バレンタインはしばしお待ちを
昼休み、みんなそれぞれお昼を食べていた場所から戻り始め、次の授業の準備を始めるころ。一足早く自分の席に着いたわたしは、上機嫌に携帯を眺めてにやにやしていた。画面には送ったメッセージの返信、もちろん良い内容である。
そんなわたしの前の席に、面白がった呆れ顔という複雑な表情を見事に表現した美人が腰掛けた。席の主、山田君はまだ廊下でおしゃべりしているらしい。早紀ちゃんは長い黒髪をふぁさっと後ろに流して、「にやにやしちゃって」と言った。
「にやにやもするよお、だって日曜オッケーだって!」
「バレンタイン? 例の後輩くん?」
「そう! 守谷くんちで!」
ごふっ、と後ろから声がしたので振り向くと、大滝くんがむせて友達に心配されていた。風邪かな? お大事に。心の中でだけ声をかけ、早紀ちゃんに向き直る。
守谷くんというのは、目つきが悪くて一重で眉毛が薄くて細身で、しばしば蛇っぽいと言われるひとつ下の一年生だ。表情がほとんど変わらないうえに口べたでもあるから、入学して一年経っても女の子から怖がられ続けているという。
そんな彼との出会いは八月、夏休みのこと。学校の図書館に足を運んだはいいものの、手に取った本に熱中しすぎてお昼になり、空腹で死にそうになってたわたしを助けてくれたのだ。
自慢じゃないけど、わたしはものすごく燃費が悪い。
身長150ちょっとのちびのくせに、成長期の男子並みによく食べる。女の子らしい一段のちっちゃいお弁当なんてオヤツである。だから、死にそうになったというのはけっこう本気だ。
守谷くんは冷徹そうに見えて心優しい青年なので、ふらふらへたりこむ小さい先輩を見捨てられず、戸惑いがちに声をかけてくれた。そして連れてきてくれたのが調理室。なんと守谷くん、我が校きっての幽霊部代表調理同好会の会員で、その日ひとりでオムライスを作っていたのだった!
オムライス、スープ、サラダ、そしてゼリーとババロアまで完食した無礼な先輩に彼はなにも言うことなく、どころかおいしそうに食べて貰えてうれしいとまで言ってくれた。
それから半年、わたしはすっかり守谷くんのお世話になりつづけてきた。
さて。
来る日曜日、2月14日バレンタインデー。
半年お世話になったなら、ここらで一発お礼がてら何か渡したりするんじゃない? と思われるかもしれないけれど、ざんねん大ハズレ。わたしの料理は「食べれるけどおいしくない」と評判で、シスコン気味なお兄ちゃんにさえ首を傾げられるのだ。買って持って行くのはいいけど、作りたくない。でも今回は守谷くんが作ってくれるという!
守谷くんのチョコが食べたいな……だめかな……みたいな気配を醸し出したらオッケーしてもらえたので、わたしのわがままを叶えてくれたかたちになる。あっ、材料費は7割負担です! いつも! 同好会のは生徒会から会費出てるけど!
日曜日はなにを作ってくれるのかなーうふふん。ふたたびにやにや顔になったわたしの頬を早紀ちゃんがつつく。
「好きよねえ、後輩クン。あんたはほんとになんもしないの?」
「わたしにできるのぬいぐるみ作りくらいだけど、もらっても困るでしょ?」
「まあ、あの蛇顔の部屋にカワイイぬいぐるみあるのもイヤよね」
「それはちょっと良いかもしれない」
えっどうしよう……そんなの想像したらあげたくなっちゃう……。困るだろうけど……。
迷惑だから、と繰り返して衝動を鎮める。守谷くんとぬいぐるみ、ぜったいかわいい。こんどうちに来てもらおう、そして抱えてもらおう。そんなことを勝手に決めて、意識を戻す。
「ほかにわたしができるのなんて勉強教えるくらいだけど、守谷くんほとんど理解してるし。わたしが男だったら花束とか持ってくんだけど……!」
「花束も困るわね、きっと」
「守谷くんお花も好きだけどね」
お菓子食べに行ってお菓子手みやげにするのもなんかヘンかなあ。困ってしまう。それでもあんまり無礼なことしたくないので、なにか持って行きたいところ。
自動ロックで暗くなった携帯をもういちど見て、期待にうふふと笑いながらポケットにしまった。そろそろ授業が始まってしまうし、廊下に出ていた田中くんも席に戻りたそうにしている。
「あ、早紀ちゃん」
「今日はヒマよ」
「わーい」
さすが親友、まだ言いたいことを思い浮かべてもいなかったのに!
ということで、今日の帰りの手みやげ探しに付き合ってもらうことになったのだった。なにを持って行こうかなー。なにを作ってくれるかなーわくわく! おなかがすいてきたので、帰りはクレープ屋さんにも付き合って貰うことにしよう。
あたたかくなってきた2月の陽気、楽しい予定にわたしの心も浮き足だった。
小話まとめ http://ncode.syosetu.com/n3417cl/ におまけがあります。