五、紫苑 八月十七日(土)二十一時
花火大会終了のアナウンスが入る。
大変混雑しているため気をつけて、だとかそんな感じだ。
――終わってしまった。
虚無感に満たされている。
一体、ぼくはどこで間違えたんだろう。
いくら考えたところで、機嫌を損ねるようなことをした覚えはない。
でも、事実として葵は来なかった。
なにか急用でも入ったのだろうか。
連絡が出来ないほどに、とてつもなく急な用事が。
それしか考えられないというわけではない。
ただ、それ以外の理由は排除したい。
ケータイを握る手が自然と震える。
発信するをタップすれば真実は知れるだろう。
それがどうしようもなく怖い。
本当のことを知るのがとても怖い。
葵はそんなことをするような人間ではないと分かっているが、嫌な予感が拭えない。
……どうしようか。
と言っても、もうやるしかないんだよな。
二度、いや三度ほど深呼吸を繰り返し、ぼくは葵へと電話をかけた。
何度か呼び出し音が鳴り、そののちに声が耳に届く。
「はい、もしもし。どちら様でしょうか?」
――え?
ちょっと待ってくれ。
頭が混乱でついていけない。なにがどうなっている?
どうして、聞こえてくるのが、葵の声じゃないんだ?
電話番号は合っているはずなのに……、いや、こうして違う誰かが電話に出ている時点で、電話番号が間違っていたとしか思えない。
赤外線通信でそんなことが起こり得るのかどうかはさて置き。
「えっと、すいません、間違えました」
一方的に言葉を告げて電話を切る。
途方に暮れる。
万策尽きた。
葵に連絡する手段はない。
どうすればいいのだろう。
葵は待ち合わせ場所に現れず、この辺りを走り回っても見つからず、最後の砦だった電話番号は間違っている。
――こんなの、どうしようもないじゃないか。
「あれ? 紫苑?」
ぼくが悲嘆に暮れていると、そんな声が耳に届いた。
あまり見られたくない様を見られてしまったな、なんて思いながら、ぼくは顔を上げる。
そこにはやっぱり晴人がいた。
隣には女子がいて、よく見れば手を繋いでいる。
ここは冷やかすべきか?
ちょっと気力がない。
勘弁してくれ。
「紫苑くん、やっほー。……えっと、なんだか元気ない感じ?」
晴人の彼女――雨宮奏の無邪気に笑っていた顔が辛気臭いものに変わる。
なにしてんだろ、ぼく。
現実から目を逸らして、友達の彼女に心配されて、馬鹿みたいだ。
全く、情けない。
「奇遇だな。晴人と雨宮さんはデートか?」
無理矢理に口角を上げて笑みを作る。
うまく出来ている自信がない。
さっさと離れよう。
「邪魔しちゃ悪いし、ぼくは行くよ。またな」
軽く手を振り、踵を返す。
なにかを言われた気がするが、全て聞こえないフリをして、ぼくは足早にその場を去った。
家に着いたのは、二十二時になる頃だった。
随分とゆっくり自転車を漕いでいたらしい。
空腹で胃がキリキリと痛むが、食欲がない。
走り回ったからか、足は棒のようだ。
明日、公園に行けば、全て明らかになる。
葵が来ても、来なくても。
来たなら訊けばいいし、来なかったらそういうことだ。
ベッドに倒れ込むと同時に、ぼくの意識は遠ざかっていった。
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翌日、ぼくは公園に行かなかった。




