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千夜一夜 異世界冒険奇譚  作者: しっぽな
夜の物語
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第七話 修行

正直、閑話に近いです。

飛ばしても問題ありません。


「魔術とは」


 アイシャが口を開きます。

 まるで幼き子供が、得たばかりの知識を大人に披露するように、弾んだ声で。


「体内、もしくは体外の魔素(マナ)を扱って、神秘的な作用を伴った術のことのである!」


魔素(マナ)

 目に見えない精霊とか、あー、不思議な元素? みたいなもんか?」


「精霊ではありませんわ!

 例えば、火が燃えるのは何故ですか?」


 偉そうにアイシャは言います。

 ふむ、とナセルはなるべく分かりやすく答えます。


「簡単に言うと、燃えるものと、酸素と、熱があれば火は燃える」


「あ、えっと、そうです! その酸素ってやつ? みたいな、そんな感じですわ!」


 アイシャは慌てて取り繕いました。

 ナセルにとっての常識は、元いた世界の常識。

 科学的な根拠が解明されていて、それに基づいた知識は、この世界の常識とはかけ離れたもので御座いました。


「元素じゃないか……」


 ナセルは微笑いたしました。

 ま、まあ、とアイシャは長い髪をかき上げながら続けます。


「あ、ある程度は分かっているのですね!

 まあでも! 知識があっても、使い方が分からなければ無用の長物ですわ!」


「それをお前が教えてくれるんじゃないのか?」


「そ、そうですわ! 御覧になるのです!」


 そう言って、アイシャは両手を天に掲げました。

(御気付きだとは思いますが、陽の光はナセルを斃そうと邪魔をしておりません。人間としての外見で、陽を、神の御目を騙していたので御座います)

 透き通った空に陰りが出来ました。

 地面から砂が舞い上がっていたのです!

 その砂は風に揺られ、くるくると彼ら二人の周りを踊り、頭上へと、遥か天空へと舞い上がっていくでは御座いませんか!

 人工的なつむじ風?

 否!

 正に竜巻です!

 目の中にいる二人では、その内側からの視界しかありません。

 外の風景は(といっても、見渡す限り砂の海なのですが)見えなくなりました。


「おお、凄いな。何も見えない」


「そうでありましょう!

 そうでありましょう!」


 自慢げにアイシャは笑いました。


「どうやるんだこれ?」


「まだ教えられませんわ!」


「なんで?」


「これはまだ貴方には早いですわ!

 初歩の初歩、簡単な魔術も出来ない貴方にはこれほどの風や砂を操ることなど、できませんわ!

 まずは、私を、このアイシャを、この偉大なる蛇神たる母を、敬い、尊く崇めるのです!」


「分かった。で、アイシャ」


「何ですこと? 崇め奉る気になりました?」


「その、言い難いんだが、服が肌蹴(はだけ)て下着が見えているぞ?」


「ああ、そんなことですの!

 これくらいの辱めなど、何のそのですわ!

 全く、殿方の性欲足るわ計り知れませんわね!」


 アイシャは、魔術を止めて、身なりを整えました。

 パンパンと身体についた砂を叩き、長髪を撫でてから、ナセルを見ました。


「何だよ」


「まだ、襲ってはなりませんわ。

 その時がきたら、幾分でも可愛がってあげますわ!」


「襲わねえよ、年増!」


「なっ!

 神に歳は関係ありませんわ!

 それにこの身体はまだ月のものも来ておりません!」


「いや、聞いてねえし。

 神っていっても、お前邪神だろうが。

 はぁー、ばかばかしい。

 続きをやるぞ、御母様」


「ええ」


 打ち解けてきたように見えますが、ナセルの腹の中は違っておりました。

 信用するな、騙されるな、という声が、忠告が、ナセルの脳裏に常に響いていたのです。


 こう見えても、奴は邪神だ。

 一万以上の信者を殺した、自分の生贄にした蛇神だ。

 何を考えているか分からない、

 教えを乞う身ではあっても、信用も、信頼もしてはならない。

 その笑顔も、この無邪気さも、計算の内のはずだ。

 俺は奴の演技に騙された振りをしなければならない。

 この疑心も、疑られる訳にはいかない。

 尻尾を掴ませる訳にはいかない。

 慎重に、騙されろ。

 決して、探られるな。

 そして奴の術を吸収しろ。


「始めましょう!

 まずは、手始めに、砂に魔術で絵を描くところから!」


「ああ」


 ナセルはそう言いながら修行を続けました。

 





 たかが、人間、或いは魔物の猜疑心。

 邪神に気付かれないはずはありませんでした。





 しかし、それでも、邪神は、分からない振りを続けるので御座います。

 その目的など、今のナセルには、知る術がありませんでした。






 蛇神は、ナセルを鍛え続けました。

 おおよそ、一年の年月が過ぎたころで御座いましょう。


「まあ、いいでしょう!

 及第点ですわ!」


「これで、お前の魔術は全て伝授されたのか?」


「まあ、粗方、そうですわね!」


「例えば……」


 とナセルは、声を一音低くして言います。


「今、お前と此処でやりあって、これが勝つ見込みはあるか?」


 しかし、アイシャは、何のその!

 にこやかに応えるのです。


「そうですわね!

 たぶん、私の負けでしょう!」


「嘘だな」


「あれ? 分かっちゃいます?」


「ったく、喰えない奴だな」


「貴方にも食べられないものがあるのですね!

 驚きですわ!

 まっ、これも乙女の秘密ですわ!」


「切り札は見せられないってことか?」


「ええ!」


 二人は、微笑み合いました。

 その(はら)の中では、嫌疑、懐疑、疑念、或いは一種の予感が、蠢いていたので御座います。




 画して、ナセルは類い稀なる魔術師として、此処に誕生したので御座います。


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