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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第四章 太陽があるから、ひまわりはよく育つ。
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十二、葵 八月二十日(火)十九時


 パラレルワールド、みたいなものを信じたことはない。


 ファンタジー小説なんかでよく目にする題材だけれど、それはやっぱりフィクションだと思っていた。

 大半の人はそう思っているだろうし、この歳になってそんなものを信じていたら恥ずかしいとすら感じる。


 それでも、そうとしか思えない。


 ――わたしと紫苑の世界が違う。


 納得はしている。

 隣で彼が消えたのだから、納得しない方が無理だ。

 それでも、やっぱり、これが現実とは思えなかった。

 悪い夢でも見ている気分だ。



 公園に踏み出して、隣に紫苑が現れて、そうして涙が出そうになる。


 ――どうして、こんな。

 ――こんなにも近くにいるのに、絶対に届かない。

 ――この公園を出たら、会うことも出来ない。


 その事実が、悲しくてたまらない。


「ぴったりだったね」


 なんて笑って。


「花火、いっぱい買って来ちゃった」


 とか言いながら顔が熱くなる。


「びっくりだよね。ここでしか、会えないなんて」


 自分の言葉に苦しくなって、


「ままならないなあ……」


 苦笑いを浮かべた彼を見て、切なくなる。


「花火、やろっか」


 それでも、彼の前では笑顔でいたい。



 コンビニの花火は安っぽくて、次々と終わってしまうのが別れを意識させるけれど、それでも、泣かない。


 ――泣きたく、ない。


 辛い、苦しい、切ない、悲しい、全てが津波みたいに押し寄せてくる。

 ふっと気を抜くと涙がこぼれ落ちそうになる。

 それでも、彼の前では泣きたくないのだ。


 彼を困らせたくない。

 そういう思いももちろんある。

 でも、それ以上に、彼の前では素敵でありたかった。


 彼が、自分のことを思い出すときに、泣いている姿で思い出して欲しくはなかった。

 笑顔の自分を見ていて欲しかった。



 ぽとり、線香花火の玉が落ちる。

 同時に、あたりが暗闇に包まれた。


 最後の一つだった。


「終わっちゃったね……」

「そう、だな」


 よし、と勢いよく立ち上がる。

 言うべきことがあったのだ。

 帰る前に、さよならを言う前に。


 意を決して口を開くが、それは紫苑によって遮られた。


「なあ」

「――あ、と。なに?」


 言いかけた言葉を飲み込んで、耳を傾ける。


「前に、栞、貰っただろ? あれの意味……今日、分かった」


 どくんと心臓が跳ねる。

 このタイミングでそれを言われるとは思っていなかった。

 それ以前にもっと早く気づかれているものだと思っていた。


 あの手紙を書くとき、本当に悩んだ。

 書こうか書かないか、おそらく一日や二日では足りないくらいに。

 最後には書いたけれど、ずっと不安だった。


「花言葉、なんだろ?」


 葵はこくりと頷く。


 その通りだ。

 葵にとっては、ほとんど直接的に言っているに等しかったが、紫苑にとってはそうではなかったらしい。


 ひまわりの花言葉。


 ――わたしはあなただけを見つめる。


 ずっと、紫苑だけを見ていて、紫苑だけが欲しくて、紫苑がそばにいてくれるなら、それ以外は全部捨ててもよかった。

 自分だけを忘れないでいて欲しかった。


「すげえ嬉しかった」


 紫苑は照れ臭そうに頬を掻きながら言う。


「ぼくも、葵のことが好きだ」


 ――ずるい。

 ――なんで、今、そんなこと言うの。


「でも、ぼくときみじゃ世界が違う。ほんっと、意味分かんないよな……なんだよ、世界が違うって。馬鹿じゃねえの」


 苦笑する紫苑を見て、ぎゅっと胸が締め付けられる。


「だから、最後に言っておきたかったんだ」

「……うん」

「後悔のないように」

「……うんっ」

「今までありがとう。楽しかった。ぼくは、ぼくだけを見つめてくれたきみを――忘れない」

「うん……っ」


 もう、決壊寸前だった。必死で歯を食い縛る。

 最後のそのときまで、笑っていられるように。


 公園の入り口の前で顔を見合わせる。

 震えた声で、葵は言いたくもない台詞を告げる。



「――さよなら」



 公園を出ると、静けさの漂う路地裏が目に映る。


 誰もいない。

 どこにも、いない。


 けれど、確かに隣にいるのだ。


 見えないけれど、触れられないけれど、隣にいるのだ。


 だから。


 ――だから、頑張らなきゃ、いけないのにっ。


 視界が滲む。

 涙はもう堪えきれなかった。

 公園から離れ去ることが出来ない。


 ――嫌、嫌、これでお別れなんて、絶対に、嫌だ。


 踵を返して、葵は公園に踏み入る。


 紫苑がそこにいるのなら、公園に入れば、向こうからは見えるはずだから。


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