小汚い白衣に身を纏い床に座る姿からは、とてもではないが巷で騒がれる天才科学者の風情は感じられない。
「もうボケてるんですか? まだギリギリ三十台でしょうに。ほらリア、博士は放っておいて行きましょう」
おかしいなー、というホーキンスの言葉を背に外へと出て行く二人。こんな彼らの日常も、終わりの時は刻一刻と近づいて来ているのであった。
切っ掛けは些細な事であった。とある科学者によって作られたアンドロイドが、あるイベントで暴走。一般人が怪我をする、という事件が起きた。
原因は単純で、製作者である科学者が、Leal Imitation Artifact Projectを正しく理解していなかった。ただそれだけの話であった。
不完全な思考プログラムと、正しく設定されなかった安全装置。人間による過失である。
しかし、事実は正しく認識されない。『新型アンドロイドは人を傷つける可能性が高い』という捻じ曲がった情報は、不作為にか、或いは作為的にか急速に広まった。
「増えましたねー、アンドロイド否定派」
仮想ディスプレイに次々と映し出される記事を流し読みしながら、エルキュールはそう呟く。
あの事件の後、彼らのもとへと取材に訪れるものはめっきりと減った。企業等もアンドロイドを広告塔に用いるのは自粛している。
「まあ無理も無いのかもねぇ。あんな事もあったからねぇ」
あいも変わらず、地べたにだらしなく座り込み、レトロゲームに現を抜かす博士。
「しかし、あれは製作者側の問題であると既に結論が出ています。アンドロイド技術そのものに対して批判が集まるのは不自然じゃないでしょうか?」
無機質な瞳でそう問うリア。合理的な思考を主軸に持つリアには、今回の騒動の原因と結果が上手く結びつかない。
「まあ人間ってのは不合理な生き物だからねぇ。なんにでも噛み付く人ってのがいるのさ。今回は偶々目の前に極上の肉がぶら下がってた訳だからねぇ」
かちゃかちゃとコントローラーを操作しながら、つまらなそうに呟く。その目に映っているのはある種の諦めだろうか。
「そろそろ夜ご飯にしましょうか。リア、手伝ってね」
指を振って仮想ディスプレイを消し、面倒臭そうに椅子から立ち上がるエルキュールと、その後を追うリア。
広いリビングには、依然としてテレビゲームの画面を見つめる博士一人が残された。
「ああ、やっぱりこの世界の人間はつまらないねえ」
その呟きは、誰にも聞こえることなく虚空に消えていった。
一つの事故を切っ掛けに、反アンドロイドの論調は勢いを増していった。
ある者は陰謀論を叫び、ある者は人工知能の危険性を叫ぶ。その輪は広がり、遂には政治の舞台にまで及ぶ。
そして遂には、一つの法案が政府によって可決された。
『人型アンドロイド禁止法』
そう名づけられた法により、この国にはアンドロイド達の居場所は無くなったのである。