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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第四章 太陽があるから、ひまわりはよく育つ。
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五、紫苑 八月十七日(土)二十一時


 花火大会終了のアナウンスが入る。

 大変混雑しているため気をつけて、だとかそんな感じだ。


 ――終わってしまった。


 虚無感に満たされている。

 一体、ぼくはどこで間違えたんだろう。

 いくら考えたところで、機嫌を損ねるようなことをした覚えはない。

 でも、事実として葵は来なかった。


 なにか急用でも入ったのだろうか。

 連絡が出来ないほどに、とてつもなく急な用事が。

 それしか考えられないというわけではない。

 ただ、それ以外の理由は排除したい。


 ケータイを握る手が自然と震える。


 発信するをタップすれば真実は知れるだろう。

 それがどうしようもなく怖い。

 本当のことを知るのがとても怖い。

 葵はそんなことをするような人間ではないと分かっているが、嫌な予感が拭えない。


 ……どうしようか。

 と言っても、もうやるしかないんだよな。

 二度、いや三度ほど深呼吸を繰り返し、ぼくは葵へと電話をかけた。


 何度か呼び出し音が鳴り、そののちに声が耳に届く。


「はい、もしもし。どちら様でしょうか?」


 ――え?


 ちょっと待ってくれ。

 頭が混乱でついていけない。なにがどうなっている?

 どうして、聞こえてくるのが、葵の声じゃないんだ?


 電話番号は合っているはずなのに……、いや、こうして違う誰かが電話に出ている時点で、電話番号が間違っていたとしか思えない。

 赤外線通信でそんなことが起こり得るのかどうかはさて置き。


「えっと、すいません、間違えました」


 一方的に言葉を告げて電話を切る。

 途方に暮れる。

 万策尽きた。

 葵に連絡する手段はない。


 どうすればいいのだろう。

 葵は待ち合わせ場所に現れず、この辺りを走り回っても見つからず、最後の砦だった電話番号は間違っている。


 ――こんなの、どうしようもないじゃないか。


「あれ? 紫苑?」


 ぼくが悲嘆に暮れていると、そんな声が耳に届いた。

 あまり見られたくない様を見られてしまったな、なんて思いながら、ぼくは顔を上げる。


 そこにはやっぱり晴人がいた。

 隣には女子がいて、よく見れば手を繋いでいる。

 ここは冷やかすべきか?

 ちょっと気力がない。

 勘弁してくれ。


「紫苑くん、やっほー。……えっと、なんだか元気ない感じ?」


 晴人の彼女――雨宮奏の無邪気に笑っていた顔が辛気臭いものに変わる。


 なにしてんだろ、ぼく。

 現実から目を逸らして、友達の彼女に心配されて、馬鹿みたいだ。

 全く、情けない。


「奇遇だな。晴人と雨宮さんはデートか?」


 無理矢理に口角を上げて笑みを作る。

 うまく出来ている自信がない。

 さっさと離れよう。


「邪魔しちゃ悪いし、ぼくは行くよ。またな」


 軽く手を振り、踵を返す。

 なにかを言われた気がするが、全て聞こえないフリをして、ぼくは足早にその場を去った。



 家に着いたのは、二十二時になる頃だった。

 随分とゆっくり自転車を漕いでいたらしい。


 空腹で胃がキリキリと痛むが、食欲がない。

 走り回ったからか、足は棒のようだ。


 明日、公園に行けば、全て明らかになる。

 葵が来ても、来なくても。

 来たなら訊けばいいし、来なかったらそういうことだ。


 ベッドに倒れ込むと同時に、ぼくの意識は遠ざかっていった。


    ****


 翌日、ぼくは公園に行かなかった。


 

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