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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第四章 太陽があるから、ひまわりはよく育つ。
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二、葵 八月四日(日)

 今日はよく眠れた。


 まだ悩みは解消されていないけれど、この前のように寝てしまうのだけは避けたい。

 今日は紫苑にこの前読んでいた本を貸す予定になっているから、尚更。

 先日の誕生日のお礼というわけではないが、ちょっとしたプレゼントも用意したし、準備は万端だ。


 十時になった頃、いつも通りに本を読んでいると、

 電話がかかってきた。

 着信画面には雨宮奏の名が記されている。


「はい。もしもし」


 なんだろうかと疑問に思いつつも電話に出ると、スピーカーから大声量が耳に届いた。


『あっ、もしもし、葵ーっ?』

「き、聞こえてるよ」


 スピーカーから耳を少し話して、暗に声がでかいと告げると、奏は快活な笑いとともに声量を落とす。


「どうしたの?」

『そうそう! 明日空いてるかなーって思って!』


 奏の言葉に、葵は内心ほっと息を吐く。

 遊びの誘いだろうと予想していたが、今日誘われてしまったらどうしようと思っていたのだ。


「うん。明日なら、大丈夫」

『そっかそっか! よかった! いやー、今度花火大会行くんだけど、折角だから新しい浴衣欲しくて。一人で行くのも寂しいでしょ?』


 ――花火大会。


 葵の視線は自然とテーブルの上の紙へと向かう。

 紙にはこの町で行われる花火大会の概要が書かれていた。


 日時も場所も時間も頭に入っている。

 これは別に花火が好きだからではない。

 紫苑を誘おうと思っていたからだ。

 一カ月以上前に思ったことをいまだに行動に移せていない自分に呆れてしまう。


 ――ほんっと、なんにも変われてない。


 自分の意志の弱さは理解しているつもりだったが、ここまでとは思えなかった。

 だが、今までとは状況が違う。

 紫苑を誘おうとすると、自分の中の紫苑が好きだという感情が湧き上がってくるのだ。

 断られるのが怖い。


「か、奏から誘ったの?」


 奏の台詞にあった、折角だからという言葉が意味するのは、奏が花火大会に最近出来た彼氏と一緒に行くのだということだ。

 もし、奏から誘ったのであれば、なにかアドバイスがもらえるかもしれない。


『ん? うん、そうだよー。なになに? 誘いたい人でもいるのー?』


 勘が鋭い。

 見事に言い当てられて言葉に詰まりそうになるが、なんとか堪える。


「……うん。それで、その、どうやって誘えばいいのかなって」

『あはっ、そういうことね! もう、葵はかわいいなあっ! あたしに相談してくれたのもプラスポイント!』


 一体なんのポイントなんだろうか。

 なんだか不安になる。


 ていうか、かわいくない。

 前にもかわいいと言われたことがある。

 葵からしてみれば、奏の方がよっぽどかわいい。

 それを言ったら、嫌味だと怒られてしまった。


『でも、どうやってかー。そりゃ、直球しかないよ』


 ――それが出来れば苦労してないんだけど。


『あ、それが出来れば苦労してない、とか思った?』


 心の嘆きを言い当てられて、葵はぎくりと肩を震わせる。

 どうして分かったのだろうか。


 これが対面して話しているなら、まだ理解出来ないことはない。

 相手の表情も窺えない電話越しでは、得られる情報なんてほとんどないはずだ。


「どうして……」

『まっ、あたしは葵の友達だからね。そのくらいはお手のものだよ。なんて、ただの勘なんだけどさ』


 なんだか肩透かしを食らったような気分だ。

 でも、勘で分かるくらい自分は分かりやすいのかと不安になる。


『それは置いといて、ね。やっぱり直球だよ』


 諭すような真剣な声音に葵も真面目な面持ちになった。

 奏はいつもなにかを教えてくれる。

 知らないことを、分からないことを、葵に教えてくれる。

 友達だからと言って、自分はなにも返してあげられないのに。


『それが出来れば苦労しないって、その気持ちは分かるよ。あたしだって緊張することあるし。楽な道があるなら、簡単な方法があるなら、そっちの方がいいって思っちゃうもん』


 ――ああ、またわたしは。


 間違えたのだ。

 同じことだ。

 全部、同じことだったのだ。


 紫苑に恋愛感情を抱いていようと、変わらない。

 それは全て言い訳だった。


『でもね。でもさ、それじゃダメだよ。探せばあるのかもしれない。それでも、あたしは、楽な道を探す努力をするより、困難を乗り越える努力をしたいなって、そう思うんだ。目を逸らさずに前を向いていたいって、思う。それで、葵もそういう子だと、すっごく嬉しい』

「……うん」


 そうとしか言えなかった。

 奏の言っていることは正しいのだと理解したから。

 間違いは正されたのだから、返すのは了承の言葉以外にはない。


『あたしの周りにあるのは、あたしが頑張って手に入れたものだから、すっごく大切なの。簡単に手に入っちゃったら、それが大切かどうかも分からないでしょ? だから、いつの間にか失くしちゃってるかもしれない。それで、失くしてから大切だったことに気づく。それはすごく悲しいことだよ。あたし、葵には悲しんで欲しくない』

「うん、ありがと」


 もう、声に迷いはなかった。

 自分のやるべきことが分かったから。

 やりたいことが分かったから。

 進みたい道が見えたから。

 その道には高い壁があるけれど、きっと、乗り越えてみせよう。


「わたし、頑張る」

『よしっ! その意気だ!』



 十三時半、いつも通り公園で紫苑を待つ。

 平常心を装っているつもりだったが、表情は堅いものになってしまっていたようだ。

 数分後に公園に来た紫苑は困惑した様子を見せた。


「おはよう。……なんかあった?」

「お、おはよっ。う、ううん! なんでもない! 大丈夫!」


 事も無げにベンチに座った紫苑を見て安堵しつつも、霧散しそうになっていた決意を再び固める。

 今日はやるべきことがあるのだ。


「えっと、その、これ」


 おずおずと差し出したのは、先日貸す約束をした本だ。

 葵も自信を持っておすすめだと言える一冊である。

 まあ、そのせいで恥ずかしい思いをしてしまったのだが。


「ああ、ありがとな」


 紫苑の微笑みに胸が高鳴る。

 事あるごとにどきどきされられてしまい、そのたびに好きなのだと実感する。

 人の心が読めたらいいのに。

 そうして相手が自分のことを好きではないと分かれば諦めもつく。


 そんなことを思いはしても、現実になることはない。

 結果はぶつかってみるまで分からない。

 葵がこれからやろうとしていることは、その前段階だ。


「あ、あのっ! 今日は、あなたに、話があるの……」


 勢いよく口を開くが、言葉尻に行くに連れて声はすぼんでしまう。

 だが、しっかりと言えたことに満足感を覚えた。

 ここまで言ったなら、もう言えるという確信があった。


「ん? なに?」


 張り詰めた空気を解くように紫苑はおどけて言う。

 なんだかよく分からないけど、凄いなと感じた。


「よ、よかったら」

「うん」

「は――」

「は?」


 紫苑はしっかりと聞いてくれている。

 言葉に詰まってしまっても待ってくれている。


 ――だから、ちゃんと、伝えなきゃ。


「花火大会っ、一緒に……。一緒にっ、行きませんかっ?」


 ――言えた。


 安心するのはまだ早いけれど、とりあえずやるべきことはやった。

 ふうと胸を撫で下ろす。


 良い返事を期待して紫苑の顔を見ると、紫苑はぽかんとしたまま固まっている。

 葵がかくんと首を傾げると、紫苑は間の抜けた声を漏らした。


「――へ?」


 直後、こほんと誤魔化すような咳払いをする。

 そして真剣な面持ちになったのち、くしゃりと顔を歪ませた。

 見られたくないのか顔を片手で覆い隠して独り言つ。


「はあ、ダメだ」

「え?」


 意味が分からずに視線で説明を求めるが、紫苑はかぶりを振って照れ笑いを浮かべた。

 その頬が赤らんでいるのは気のせいではないのだろう。


「いや、なんでもない。えっと、花火大会、だな」


 確認するような雰囲気の言葉に、葵は自然と頷く。

 紫苑からも頷きが返ってきた。


「うん。一緒に行こう」



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