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ぼくだけを見つめてくれたきみを  作者: 夢兎
第三章 二人で手にしたものだから、二人の空間だ。
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六、葵 七月六日(土)


 眠い。


 昨夜、葵が床に就いたのは三時過ぎだ。

 二日連続で夜更かしをしたせいで、まぶたは信じられない重さになっている。


 気を抜けば一瞬で落ちてしまいそうだ。

 しかし、二度寝をするわけにはいかない。


 今日は土曜日だ。

 学校なら一回遅刻するくらいどうということもないが、土日はそうはいかない。

 本来は逆な気がするが、葵の優先順位はそうなっている。


 いつも通り花に水をやり、朝食を済ませて、ソファで神経を張り詰めさせる。

 絶対に寝るものか。

 紫苑と会えるのだ。

 その時間を一秒足りとも減らすつもりはない。


 必死に睡魔と闘うこと数時間。

 公園に向かう時刻になり、外へ出る。


 空は晴れ渡っていた。

 朝どうなっていたかは寝ぼけていたために記憶にない。

 しかし、なんだかいいことでも起きそうな予感がした。


 自然と軽くなった足取りで、葵は公園へと向かう。



「ん……」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、薄ぼんやりとしていた視界がはっきりとしたものに変わる。

 まず目に映ったのは自分の足。

 それから地面が見えた。


「――あっ!」


 はっとして態勢を整えると、いつもベンチから見る公園の風景が窺えた。


 紫苑の姿が見えずにほっとしたのも束の間、手元に違和感を覚えて目をやる。

 そこには英語の書かれた包装紙でラッピングしてあるなにかがあった。


 思考が追いつかずに困惑していると、隣からくつくつと笑い声が聞こえてくる。

 ばっと横を向くと、そこには口元を手で軽く隠して笑いを噛み殺している紫苑がいた。


「え? えっ!?」


 ――見られてた!

 ――ていうか、寝ちゃってた!


 なんとなく現状を理解すると一気に恥ずかしさがこみ上げてきて、葵は赤くなった顔を両手で覆い隠す。


 しばらくそうしていると、徐々に熱っぽさがおさまっていく。

 それを察したのか、紫苑が話しかけてきた。


「ははっ、落ち着いた? おはよ」

「う、うん、一応は。お、おはようございます……ごめんなさい」


 なんだか申し訳なくて謝ってしまう。

 一体、どのくらい寝てたのだろうか。

 ちらりと腕時計を見やれば、長針は午後三時を指していた。

 おおよそ一時間半だ。


 ――もったいない!


 折角、寝ないように尽力していたのに。

 睡魔に打ち負けてしまった。

 たった数分待てばいいだけだったのだが、今日がなかなかに良い天気だったのが災いしたのだろう。


 家を出るときは気分が良かったはずだが、今の葵にとっては憎たらしい悪い天気だ。


「そういえば、これって……」


 落ち着きを取り戻した葵は、自分の手元にあった贈り物らしきものを紫苑の前にかざして、僅かに首を傾げる。

 紫苑はわざとらしい咳払いをして、


「誕生日、おめでとう」

「……?」


 紫苑の言葉をすぐに理解出来ずにさらに首を傾げる。

 もうこれ以上は傾かないくらいの位置にまでいったところで、ようやくその意味を理解し、勢いよく首を元の位置に戻した。


「――えっ!? えっ、え? た、誕生日、プレゼント?」


 目を白黒とさせて訊くと、紫苑はくすくすと笑いながら頷く。 

 葵は誕生日プレゼントと紫苑の顔を順々に見て、思わず感嘆の声を漏らした。


「……嬉しい。えっと、その、ありがとう」


 にへらと頬を緩ませると、紫苑は照れ臭そうに微笑みを返してくれる。

 それだけで幸せが内から溢れ出てくるような気分になった。


 ――なにが入ってるんだろう。


 なんだって嬉しいけれど、わくわくしてしまう。


 それなりに重さがある。

 触った感触としては、あまり柔らかいものではない。

 自分が紫苑に語った趣味と関連させて考えると、本が一番ありえそうだ。


 ――あ、開けたい。


 中身が気になって仕方がない。

 しかし、貰ったものを目の前で開けるというのはどうなんだろうか。

 礼儀作法には通じていない。


 プレゼントを両手で持ったまま、紫苑の方へと視線を向けてみる。

 すると、紫苑は葵の胸の内を悟ったのか、こくりと頷いた。


「そんな気になるなら開けていいよ。もう、きみのものだ」


 そんなに分かりやすかっただろうか。

 またも笑いを噛み殺している紫苑を見て、羞恥で顔を紅潮させる。


 しかし、楽しみの方が大きかった。

 葵は袋を丁寧に開けると、中のものを取り出す。


「ブックカバー?」


 中に入っていたのは、革で作られたベージュのブックカバーだった。

 ワンポイントでひまわりのような模様が入っている。


「……あ、本だ」


 ブックカバーだけではなく、中にはすでに本までもが入っていた。

 ブックカバーと本のセットだ。

 タイトルを見ると、葵がまだ読んだことのない本だった。


 葵はブックカバーを閉じて、壊れものでも触るかのような手つきで持つ。

 その顔は喜びに満ちていた。


「あ、ありがとう。すごく……嬉しい」


 葵の言葉に、紫苑はほっとしたような顔をした。


 真剣に選んでくれたのだろうか。

 その苦悩を窺い知ることは出来ないけれど、そうなのだとすれば、より嬉しさが増した。


 紫苑と会うといつも胸が騒つく。


 その感情は知らないものだから、恐ろしかった。

 どんどん自分が知らないなにかに侵食されているようで、怖かった。


 しかし、こうしてみると、その感情には不安と同時に嬉しさや楽しさも混じっていることが分かる。


 もっと紫苑のことを知りたい。

 この感情のことを知りたい。

 自分だって誕生日プレゼントを渡したい。


 そして、葵は今まで――紫苑と再会してから――の自分を鑑みて、ようやくその感情を受け入れた。


 ――やっぱり、好きだ。



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