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「ごめんなさい。遅れました。」
その場にいるはずのない声。私とフードの男の狭い間に立っていたのは、高月君だった。少し長めの髪を邪魔くさそうにかきあげながら、眼鏡の奥の眼をきらめかせた。
「遅い。和菜が、危なかった。」
秋人が、高月君が来ることを知っていたかのような口ぶりで彼を責めた。
「彼の調査をしていたものですから。白刃さんも、すみません。」
ぽかんと、わけがわからないまま話が進んでいく。
「白刃さん、立てますか?」
座り込んだままの私に気付き、手を差し伸べる高月君に、手を借りて立ち上がった私は詰め寄った。
「あなたたち、いったい何なのよ!説明してもらえる!?」
「説明したいのも山々なのですが、今はそれどころではありませんので、後ほどゆっくりと説明して差し上げます。」
ぐっと、叫びだしそうになる心を抑えて、私は頷いた。
「さて、秋人くん。彼の能力は“吸血鬼化”。使用程度によって、吸血鬼の弱点が彼の体に付与されます。現在は暴走によって、弱点らしい弱点がないという無敵状態になっています。厄介なのは、“魅眼”です。君も経験したと思いますが、目が合った人物を一時的に動かなくするというものです。本家本元と比べると、幾分か緩和されているようですが…動けますか?」
「…少しは。能力も使える。」
少し考えるそぶりを見せた高月君は、にこりと笑って言った。
「では秋人くん。役に立たない君は、白刃さんを守ってください。」
そう突き放すように言うと、高月君は男を殴り飛ばした。―まさに、飛ばすという表現がぴったりだった。彼の殴った男は、100メートル以上吹き飛び着地した。
「和菜、今のうちに下がるよ。」
多少ふらつきながら、秋人は私の手をつかみ校舎の玄関まで走った。
「秋人、彼は…高月君は、大丈夫なの?」
先ほどの話から察するに、高月君と秋人は、SFやファンタジーでよくある異能力の持ち主で、高月君のほうが秋人よりも強い、ようだ。だが、戦っているフード姿の男が、“吸血鬼”に等しい能力を持っているとすれば、勝つことは不可能に近いのではないか。けれど秋人は、そんな私の疑念を晴らすように笑顔を浮かべた。
「大丈夫。今言われても分からないかもしれないけど、高月はああ見えて強いから。」
その言葉を裏打ちするように高月君がフードの男を担ぎながら歩いてきた。
「大丈夫?白刃さん。」
フードの男を地面に投げ捨てると、高月君は携帯をいじりながら、笑顔を浮かべ尋ねてきた。
「えっと。」
秋人。高月君。フードの男。超能力。吸血鬼。二人の関係。今何をしたのか。―ぐるぐると、その単語たちが回り続ける。
「ダメ、みたい。」
すぅっと、貧血で倒れるときのような感じで、私の意識は今度こそ、闇へ呑まれた。