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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第四章 太陽があるから、ひまわりはよく育つ。
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十三、紫苑 八月二十日(火)二十一時


 ぼくときみが違う世界の住人だなんて、お伽話にしては悪質だ。


 ぼくは彼女に想いを伝えて、それでさよなら。

 これでお別れ。

 こうしてぼくらは大人になっていく。


 物語としては、割りと綺麗な終わり方なんじゃないかと思う。


 今が思い出になっていって、いつか笑い話に出来るときが来るんだろう?

 この苦しさも、切なさも、全部時間が解決してくれるんだろう?


 だから、このまま足を進めればいい。


 どうして、それが出来ない。


 まるで、ぼくの意識とは無関係に足だけがここにいたがっているようだ。


 いや、違うな。

 ぼくが本当はここから離れたがっていないから、足を動かしていないだけだ。

 ぼくは、自分の意思でここにいる。


 なにが、後悔しないように、だ。

 ふざけんな。


 やり残したことも、話したいことも、まだたくさんある。

 まだ、なんにも出来ていない。

 ぼくの心の中にはおおよそ未練しかない。


 本当は、このままここから立ち去るのが正しいなんてことは分かってる。

 そんなことは分かりきっている。


 絶対に届かないと分かっているのに、無駄だと分かっているのに、それでも、なんてのは馬鹿のすることだ。


 でも、それでも――ぼくは。


 汚くたっていい。

 子供のままでいい。


 前に進めない、明日が見えない、そんな正しさならいらない。


 ぼくはいつも、間違えてばかりだ。



 再び、公園に足を踏み入れると、隣にきみがいるのが分かった。

 慌てて横を向くと、きみは胸に飛び込んでくる。


「嫌っ」


 嗚咽交じりの声に困惑してしまう。


「嫌だよっ……離したく、ない」

「うん」


 自然、抱きしめ返していた。


「折角同じ気持ちになれたのに、どうして、さよならしなきゃいけないのっ? またねだって言ったじゃない……っ! 痛いよ……胸が、痛いの」

「……うん」

「好きなのっ。どうしようもなくてっ、それなのに、どこにもっ、行け、なくて! 苦しい……苦しいよぉ。さよならなんて、したくないよ……」

「うん」

「い、いつか、どうにかなるかもしれないじゃないっ! これ以上、好きになっちゃうの、怖いけど、でもっ、もう戻れないの……っ。このまま終わりなんて、そんな、そんなの嫌だよ!」


 ぼくの服を握りしめて、彼女は濡れた瞳をぶつけてくる。

 きみの泣き顔を見たのはこれが初めてだと思った。

 そして、二度と見たくないとも思った。


「わたし、これからも公園、来るから。紫苑も、来るって言うまで、離さない、から……」


 言いたいことは言い終えたのか、彼女はぼくの胸に顔を埋めて咽び泣く。


 言いたいことを全て言われてしまった。

 もう、言うべきことが一つしかない。


「来るよ、ぼくも。毎日だっていい。二人で、どうすればいいのか考えよう」

「……うんっ」

「だから、その、離してくれるか?」

「嫌っ」


 断られてしまった。

 どうしようか……ああ、そう言えば、まだ言うべきことがあった。


「ぼく、葵のことが好きなんだ」


 言うと、彼女はびくりと肩を震わせてぼくを睨んできた。

 怖い怖い。


「なっ、なに急に。……反則」


 きみの方がよっぽど反則だとは思ったが、それを口に出さないだけの分別はある。


「いや、まだ言ってなかったなって思ってさ」

「き、聞いたよ? 忘れちゃったの?」

「ああ、そのことじゃなくて、さ」


 好きだとは言った。

 でも、さよならをしないのなら、それで終わりではない。


「まあ、なに、つまり、付き合ってくれってこと」


 ぼくの言葉を聞いた彼女は、みるみるうちに顔を耳まで赤く染め、頷いたのだった。



「それじゃ、また。ああ、明日って空いてる? 折角の夏休みだから、暇なら会いたいんだけど」

「う、うんっ、暇! すっごく暇!」


 きみの答えについ笑うと、ぼくはいつも通りに軽く睨まれてしまう。

 笑いをこらえる練習しないとなあ。


「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」


 公園の外に出れば、やっぱりきみは消えてしまう。

 数ヶ月の不思議な体験、という終わりを迎えるはずだったきみとぼくの物語は、こらからも続くことになる。


 見えなくても、触れなくても、いつも近くにいる。

 こんな奇跡が起こるのなら、いつかまた起きることを期待したっていいだろう?


 きみと一緒に。



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