第四話 蛇神との対面
神は全知全能、全てを創り賜いし尊い存在に御座います。
木も、森も、海も、そしてこの砂も、神がそれを創ったので御座います。
そしてそれは絶対の存在なのです。
偶像崇拝とは、それに諍う行為。
瀆神行為に御座います。
あろうことか、ああ、自らが別の神を崇め、それに似せた銅像を造るなど、あってはならぬことなので御座います。
さて、男はと言うと、男の故郷が別世界の異国なのですから、それに対する嫌悪感や、背徳心などというものは感じず、寧ろ興味深そうに観察するので御座います。
「おお、俺以外にも人がいるのか」
すでに男は人間ではありませんでしたが、まだ、心は人としての矜持を保っておりました。
声を潜めて、息を潜めて、彼奴らの様子を見続けます。
「ああ、蛇神様!
応えてくださりませぬか!
豚のように醜く、
蠅のように集り、
畜生のような頭しか持たぬ、
私に、私たちに、
その御威光を、
その御身を!
どうか!
どうか!」
信仰は時に、力となります。
たとえ、それが魔力に乏しい凡人であろうとも!
たとえ、それがただの人間の集まりだとしても!
一体その部屋には何人の人間が、仰いでいたことでしょう。
ざっと二十は超えていることでしょう。
それだけの人間が、雁首そろえて祀られている(ああ! なんとも嘆かわしい!)偶像に対して、手を合わせ、仰々しく膝を折り、頭を伏しているので御座います。
異様な光景で御座いました。
そして、その異様さは部屋全体を覆うので御座います。
カッ、と眩い光に、男は一瞬目を閉じました。
「は?」
すると、どういうことでしょう!
全ての邪教徒たちの首元には蛇が、蛇の牙が!
邪教徒は恍惚の笑みを浮かべ、
干からびていくでは御座いませんか!
「何が起こったんだ……」
男は我が目を疑っておりました。
それもそのはず、ほんの瞬き程の時の中で、蛇が現れ二十にも及ぶ人間の命を奪っていったので御座います。
しかし、それ以上のことが起こり、男は絶句したのです。
「……っ!」
なんと、あの蛇の女体の銅像が粉々に砕けちり、中から全く同様の人間(と言っていいのかは定かではありませんが)が出てきたではありませんか。
髪の一本一本が蛇で出来ており、
身に纏っている衣服もまた、幾重にも重なった蛇が蠢いておりました。
一見すればそれは絶世の美女。
麗しの女性に御座いましょう。
しかし二見目ではどうでしょう。
身の毛もよだつ、蛇神(ああ! この言葉も瀆神で御座いましょう。しかし、語らねばならないので御座います)と言うに相応しい風貌で御座います。
「……いや、凄いな」
男は感心しておりました。
「おそらく、何らかの宗教であることは間違いないが、魔力にはこんな使い道もあるのか」
これならば、と、
「もしかしたら、お前が生き返るのも、そう遠くない話かもしれないぞ」
屍体に向かい小さく声をかけたので御座います。
「出てきなさい」
と蛇神は言います。
無論、その言葉は男に対してのものです。
「そんな死臭を漂わせておいて、
逃げ隠れ出来る訳もないでしょう。
ほら、悪いようにはしないから、
お顔を見せなさい」
男は一瞬考えましたが、屍体を置いて逃げるということは人情からは反しているように感じられ、振り払いました。
最も、すでに人間ではありませんが。
「出てこないのであれば、殺す他ありませんね」
ぶわっ、と、殺気が男を包みました。
身震いを抑えきれません。
今まで、斃し、喰ってきた魔物とは訳が違う、敵わない、と思わせるには、それだけで十分で御座いました。
「お前が俺を殺さないという確証が持てない!」
「まっ、私が嘘を吐いていると!
失礼しちゃうわね!
でも、こちらも驚きですわ!
人語が話せるとは思っていなかったもの!」
確かに言われてみれば、と男は思ったのです。
この世界に来てから、男は他者と言葉を交わしたことがなかったのです。
それがこうして普通に話せていることを考えると、何か魔力的な部分が関係しているのでしょうか?
ああ、そうか、と男は納得いたしました。
「たぶん、それは俺の力っていうか、魔術っていうか、なんだ、能力? みたいなものが関係しているんだろうな」
「まぁ!
それは十全ですわね!
貴方は才能に恵まれているのですね!
どのような才能かしら?」
「俺は喰った魔物の魔力を得る」
「なるほど!
それは随分と希少な能力ですわ!
私、感服いたしました!」
「でも、別にあんたを喰いにきたわけじゃにない。
だから、なんだ、提案なんだが、見逃してくれないか?」
「それはできませんわ!
貴方、私の恥部を見たじゃない!」
無論、乳房や、陰部は蛇で隠れて見ることはできません。
蛇神の言っていることは、邪教徒どもを喰い殺し、男とは別の形での転生を成功したことで御座いましょう。
「分かったよ。
俺を殺さないか?」
「それは私が判断することです!
有用ならば、使いますが、そうでなければ、死んでもらいます」
一つ、唾を飲み込み、扉を開けました。
「まぁっ!
可愛い犬畜生だこと!
その目玉を穿り返しても宜しいですか!」
「勘弁してくれ。
ただでさえ緊張しているんだ。
あんまりビビらせないでくれないか」
「それは失礼いたしました。
ではそうですね!
私に良い考えがあります!
我ながら良い案を思いつきました!」
蛇神は落ちている人を投げ飛ばしながら、「違う」「これも違う」「ううん、これはちょっと趣味じゃないわ」と独り言を放っておりました。
そして一人の十代と思わしき少女(の木乃伊)を手に取り、接吻を交わしたので御座います。
ああ!
屍体と交わりを持つなど!
まさに邪神と言わずして何と言いましょう!
すると、木乃伊はみるみると生気を取り戻し、逆に蛇神の身体は干からびて行くでは御座いませんか!
少女は、依り代とされたので御座います。
「ふむ、こちらの方が貴方も話しやすいでしょう!」
淫靡な声から明るい華のある声に変わります。
「さあ、貴方もいつまでも犬っころの姿でいないで!
その姿では上手く首が刎ねられませんわ!
あははっ!」
少女は、
蛇神は、
無邪気に笑っておりました。