第十話 チンチロリン
「くっそーあの野郎!借金なんかしてやがったのか!!」
外で待機していたニーアに交渉の結果を報告すると、交渉が上手く行った事よりも、何故かゾンダが借金していた事を怒りだした。
「って言うか、何で俺達が奴の借金を肩代わりしなきゃなんないんだよ!」
まぁ、奴に払わせようにも俺達が殺しちゃったしな…と言うか、アレは多分、あのヤクザもんのブラフだろう。
「ん?如何いう事だ?」
「ゾンダは借金なんかしてないって事だ。ありゃ多分、俺達に返せない額の借金を背負わせて、最終的には又俺たちを奴隷に落とそうって言う魂胆だと思うぜ。」
大体、ゾンダみたいな小悪党にそんなデカいカネ貸すヤツなんて居ないっての。定宿だって木賃宿だしな。今の俺が言うのも何だが、信用なんざこれっぽちも無い、最低のクズ野郎だぜ。オレなら絶対カネなんざ貸せねぇ。
「それに…多分、アイツはオレ達がゾンダを殺した事に気づいてるぜ。」
「え?マジか!?…じゃ何でオレ達を見逃すんだ?」
「そりゃ、俺達を衛兵に突き出したって、ヤツには何の得にもならねぇからだろ。それよりも、オレ達からカネ毟った方が利口って事だ。」
「ん!?そうか?そう言うモンなんか?」
ニーヤはまだ得心行ってない様だが、ヤツの本音は、まだ様子見って所だろう。大体、こっちは塵みたいなガキの集まりだからな。始末しようと思えば何時でも出来る。上手くカネを運んで来る間は放っておこうって所か。まぁそんな事はもう如何でも良い。それよりも、今のオレ達には今後の事の方が重要だ。
「まぁ、俺の売が上手く行きゃ、300万程度はすぐ稼げる。今はそっちに手を貸してくれ。」
「えっ!?そりゃ本当かよ!」
成功すればだけどな。だが、勝算は十分ある。そう、本番は此処からだ。
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「なぁ、白黒なんぞより、もっと面白いギャンブルがあるんだがやってみないか?」
俺はゾンダが定宿にしていた店の一階にある酒場で、何時もゾンダからカネを巻き上げていた飲んだくれ連中が居るテーブルに向かう。
因みにこの店のテーブルは6脚で、2個づつ3列に並べられている。後はカウンターがあり、そこは6脚の固定椅子ある。所謂カウンターバー形式だ。店員はカウンターに酒を用意するマスターが一人、フロアにはウエイトレスの女が2人、奥の厨房には最低2人は居るようだ。
こいつ等はいつも4~5人で店に来ていて、グループ内で白黒をやっているので、博打が好きなのは間違いない。それに俺の顔も見知っているので声が掛けやすい。
今日は4人で来ているようで、左端の丸テーブルを一つ占領していた。俺がテーブルに近づき上を覗き込むと、二人は正に白黒のプレイ中。後の二人は様子を見ている。こいつ等、ダイスを一組しか持ってないのか?まぁそんな事は如何でも良い。俺の目的は、こいつ等にギャンブルの面白さを伝えられるかだ。
「ん?お前はゾンダが飼っていたガキ共じゃねぇか。ゾンダはどうした?」
「アイツは居なくなっちまったよ。それよりも、俺達と一丁勝負しようぜ。」
「なんだぁ居なくなったって。アイツ、何かやらかしたんか?まぁいい。それよりガキ!お前、勝負しようったってカネ持ってるのかよ。」
男は俺とその脇に立って入るニーヤとクンタを見遣ると、フンっと鼻白んだ。奴らにとっては、如何やらゾンダの行方なんぞ少しも気にならないようだ。
俺の両隣には、用心棒代わりのニーヤと、警戒されないようにとクンタも連れてきていた。クンタはちょっと恍けた顔してるので、警戒されにくいタイプだ。ニーヤはなるべく気配を殺して佇んでいる。こういていると、殆ど気にとまらないのは獣人、それも猫系の連中の特徴かもしれん。
「ああ、カネならあるぜ。お前らと違って、俺らは毎日仕事してっからな!」
「けっ!オレ達だって仕事はしてるんだぜ?まぁ毎日って訳じゃ無いがな!!」
そう言ってテーブルの男たちは下卑た声で笑いあう。如何やら機嫌は良いようだ。これなら話も持っていきやすい。
「お前らも毎日白黒ばっかじゃ飽きるだろう?俺が面白いゲームを考えてきたから、それをやろうぜ。」
「ああ?んなもんお前らが有利じゃねぇか!大体、ガキの考えたゲームなんざつまらないだろうよ。」
「まぁそう言わず、一回付き合ってくれよ。面白くなきゃ、引き上げるからさ。」
「ん~まぁ一回だけならな…でも、説明聞いて面白くなさそうだと思ったらやめるからな!」
「ああ、それて良い。慣れるまではカネも賭けないでやろう。」
よっしゃ!興味持ってきたな。それにガキだと思ってこっちをナメでてやがる。ここまでは順調。ここからが勝負だぜ。
俺は空いている椅子に膝立で座ると、飲んだくれ共に持ってきた道具を見せる。
「先ずはコレを見てくれ。この賽には白黒じゃ無く、それぞれの面に点が彫ってある。六面あるから1から6までだ。」
俺にとっては見慣れた普通のサイコロだが、こいつ等は初見だろうし、白黒の賽しか見た事無い連中には一々説明しなきゃなんない。
ちなみにコイツは俺がヤクザ相手に交渉に行っている間、アンダに作らせていたヤツだ。アイツは手先が器用で、今までも靴磨きのブラシやら俺達の服の修繕など、細々した道具などを作ったりさせていた。なので、酒場の亭主から手に入れた白黒の賽に手を加え、点を掘らせて賽を作らせておいたのだ。そして予め、丼に似た底の深めの皿も店から借りておいた。そう、こいつ等に教えるのは、所謂『チンチロリン』だ。
「で、コイツをこの器に投げ入れる。そうすっと…」
2・5・6
「こりゃブタだ。」
「ブタ?」
「まぁ見ていてくれ。続けるぜ。そらっ!」
2・2・4
「よっしゃ!目が出たぜっ!」
「目!?」
「この賽の点を見てくれ。2つは2だろ?そして1つは4だ。この場合は、俺の目は4になるんだ。」
「如何いう事だ?良く分かんねぇ。」
「同じ数字が2つ出た時だけ、もう一つの賽の目が有効になるんだよ。この場合は2が2つで4が一つだから、俺の出目は4になる。」
「へぇ…じゃ、こっちの2の数字には意味が無いのか?」
「そう!大事なのはこの4の方だ。で、皆でこの賽を振りあって、この数字が一番大きい奴が勝ちって訳だ。」
「で、3回投げて目が出なかった…つまり、2個の数字と1個の数字って組み合わせが出ない時は、ブタって言って負け確定だ。」
「ふーん…でもそりゃ、中々勝負がつかないんじゃねぇか?白黒の方が簡単だぜ。」
「まぁまぁ、もうちょっと聞いてくれ。このゲームは、一対一でやる訳じゃ無いんだ、一人対全員でやるんだよ。」
「んん?」
「基本は出目の数字がデカい奴が勝ちって事。それだけ分かれば取り敢えずはゲームができるんで、ちょっとやってみようぜ!」
「あ、ああ。」
よし!俺も久々のチンチロだぜっ!
「じゃあ最初の親はオレって事で、出目はさっきの4だ。さ、今オレがやったみたいに賽を皿にむかって投げて入てくれ。」
「親?なんでガキのお前が親なんだよ!?ふざけてんのか!?」
ん~親って表現は馴染みが無ぇか。しかし、此処で違う名称にするってぇのも後々面倒だしな…
「親ってのは、全員の勝負を受けるヤツの事を言うんだよ。んで、これは持ち回りでやってくことになるんだが…まぁここは流してくれよ。」
博打を知らない奴に一々説明すんのも大変だ。だがまぁチンチロはそんなに難しいモンじゃねぇ。少し手間だが、用語等々も含め、一回分かっちまえば理解は早いだろう。
「んじゃ先ずは…右隣のお前さん。あんた名前なんてぇんだい?」
「オレか?俺はギルダだ。」
「んじゃギルダさん、アンタからだ。さっき俺がやった様に、この賽を3ついっぺんにここの深皿ん中に投げてくれ。ああ、あと皿から賽がこぼれたら、その時点で負けだから気をつけてな。」
「おお!なんか面白そうだな!んじゃ投げるぜ!それっ!っと…」
「いいかい、3回までだぜ?」
「よっしゃ!」
掛け声は威勢が良かったが、皿から賽がこぼれると負けと知ると、そっと賽を握った手を陶製の深皿の上に持って行き、そうっと石で作られた賽を投げ入れる。
すると、賽はチンチロリン…と綺麗な音を立てて転がり、やがて止まる。そうすると俺達は、皆で深皿を覗き込んだ。先ずは…
3・5・6
目無し
2・4・5
目無し
1・2・2
「これは?」
「2と2と1だから…あんたの目は1だ。」
「何だよ!!目は1から6までしか無いんだから、これじゃ負けじゃねぇか!!」
おう、このギルダって奴は理解が早いな。
「そう、勝負は俺とだけだから、俺の目は4なんでアンタの負けだ。」
「成程、そうやって親は一人一人と勝負をするって訳だ。」
ギルダの隣で見ていた男がそう呟いた。如何やら興味を持ちだしたらしい。
「つー事は、この時点でギルダは負けって事か。」
「そうそう!もしこれが5とか6なら子の勝ち。親の目と同じ目なら分けだ。」
「へー。でもこれ、親が負けたら皆に払わなきゃならねぇんだろ?親の負担がデカくねぇか?」
「だからだよ!逆に親が勝てば、総取りだってあるんだ!一発で大儲けだぜ?」
大儲けと言うワードはこいつ等にとって大いに魅力的だったらしく、一気に場がざわつき始める。ここでもうひと押し。
「後な、儲けが倍になる”役”もあるんだ?」
「何だよやくって?」
「賽の数字が全部同じ…つまり2・2・2とか3・3・3とかのゾロ目が出れば、その場で勝ちで掛け金の3倍を払う。1・1・1なら5倍だ!」
「え!?5倍!?」
「そう!だから、親が最初にゾロ目を出せば、その時点で参加した全員から5倍の掛け金が貰えるって事だ。つまり、子が多けりゃ多い程、儲けもデカくなるんだよ!」
「そりゃすげぇ!」
「あとは…特殊な役として、4・5・6の目だけは2倍の勝ちだ。んで、逆に1・2・3は2倍の払いで負け確定。」
「特殊な役は以上だ!どうだ?面白そうじゃないか!?」
男たちはしきりに賽を眺めまわしたり、深皿をひっくり返したりとざわついていたが、如何やら興味はありそうだ。
「ん~確かに面白そうではあるが…これはお前らが持ってきた道具だろ?ルールもお前たちが考えた物だし、慣れてない俺達からゼニを巻き上げようって魂胆じゃねぇか!?」
うーん流石コスイ顔してるだけに疑り深い。うんうん、博打のカモってぇのは少々疑い深い位の方が丁度良い。
「成程、有りそうな話ではあるな。んじゃこうしよう。道具は貸すから、お前さんら4人で勝負してみなよ。俺達が傍で見ているから、分かんない時は教えてやるよ!」
「おおっ!そりゃ面白そうだな。よし!お前ら、一丁カネ賭けてやってみようぜ!」
「「「「おおっ」」」」
さてさて、盛り上がってくれよ…