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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第四章 太陽があるから、ひまわりはよく育つ。
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九、紫苑 八月二十日(火)十三時

 今日はこの夏一番の猛暑らしい。

 全国的に晴れ渡っているのだとか。

 それを裏付けるように、座っているだけでも汗が滲んでくる。


 ベトベトする。

 暑い、暑い。

 もう気分は最悪だ。

 学校は終わったけれど、帰る気力も湧かない。

 文庫本を置き、机に突っ伏してだらけていると、晴人が話しかけてきた。


「おーい、生きてるかー?」

「……ギリギリ」


 死んでしまいそうだ。

 蝉はうるさいし。

 悩みは全然解決しないし。


「失恋でもしたか?」

「どうだろうな……多分、した」


 おそらく、今、ぼくが抱えている気持ちは恋なのだと思う。

 うわあ、恥ずかしい。

 なに言っちゃってんだろ。


 ぼくは葵のことを忘れられない。

 けれど、決定的に別れてしまうのが嫌で公園には行けない。


 おもむろに文庫本を開くと、ぱさりと栞が落ちる。

 葵にもらった栞だ。

 これを使っている時点で、諦めきれていないことは明白だった。


 きみを忘れない、か。


 呪いのようだ。

 花言葉なんて……花言葉?


 閃きというのは、本当に唐突に起きるものだ。

 ばっと勢いよく身体を持ち上げると、晴人は驚く。


「ど、どうした?」

「お前、ひまわりの花言葉って、知ってるか……?」

「ひまわり?」


 いや、と晴人は首を横に振る。


 ケータイで調べれば分かるだろうか。

 「ひまわり 花言葉」で検索をかけてみると、いくつものヒットがあった。

 その中の一つを開いてみる。


 ――固まってしまった。


「そんなことよりさあ、今日、どっか遊び行かね?」


 晴人の心配するような声音に意識が覚醒する。

 花火大会の日、ぼくの様子がおかしかったから誘ってくれているのだろう。

 だが、行くことは出来ない。


「悪いっ! 用事が出来た! また今度誘ってくれ!」

「はっ? いや、ちょっ――」


 文庫本をスクールバッグに放り込み、ぼくは教室を飛び出す。 

 向かう先は公園だ。


 もしかしたら、いないかもしれない。

 いや、むしろ、いない可能性の方が高いだろう。

 けれど、行かずにはいられなかった。

 ぼくの予想があっているならば、ぼくの不安は全ていらないものだから。



 必死で自転車を漕ぐ。

 公園の横に停め、降りると汗が噴き出してきた。

 それでも、足は止まらない。


 公園に飛び込むと、誰も座っていないベンチが二つ、視界に映り込んで来た。

 ……来るだろうか。

 とりあえず、座って待ってみることにしよう。

 そう考えて、ぼくが一歩踏み出したときだった。


 ざっと砂を踏みしめる音が聞こえた――隣から。


 反射的に振り向くと、まず黒く艶やかな髪が目に入る。

 そして、その端正な顔立ち。

 そのまま、濡れた瞳と視線が交わった。


「――あ」


 どちらがつぶやいたのだろうか。

 彼女も口を開いていて、ぼくもきっと口を開いていたから、それは同時かもしれない。


 ――いた。来た。来てくれた。


 感情が昂ぶる。

 ぼくも彼女も息を切らしていた。

 急いで来たのだろう。


 ぼくは呼吸を整えるために一度閉口し、とりあえず挨拶をしておこうと、再び口を開くが、声は出なかった。


「――え?」


 その言葉も、同時に発せられた。


 ぼくは彼女――向日葵の服装を見て、彼女はぼくの服装を見て、硬直する。

 一瞬遅れて混乱がやってきた。


「どうして……」


 ――どうして、葵がぼくの学校の制服を着ているんだ?



「えっと……」


 しばらくお互いに固まっていたのち、このままではなにも分からないことに気づいた。


 しかし、なにを言えばいいのか。

 頭が状況に追いついていない。

 口を開けたまま迷っていると、葵が声を発した。


「今日、学校、だったの?」

「あ、うん。そう、登校日でさ。葵も?」


 言いながら制服に目がいってしまう。

 似ているだけかと思ったが、見れば見るほどに見慣れたものであると思える。


「うん」

「……そっか。あのさ」


 ぼくはなんだかそのことに触れたくなくて、別のことを口にする。


「花火大会、なんか用事とかだった?」


 ほとんど確信を持って聞いた。

 分かっていることを聞くのはなんとなく抵抗があったが、他に言うべきことも見つからない。

 そういう心持ちだった。

 だから、葵の反応にぼくは首を傾げてしまう。


「……え?」


 予想外のことを聞かれてびっくりした、という顔だった。


「えっと、わたし、行ったよ? 花火大会」


 嘘をついているとは思えなかった。

 だいたい、嘘をつくメリットだってないだろう。

 ぼくが葵と会っていないという事実があるのだから。


「パルコの近くにある、ラウンドワンの前で、待ってたよ?」


 言いながら思い出しているのだろうか。

 言葉は途切れ途切れになっている。


 ラウンドワン。

 それは総合アミューズメント施設であり、ぼくと葵の待ち合わせ場所だ。


 ぼくはそこに行った。

 葵もそこに行った。

 けれどぼくと葵は会うことは出来なかった。

 これはどういうことだろう。


「……ぼくも、行った。六時に」


 確かに行ったのだ。

 まさか記憶が改竄されているなんてことがあるわけではないだろうし。

 それだけは間違いない。


「え、でも、それならどうして」


 ――どうして、会えなかったんだ?



 また、疑問が増えた。

 頭の中が掻き回されているような気になる。

 全く整理出来そうにない。


 なんだこれは……どうなってるんだ?


 考えれば考えるほど違和感を覚える。

 もっと詳しく確認しなければいけない。

 もう怖いとか言ってられない。

 この違和感の正体を突き止めたい。


「……ラウンドワンって、確かにそうなんだよな? あの、真新しい感じの」

「真新しい? 結構、汚れてるけど……それに、もう五年は経ってると思う」

「いや、でも、ぼくが小学生のときには」

「え、あったよ? 前に、紫苑がいたときも」

「違う場所にいたってことか……?」


 ――いや、それはない。


 他の店舗なんて近くにはなかった。

 この町に、ラウンドワンは一つだけだ。

 でも、そうなると、ぼくが行ったラウンドワンと葵が行ったラウンドワンは同じものでなければならない。


 おかしい。

 おかしい。

 きっと、なにかが行き違っているんだ。


「あ……ああ、そういえば、電話番号、間違ってたみたいなんだ。なんか知らない人にかかってさ」

「あ、わたしも。えと……い、今、登録するから言ってくれる?」

「ああ、うん」


 ケータイを取り出した葵に、ぼくは口頭で番号を伝える。

 言い終わったとき、葵の手は震えていた。


「……葵?」

「え、あ、それって、これ……え?」


 信じられないといった様子で、葵はぼくにケータイを見せる。

 画面を見てみると、それは発信履歴のようだった。

 日付けは八月十七日。

 番号は間違いなく、ぼくの番号だった。



 そもそもの話、赤外線通信で連絡先を交換したのだ。

 間違ってるはずがない。


 だが、事実として電話はぼく以外に繋がったらしい。

 ぼくのケータイに登録してある葵の電話番号を葵に見せると、それもやっぱり葵の番号だと言う。


 ――どうして。


 どうして繋がらなかった?

 どうして葵に会えなかった?


 その疑問は全て、とてつもなく突飛な話で解決できる。

 でも、そんなことがありえないことをぼくは知っている。


 だいたい、まだ、聞くべきことがある。

 そうだと確定させるのは全てが終わってからでいい、


「……ぼくの学校は、北高、なんだけど」


 北高という言葉を発した瞬間、葵の目の色が変わった。

 やっぱり、同じ学校だったらしい。

 でも、ぼくは葵を見たことがない。


「あ、葵は三年か一年、なんだよな……?」


 そうであってくれと思いながら聞いた。

 そうでなければ困る。

 全てが崩壊する。


 しかし、葵は静かに首を振った。


「ううん、わたし、二年だよ。二年……C組」

「……いや、それは、だって、ぼくもC組なのに」


 もう答えは出たようなものだった。

 それでも、諦めきれずにぼくは最後の質問をする。



「なあ――葵はどうやってここまで来たんだ?」



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