六、葵 八月十八日(日)
目を覚ましたのは、七時になる頃だった。
飛び起きてリビングへと向かうと、両親が笑顔で迎えてくれる。
朝食はもう出来ているらしかった。
「ご、ごめんなさい……」
申し訳なさでいっぱいになる。
朝食を作り忘れたのは初めてだ。
紫苑と出会ってからというもの、初めてのことがたくさんあったが、これはあまり喜べない。
気分も重い。
「いいのいいの。夏休みなんだから、たまにはゆっくり寝てなさい。昨日はデートだったんでしょう?」
母がいたずらっぽく言うと、父は驚きで目を見開かせる。
「そ、そうなのか!?」
「ち、違うよ。デートとか、そういうんじゃないし……」
もし紫苑が来てくれていれば、誰がどう見てもデートだっただろうと考えると顔が熱くなる。
だからと言って、来てくれなくてよかったなんて絶対に思えない。
――来て欲しかったな。
デートでもいい。
恥ずかしいけれど、嬉しさもある。
公園だけではなく、紫苑といろいろなところに行きたい。
いろいろな思い出を共有したい。
その第一段階は失敗してしまった。
――どうして来てくれなかったんだろう。
朝食を食べ終えた葵は、昨日何度も繰り返した問いを再び解いてみる。
最有力なのは、急用ができたということだ。
紫苑は急用できたので花火大会には来られなかった。
葵が電話した時、応答したのは紫苑ではなかった。
それを考慮すると、紫苑も連絡はしようとしたけれど、番号が間違っていたために断念せざるを得なかったという線が濃厚だろう。
今日、公園に向かえば、紫苑が必死に謝ってくる可能性は高い。
そういうことなら、なんの問題もない。
葵にだってそういうときはある。
確かに残念ではあるけれど、また機会はあるだろう。
でも、葵は公園に向かう勇気が出ない。
ソファから立ち上がることが出来ない。
それは予想に自信を持てないから。
――違う。
これは全て、葵の都合よく考えたものだ。
自信どころか、最有力でもなんでもない。
こうではないのだと本能的に理解していた。
そして葵は、一番最悪な事態を考える。
――栞。
栞に込めた意味に、紫苑が気づいたのだろうか。
だから、葵を避けるために紫苑は現れなかった。
それ故に、今日公園に行ったところで、いや、これから先、いつ公園にいったって紫苑は現れない。
充分にあり得ると思えた。
公園に行けば、全て分かることだ。
紫苑がいなかったら、そういうことなのだろう。
覚悟はしていた。
でも、こんなにも恐ろしいものだとは思ってなかった。
甘く見ていた。
――行きたく、ない。
その日、葵は公園に行かなかった。




