第二話 魔物の誓い
男が食したのは、同じ仲間(と言ってもいいかは分かりませんが)である、ハイエナで御座いました。
毛皮をはぎ取り、滴る血肉を貪り、骨をしゃぶったのは、間違いなく同じ獣であったはずなのです。
通常ならば、腹が膨れ、満腹感や充実感が溢れ、つい転寝をしたくなるはずで御座いますが、男はそうはなりませんでした。
この湧き上がる力は何か!
それは『魔力』で御座いました。
ですが、どうして?
獣を喰うと魔力が溢れる?
いいや、それは違います。
ほら! 御覧下さい!
男が喰った獣の残された骨が! 残飯が!
見る見るうちに蒸発していくでは御座いませんか!
細かい砂が風に消えていくように!
水蒸気が空気と混じっていくかのように!
そう!
その獣たちは、『魔物』だったので御座います。
一般的なハイエナではなかったのです!
男が魔物を殺し、喰うことができたのは、ひとえに、それが不意打ちだったからで御座います。
完全に油断している獣(魔物)の首を切りつけ、肉を啄みながら、殺して行ったので御座います。
でも、ただのハイエナにそれができるでしょうか?
いいえ。
決して、ただのハイエナではなかったのです。
男自身も、魔物だったので御座います。
ここで一つ、この砂の地での理を御説明しなければなりません。
この地には、屍喰鬼というものが御座います。
神の威光から逃れ、夜にだけ顔を見せる者たちで御座います。
彼らは、屍肉を喰うハイエナに姿を変えるので御座います。
時には物言わぬ屍人を、
時にはテントを張る旅人を、
時には馬車を曳く商人を、
時には駱駝に乗った遊牧民を、
時には夜を愛する邪教徒を、
その腐れ切った胃袋に納めるので御座います。
夜に。
神の不在時に。
屍喰鬼は、闇を愛したのです。
魔物を喰らうことで魔力が上がる、という訳ではありません。
もしそうならば、今頃、王国の魔術師の間では、魔物のスープや魔物のミンチがまあそれはそれは大量に溢れていることでしょう。
何せ、食べるだけで魔力が、力が溢れ出てくるのですから。
でもそんなことは御座いません。
一部の物好き(それも相当な!)にしか、魔物の肉は取引されていないのです。
じゃあ、何故?
男の能力に原因があったので御座います。
生まれ持った才能、とも言いますか。
ああ!
なんという皮肉!
人界の世では何一つ才能がなかったのに!
あろうことか!
魔物としての!
屍喰鬼としての!
闇の住人としての才能には、恵まれていたので御座います!
男が、一匹のハイエナ(屍喰鬼)を殺し、喰う。
その度に、男はより強くより俊敏に!
更に一匹。
もう一匹!
舌の上で肉を転がしながら、もう一匹。
足を咥えて、ほら次へ。
そうして十を数え終えると、
先程も述べましたように、男は変貌していたので御座います。
それこそが、男の才能!
男の能力!
「俺は、ハイエナですらなかったのか」
男は喰らった者の知識と、経験と、力を得たので御座います。
「面白い冗談だな。ははっ!
こいつは傑作だ!
人間でなければ、獣でもない!」
そう叫びながら男は、その姿を変えたのです。
人に。
いや、違います。
人型に。
出来損ないの人形に。
その四肢は細く伸び、
背は曲がり、
漆黒の息を吐き、
深淵の産毛が全身を覆っておりました、
しかし、魔力はそんじょそこらの魔物とは訳が違います。
なにせ、十もの魔力の結晶体なのですから。
これこそが正真正銘の屍喰鬼の姿!
「違う!」
男は声を荒げます。
その声は震えておりました。
「俺は……俺は……。
俺は人間だ!」
魔物、それも醜い屍喰鬼の姿でありながらも、
男の心は、人間だったのです。
男は振り返り、見下ろしたのです。
死体を。
旅人の屍体を。
「喰わない」
宣言するように。
絞り出すように。
「俺は、人間だけは、喰わない」
人間として生きるために、
男はそう誓ったので御座います。
すぐに破ることになるとも知らずに。