第九話 交渉
俺はニーヤと二人で、この町では上等の部類に入る宿屋の一階に来ている。ここは酒場になっていて、宿泊客以外にも飲んだくれやら娼館の開店時間まで間を持て余している奴やらで、結構早い時間からごった返していた。
そして、この店にはゾンダが縄張りを”買って”いた相手がいる。そいつはゾンダの様なチンピラじゃ無い。間違いなくこの世界での裏組織の人間で、しかもこの辺りを任されているらしく、ヤクザで言えばソコソコ上部の構成員と言ったところか。
「交渉は俺がやる。お前はアイツの取り巻きと、客の出入りをを監視していてくれ。」そうニーヤに声をかけると、俺は店の中を軽く見回す。すると、自分の両側に二人の男を立たせ、カウンターの端寄りに斜めに座り、テーブル側を眺めながら酒を飲んでいる男がいた。見た感じは痩せぎすでヒョロそうに見えるが、服の下はみっしりとした肉置きだ。ありゃどう考えたって堅気じゃ無ぇわ。ヤツに違いない。どの世界でもやはりスジ者の雰囲気ってのは分かるもんだ。脇の二人は手下ってぇよりボディガードみたいな感じか?こっちは見るからにゴリラみたいな面をした、筋肉質の獣人だ。カウンター席だってのに何時まで経っても着座しないし、あからさまに店内を見回してやがる。奴の連れって感じには見えねぇ。
俺は、カウンターと平行に歩き、ゴリラ男目線の下から忍び寄り、その横まで行くと、なるべく平静な感じでカウンターの男に声を掛ける。
「今日はゾンダは来ないよ。何処か逃げたらしい。…アンタがこの辺のシマを預かっているんだろ?少し俺と話をしないか?」
男は一瞬目線を俺に向け、軽くあごをしゃくる。すると慌てて左右の男が俺の腕を掴んできた。問答無用で放り出そうって訳ね。こっちは年端もいかねぇガキだからな。まぁ当然だ。
「ちょっとまってくれ!何時もは今頃には来ていたゾンダが現れない確かだろ?それに分かっているとは思うが、俺たちはゾンダの奴隷だったガキだ。もし、この後ゾンダが来るとして、俺らがこんな事をすると思うかい?」
そう一気に捲し立てると、男は左右の男たちに向けて軽く手を振って、一旦手を放して後ろに下げさせると、又俺に目線を向け今度は口を開いた。
「…ヤツは如何した。」
「ウチにいたハーフエルフのガキと逃げちまったよ。アイツらデキてたみたいでさ。でも、何で逃げたのかは知らねぇ。何かヤバい事にでも手を出したんじゃないか?」
そう言って少し肩をすくめて見せる。少々オーバーなリアクションだが、今の俺は、奴の気を引き続けなけりゃいけない状態だ。多少は道化の振りもしよう。
「そんな訳で、俺たちはもう自由だ。だが、余所へ行こうたってアテなんか無ぇ。ここで今迄の仕事をして、糊口を凌いで行くしかねぇんだ。」
「なので、今度はからは直接俺たちにシマを貸して欲しいんだよ。アイツにピンハネされない分、カネはしっかり払えるぜ。」
「なに、ゾンダに貸していたのを、直接俺達に貸すってだけだ。アンタのアガリが減る訳じゃねぇ。それに、次に貸す奴を探すのだって面倒だろ?」
「それに、俺達全員この町には身寄りもねぇ。逃げる事はないぜ。何だったら借り賃は前払いにしたっていい。ソレなら万が一にも取りっぱぐれは無いしな。」
俺は男の顔を見ながら、俺達の要求を一気に話す。正直、こっちの主張は相手にとって損は無いが、要は俺達が信用できるか如何かだけの筈だ。
俺の考えでは、ゾンダだってコイツに信用されていた訳では無いはずだ。正直、只の店子と大家みたいな関係だっただろう。だってアイツ性格悪かったしね。人様から好かれたり信用される人間性じゃない。つか、だからこそガキ使いなんかしてたんだろう。
「ガキ、名前は?」
如何やら話は聞いて貰えるらしいな。
「俺の名前はアサカだ。ゾンダが使っていた連中は、ヒトも獣人も今は俺が纏めている。お前の名前も教えて貰えるかい?」
「…お前らに貸してやるのは良いが、幾つか条件がある。」
名乗りは無視かよ…
「先ず一つ、貸し賃は一か月分前払いだ。金額は10万ゾル。毎月1日に、この店にお前が持ってこい。」
10万か。もっとボられるかと思っていたが、まぁシマ内の通りだけだしな。俺達がそんなにゼニを作れるとは思ってないんだろう。
「次、もしもお前らが憲兵に捕まっても、俺達の事は話すな。其方で如何にかしろ。素人相手に面倒起こした場合もだ。自分たちで何とかするんだ。」
うん、官憲とはモメたくないって事ね。まぁこっちもそんなヘマはしねぇよ。
「最後に…ゾンダを見つけ出すか、ヤツの借金をお前らが肩代わりしろ。」
「え?何で俺たちが?」
「お前らはゾンダのイヌだったんだろう?飼い主の不手際は、お前らで始末しろ。」
「…幾らだ。」
「300万ゾルだ。」
結構な額だなオイ。そうすると…支払いは月10万で借金300万か…結構キツいか?
「借金の返済期限は何時までだ。」
「…1年だ。月々でもまとめてでも良いが、お前らが必ず払え。嫌ならゾンダを探し出してくるんだな。」
コイツ…俺たちがゾンダを始末した事に気が付いている?
…仕方が無い。ここは一端受け入れるしかないか…。シマを借り受けられるってだけでも今は御の字だ。
「一年たっても借金が返済できない場合には、お前らには又、隷属の首輪をはめてもらう事になる。」
「っ!!」
コイツ…俺たちを奴隷商に売り飛ばすつもりだな!最初っからそのつもりだったか!
だが、今はこれ以上こっちには打てる手は無ぇ。仕方が無い、向うの条件を一端飲んで、さっさと稼ぐ算段をしねぇとな。
「…分かった。取り敢えず、今月分の10万ゾルは明日持ってくる。」
「…後一つ。今後、俺には敬語を使え。」