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1-1

「和菜、早く帰ってきてね。」

 今朝、出がけに母からそう言われた。

「最近、殺人鬼がいるって…和菜も、人通りの多いところを選んで通るのよ?」

「んもー、お母さんは心配性だなー。ま、今日は早く帰ってこれるから、大丈夫だよ。」

 母が安心したように息を吐いた。

「…そう?それなら…いつ帰ってくるの?」

 今日の予定を思い返して。部活もないし、呼び出されるようなこともしていない。

「4時、前には。じゃあ、行ってくるね!」

 先に出た兄の後を追うように、私は荷物を持って玄関を飛び出した。


「おはよっ!茉里。」

「おはよ。和菜、今日の宿題、やってきた?」

教室に入り席について、前の席の友達、香原茉里にあいさつすると、どんよりした顔であいさつを返された。

「えーと。現文?数学?どっち?」

「え、すうがくもあったんですか。キイテナイヨー。」

 遠い目をし始める茉里に苦笑を返し、鞄からノートを取り出した。

「はい、宿題。」

「おおー!いつもありがとねー!今日の放課後、パフェおごっちゃる!」

「いいの!?…って、ダメだ。早く帰ってきてねって言われてた。」

 浮き立った心を、重りが沈めた。

「へ?なんかあんの?」

「知らないの?ほら、最近殺人鬼がいるって。お母さんが心配してさ。」

「あ…最近ニュース、そればっかりだよね。…私も早く帰っといたほうがよさそうだ。」

 耳を澄ませば、クラスのあちらこちらで事件についてのうわさが飛び交っていた。


「なんか、目とかえぐられてるんだってー。」

「えー、それこわーい。」


「喉とかも切られててー。」

「めっちゃグロいねー。」


 けれど、それはあくまでも、自分が舞台に立っていない安心感からもたらされる戯言だった。そう、自分が被害にあっていないから―――。

「HR始めます。」

 つらつらととめどなく流れていた思考は、担任の一言で停止した。

「えーと、特に連絡はありませんが、注意事項が一点あります。最近、物騒な事件が増加しています。生徒の皆さんは、すぐに下校するようにしてください。部活動は禁止です。」

 えー、と不満の声があちこちから漏れた。


「和菜。」

「ん、秋人。どうかした?」

 HRが終わり、そのまま一時間目の授業に突入し、終了のチャイムが鳴った時、秋人が話しかけてきた。彼は一応私よりもは早く生まれてきたけれど、3カ月ほどの違いしかない。彼は私が兄さんと呼ぶことを嫌がるから、私も呼ばない。というか、彼に兄と感じさせる要素は一遍もない。今も、何処かつかみようのない顔で立っていた。

「今日、一緒に帰ろう。」

「母さんから頼まれた?」

 そうでもなければ、秋人はそんなこと言ったりはしない。

「そうだけど。でも、最近は本当に物騒だから。…一応、和菜の身も心配してのこと。」

 一応とか言うな。と言いそうになったのをこらえ、笑顔を作って、答えた。

「分かった。それでいいよ。」

 了解の意を示すと、安心したように溜息をつき、席に戻った。

「ありゃ、私が一緒に帰ろうって言おうと思ってたのに。先越されちゃった。」

「何よそれ、私は茉里と一緒に三人で帰ってもいいけど?」

「や、なんかあんたたち、会話なさそう。私がつらい。」

 …確かに。


「んあー、おわったー。」

 すべての授業を終え、ぐぐっと手を上へ伸ばした。後は帰るだけだ。

「……」

 秋人のほうを見ると、ゆっくりとした動作で、鞄に物を詰めていた。

 終わるのを待っていると、教室から人がゆっくりといなくなっていった。

「和菜、じゃあね、また来週。」

「うん、来週ねー。」

 茉里も鞄を持って教室から出て行った。視線で追いかけ、後ろを振り向くと、寝ている人がいた。先生も早く帰るよう言っていたことだし、近づいて起こすことにした。

「あのー。もう放課後ですよー?」

 よく知らない男子生徒は少し唸った後、顔を起した。

「…白刃さん。……もう放課後?」

 高月君は髪をかき上げながら、眠そうに言った。

「そ、放課後です。早く帰ったほうがいいんじゃない?」

 いつもは眼鏡でよくわからない顔があらわになり、それが少しかっこよかったものだから、私は少しドキドキしながら答えた。

「ありがとう、そうするよ。白刃さんも、気をつけて。」

 彼はにこりと、少し微笑んで机の中から勉強道具を取り出し始めた。

「和菜、ごめん。用意できたから、帰ろう。」

 いつの間にか近づいていた秋人がそう声をかけたので、少し高月君が心配になりながらも、私たちは教室を去った。

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