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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第一章 変わりたい。
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三、紫苑 四月八日(月)


長月ながつき紫苑しおんです。よろしくお願いします」

 ぼくは無表情でそう言った。

 見ようによっては仏頂面にも見えるだろうが、その方が都合がいい。

 嫌われてハブられるのは勘弁願いたいが、わらわらと周囲に集まってこられるのもそれはそれで嫌だ。


 もちろん幼いときからこうだったわけではない。


 ここが生まれ故郷のような独白をしてはいたが、この地域にいたのは小学三年から六年までの三年間だ。

 昔から親の都合で引っ越しが多く、その度に自己紹介があったが、小学生の頃はむしろ友達作りを頑張ろうと思っていた。


 これは別に嫌なところを改善したいとかそういう行動理念があったわけではなく、少しでも空気に溶け込みたかっただけだ。


「……え、それだけ?」


 先生が困ったように言う。

 見れば、三十人程いるクラスメイトも続きを待つような顔をしていた。


 え、これだけじゃダメなの?

 冗談だろ。

 他になんて言うんだよ。


 これだから自己紹介なんてものは嫌いなんだ。

 自己紹介なんてものをするなら、言うべきことを箇条書きで書いた紙を渡して欲しい。

 昔は前日に必死に考えるだけの気概があったが、この歳になるともう面倒くさい。


 ぼくが黙りこくっていると、それを拒否と取ったのか、先生はおずおずと提案する。


「ほら、好きな食べ物とか、趣味とか」


 最初からそうやって訊いてくれればいいのに。

 ぼくが悪いんだろうか。

 質問されれば答える。

 そのくらいならなんともない。


「好きな食べ物はオムライスで、趣味は読書です」


 質問に答えると、先生は渋面を晒す。

 なにかまずいことでも言っただろうか。

 先生は諦めたように小さくため息を吐くと、ぼくを席へと促す。

 促されるままに席に着くと、SHRが始まった。


 ぼくのクラスは二年C組だった。

 ぼくを加えた三十八人で構成されたクラスで、席の位置は窓際一番後ろ――の隣。

 六列六段で席を並べると二人だけが七段目になる。

 余りものみたいなポジションは個人的には助かる。

 教室のど真ん中とかだったら死んでいた。


 どうせなら窓の外を見れる窓際が良かったが、しかし、隣の人はそんなにおしゃべりでもないようなので、悪くない。

 ネームプレートを見るに、この学校は出席番号順ではないらしいが、どういう順番になっているのだろうか。


 ぼーっとしているうちにSHRは終わった。

 起立、気をつけ、礼。

 着席までやって欲しい。

 さらに言えば、そのまま次の授業まで席に着いて黙っていて欲しい。

 ぼくの嫌な予想通り、礼を終えると同時にぼくの席にクラスメイトが群がってきた。


「どこから来たの?」

「小学生のとき同じクラスじゃなかった?」

「よく引っ越しするの?」


 頭がパンクしそうだ。

 小学生のときに同じクラスだったとか言われても困る。

 ここから引っ越した後だって二回引っ越しているんだ。

 四年前のクラスメイトの誰かを正確になんて覚えちゃいない。


 ぼくが面喰らっていると、クラスメイトも落ち着いた。

 質問に適当に答えていると、一時限目の予鈴が鳴り、解放される。

 こうして、ぼくの新しい学校生活は始まった。



 土日が待ち遠しい。

 いくら早くしろと願ったところで、時間は平等に進む。

 月曜と日曜の夜の憂鬱さは異常。


 昨日、ぼくは公園で彼女にあった。

 夢に出てきた彼女だ。

 面影があった程度で、記憶の改竄があった可能性も否定出来ないが、おそらく彼女だと思う。


 四年前から変わらずあの場所にいたのだろうか。

 ぼくが彼女の立場だったなら、どうだろう。

 あの場所にいた気がするし、いない気もする。


 四年というのは、それだけ長い時間だ。

 結果として彼女はいた。


 公園に着いてまず思ったのは、会えたという純粋な気持ち。

 本を読み始めて思ったのは、懐かしいという気持ち。

 続けて話してみたいと思った。

 けれど、話しかけようとは思わない。


 変化の先にあるのは喪失だ。

 変わることで得るものも失うものもある。

 得るものはないときもあるが、失うものは必ずある。


 なにか小難しいことを考えている気がしないでもないが、それは錯覚だろう。

 ぼくは多分、失って終わるという結末を迎えたくないだけなんだ。


 それはただ単純に、臆病なだけだ。


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