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千夜一夜 異世界冒険奇譚  作者: しっぽな
夜の物語
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第三話 洞窟の中

 一体何日が経ったことでしょう。

 あれから男はずっと歩きっぱなしで御座いました。

 ハイエナの姿で。

 この方が、屍体を背負いながら歩くのに向いていたので御座います。


 男は、さも親しい友人に話すかのように声を出します。


「気付いたことがある。

 一つ、俺は、というか、この身体は、陽の光に弱い。

 一度、朝日に浴びたが、全身が焼き爛れるようだった。

 ああ、すぐに避難したよ。

 流石にお前を連れてはいけなかったがな。

 あの時は悪かった。俺だけ地面を掘って隠れるなんてな。

 二つ目に、俺が使える魔法? って言っていいのか分からないが、それは身体強化だけだった。

 手から、ははっ、ファイヤーってな。

 出そうとしても出ないんだよ、これが。

 屍喰鬼(グール)ってのは魔物の中でも下等な方なんだろうな」


 確かにその通りで御座いました。

 屍喰鬼は魔物とはいえども、鍛え抜かれた剣士や、生え抜きの魔術師からしてみたら、雑魚も同然で御座います。

 十もの同族喰いを行った男相手だったら?

 しかも、あれから今までに喰らった数は更に増えておりました。


 男は続けます。


「なあ、お前はこれから街に着いたらどうする?

 流石に俺は街の中には入れないが、

 お前を、例えば街の入り口に放置するのも、それはそれで気が引けるってもんだ。

 街が後どれだけ先にあるか分からないが、

 まあ、安心しろよ。

 俺がお前を守ってやるからよ」


 男はそう言い、笑いました。

 屍体が、腐敗し、蛆が湧き始め、異臭を漂わせ、皮膚が砂によって剥がれかけていることを、気付いていても尚、話しかけ続けたので御座います。

 そうしなければ、気を保っていられなかったのです。


 ああ!

 なんと芳しい!

 この淫靡な匂いは!


 それは男だけではなく、闇の住人さえも呼び寄せてきたのです。

 屍喰鬼のみに限りません。

 或いは蝙蝠。

 或いは蠍。

 或いは蛇。

 或いは駱駝。

 或いは馬。

 そのどれもが、神の手から離れ、死臭が香る魔物となって、男ではなく、その屍体を狙ってきたのです。

 しかし、男を襲うことはありませんでした。

 食べ残しを頂こうと、卑しく近づき、もしくは遠巻きに眺め、指を咥えて佇んでいただけで御座いました。

 まるでハイエナのように。


 男は、その一切を殺しました。

 男は、その一切を喰いました。


 まるで背中に乗せた屍体から意識を遠ざけるかのように。

 全てを殺し、全てを喰らい、全てを自らの糧にしたのです。

 肉を喰った時、初めて男は自らに宿る魔力の増長に加えて、

 えも言わぬ達成感を得たので御座います。





 男は、砂漠には似つかわしくないほら穴を見つけたのです。

 涓滴岩を穿つ、では御座いませんが、

 長年風にさらされた岩は通常ならば、削れてしまい砂へと姿を変えてしまうもので御座いますが、このほら穴を守る岩は、そうはなっておりませんでした。

 何故?


「魔力によるものか」


 男は正解に辿り着きます。

 ほら穴から流れてくる冷たい風に乗っかって、何やらこう、陰鬱な気配がするでは御座いませんか。

 このほら穴の先に何かがあるのでしょうか。

 いや、きっとあるのです!

 男は意を決して、歩みを進めました。

 

 それは長い長い洞窟で御座いました。


 ほの暗い闇の中、男は獣特有の感覚を身に付けておりました。

 目目が意味を成さないその道程で、男はそれ以外の全ての感覚を駆使し、歩みを進めました。

 ふと、気付いたので御座います。


 魔力が身体を覆うのであれば、その範囲を広げられるはずだと。


 その予想は正しかったのです。

 男は、ふう、と息を吐き、身体を取り巻く魔力を半径十メートル程に広げました。

 閉ざされた視界が嘘のように、

 まるでそこにある砂の一粒一つが己の身体の一部になったかのように、

 

「なるほどね。

 こうやって使うんだな。

 でも、まあ、半日も持ちそうにはないな」


 男はそう言いますが、この規模の魔術。

 半径十メートルという範囲の感覚魔法。

 通常の魔術師であれば四半刻。

 歴戦の魔術師であっても一刻程でしょう。


 男の魔力量はすでに常軌を逸していたのです。


 それもそのはず。

 此処に来るまでに殺めた魔物は二百を超え、喰った魔物は百五十を超えていたので御座います。

 それは魔術師の修行にも似ておりました。

 集魔の匂いの巾着を身体に付け、夜通し戦い続けるというもの。

 本当に才のある魔術師だけが生き残る、危険極まりない修行で御座います。

 しかしそれは、たった一夜。


 男は一体何日?

 何日、この修行を?


 迫りくる蛇の魔物をバッタバッタと切り刻みます。


「蛇ばかりで、飽きるな」

 

 その都度食べながら、暗闇の道程を闊歩していくと、何やら扉があるでは御座いませんか。

 隙間から光が洩れておりました。

 男の肌に異変がないことを考えるに、炎か、或いは魔術か。

 話し声まで聞こえます。

 そっと、聞き耳を立てます。


「ああ、見目麗しい、蛇神様!

 この身にその美しい牙を!

 どうか!

 どうか!」


 隙間から覗き込むと、


 ああ!

 なんということ!


 禁じられた偶像崇拝を!


 万物は神が創り賜うたもの!


 それを、ああ、しかも、人間が!


 まさか!

 下賤な人間風情が!

 神の神聖を穢すなど!


 ああ!


 なんという瀆神(とくしん)で御座いましょうか!


「見目麗しい蛇神様!

 何卒!

 何卒!

 その御威光を私めに!」


 邪教徒が群れをなして、

 人間程の大きさはありましょう、

 蛇を象った女体の像を前に、

 ひれ伏し、手を合わせていたので御座います。


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