十、葵 八月二十日(火)十六時
公園に着いたときから、おかしいとは思っていた。
ずっと違和感があったのだ。
それの正体は紫苑と話をしている間に判明した。
――紫苑はどこから現れたんだろう。
公園に着いたら隣にいた。
紫苑は急いで来たのだろう、息を切らしていた。
だが、それは葵と同時に到着したことも示している。
それなのに、葵は公園に着くまで紫苑の姿を見ていない。
後ろにいたのだとしても、自転車から降りたときなり、気づく機会はいくらでもあったはずなのに。
どうして、同じ学校の同じクラスなのに顔を見たことがないのか。
どうして、花火大会の日に紫苑と会えなかったのか。
どうして、ラウンドワンの見た目が違うのか。
どうして、電話が繋がらないのか。
様々な情報を教えあった。
葵の目には平家に見える両脇の家が、紫苑には片側が二階建てに見えること。
葵のいる二年C組は三十七人なのに、紫苑のいる二年C組は三十八人いること。
葵の席が窓際の一番後ろで、紫苑の席はその隣であること。
席順が出席番号順ではないこと。
学校が小高い丘の上にあること。
二年生の教室は三階にあるため、和やかな田舎の景観が望めること。
全部で五つのクラスがあること。
転入生なんていなかったこと。
自宅が公園の北にあること。
歩いて十五分から二十分程度で着くこと。
細い路地に面している公園が、紫苑には道路に面しているように見えること。
葵の帰り道にあるコンビニが紫苑の帰り道にはなく、一番近くのコンビニは大通りを右折しなければ辿り着けないこと。
葵には雨宮奏という友達がいること。
紫苑には竹原晴人という友達がいること。
その二人が付き合っていること。
本当にいろいろなことを話した。
話せば話すほど、遠ざかっていく気分に陥った。
ずっと、住んでいる世界が違うのだと思っていた。
人それぞれにある生息地のようなものが違って、この公園だけが被っているから、ここでしか会えないのだと思っていた。
それが、実際はどうだ。
ほとんど同じだったじゃないか。
通っている学校も、住んでいる家も、公園までの道のりも、よく遊びにい行く場所も、クラスメイトさえも――
――それなのに、一度も会ったことなんてない。
どういうことなのか。
考えるまでもなかった。
そして、その事実に葵は意外にもすんなりと納得できた。
考えてみれば、おかしなところはあったのだ。
例えば、公園を出るときに消えてしまったように見えたりだとか。
例えば、どこを探しても見つからなかったりだとか。
例えば、そう、紫苑から貰った本の作者が見つからなかったり、だとか。
今まで特別不思議にも思わなかったことが、今になって思い浮かんでくる。
納得せざるを得なくしてくる。
ベンチに座って全てを話し終えてから、葵と紫苑は無言のまま俯いていた。
遣る瀬ない。
いまだに信じたくない。
だから、この公園から出たくなかった。
出てしまえば、それをまざまざと見せつけられる羽目になる。
それは勘弁して欲しい。
もう――心は傷だらけだ。




