Home,SWEET home 01 林檎と蝶
突然の一人称書式にびっくりされるかもしれません。実はこちらの路線でいくかどうか悩んでいた作品でもあります。ですので内容も良く似ていたりします。飽きずに読んで下さる方がいらっしゃったら光栄です。
今日こそ告げよう……
あるあがままを伝えるだけなのに、鼓動は張り裂けそうに私を押し潰そうとする
。
美羽はちんまりしている。
まるで中学生くらいで成長が止まったように。
美羽は自動ドアが苦手だ。
よく感知されずに挟まれそうになっている。
美羽はうっかり物である。
天然を通り越して、周りをひやひやさせる。
そんな美羽は誰よりもかわいい。
私にとっては……
二人の関係は、キスフレ……というと少し寂しい気がする。
キスフレというのは、恋人ではなくて、ただお互いに都合のいいときにキスやハ
グだけ、都合よく求め合える自由な関係。
女の子同士でおかしい?笑いたければ笑えばいいし、罵られてもかまわない。む
しろ女の子同士だから成り立っている関係なのかもしれない、と今は思っている。
美羽は私の職場の後輩で、大学二年生だそうだ。「だそうだ」というのは、私が
大学というもののシステムをあまり知らないからで、ほぼ毎日アルバイトに来てい
るにも関わらず、なぜか進級だけはできるようになっているらしい。
私はというと、高校を卒業してすぐ製菓の専門学校に入学し、このお店
『Home,SWEET home』で修行させてもらいながら菓子職人を目指している。仕事を
はじめて数ヶ月、やっと作業の流れにも慣れてきたというとき、美羽はこのお店に
やってきた。
「みなさん、新しい仲間を紹介します。桜花女子大学1年生の東雲美羽さんです。
仲良くしてくださいね。」
ああ、この子はお嬢様なのかな?それが第一印象だった。そのころは美羽はまだ
1年生で、初々しい笑顔で、女の子から見ても「かわいい」という表現がぴったり
だった。
背は小さく、華奢な体。ふんわりとパーマのかかった軟らかそうな髪は、肩に少
し届かないくらいの長さ。ここら辺のお店の中でも人気の高い、ふわっとした制服
をだぶついた形で、それでもなんとか着こなしていた。
接客の仕事はこういう子が似合うんだろうな……などとぼんやりと思っていたのだ
けれど・・・
ちなみに店長はじめ、職場の男たちの丁寧な態度は、うちの店のモットーらしい
。漫画なんかでおなじみの「おう新人!しっかりがんばれや!」的なやり方では、
従業員もお客も、お上品な人間は離れていってしまうという考えから、徹底してい
るんだそうで……職人の世界とはいえそういうところはやりやすい職場だと思って
いる。
そんな職場で、美羽は初日から元気に明るくがんばっていた。そう「がんばって
」いたんだ。
「深草先輩……ですよね?よろしくおねがいします。わたし、アルバイトとか初め
てで…なにもわからないんで色々教えてくださいね」
ちょうど休憩が同じ時間に重なり、美羽は「がんばって」私に声をかけてくれた
。
こういうのは先輩が気を利かせてこっちから話しかけてあげないといけないのに
……ほんとうに美羽は頑張り屋さんだった。
「あ、東雲さんだったよね。こちらこそよろしく。私、接客のことは教えられない
けど、お菓子のことなら何でも聞いてね。あ、そうだ。もうネームプレートは書い
た?ここってネームプレートは手書きすることになってるの、聞いてるよね?」
「あ、はい。まだ書いていなくて……というか書くもの持ってなくて……」
「じゃあ私のペン使う?結構いろいろ持ってきてるよ」
私はさばさばして男みたいな性格だけど、それなりに女の子らしくかわいいもの
も好きだったりする。
ロッカーに常備している、ぱんぱんに膨らんだペンケースから、黒の油性マジッ
クと12色でそろえた色ペンを取り出し、休憩室のテーブルの上に並べた。
「かわいいー!先輩、これ使わせてもらっていいんですか?」
「好きに使っていいよ。名前の横にはイラストとかも描いていいし、かわいく仕上
げちゃってね。」
「ありがとうございますっ!わー、何書こうかなぁ!」
「あ、一応名前だけは黒マジックでフルネームね」
そういうと自分のネームプレートを手本代わりに見せてあげた。『深草真夕』と
書いた横には赤と緑のペンでりんごの絵を描いてある……
それを見ながら美羽は、工作に夢中になっている小学生のように……必死にネー
ムプレートの用紙にかじりついた。
これでもかというような丸文字で『東雲美羽』と書き、その横に少し迷った後、
大きな蝶の絵を添えた。蝶の輪郭はピンク色で、これもまん丸で、いかにも女の子
というかわいらしいネームプレートが完成した。
「かわいくできたねー。これでお客さんウケもばっちりだよ」
「ありがとうございます。先輩のりんごもすっごくかわいいですよ」
「そ……そうかな……ありがと」
「でも、先輩はなんでりんごのイラストにしたんですか?」
「ああ……それはね……。あ、もう休憩終わるし、また今度教えてあげるよ」
「はいっ。いいなっいいなっ」
そのとき初めて感じた美羽の違和感……それは大学生にしては幼すぎる……とい
う感じだった。
箱入りだったお嬢様は社会に出たら、普通こんなものなのかな……とも考えたけ
れど、それとは違うおかしな感じ。
まるで、中学生くらいの女の子を相手にしているような……
―――
それから数ヶ月が経ち、私と美羽は慣れた感じで私の部屋で並んでお茶を飲んで
いる。今では、お店の外ではお互いに『みう』『まゆたん』と呼び合っている……
が…… 『たん』っていうのは……まあ、それは美羽がよければそれでいいか、と
諦めている。
美羽がしょっちゅう遊びに来るようになって、一緒に飲むための紅茶の種類が増
えた。ティーカップもお揃いの、ちょっと贅沢なものを買った。
写真をきれいに撮りたくてスマホに機種変更したし、美羽がゲームセンターで取っ
てきたでっかいぬいぐるみもなぜか私の部屋の一員となっている。美羽に出会って
私の生活もだいぶ変わったな……
「ねぇ。まゆたん。ちゅぅー」
ちょうど、お店の残りのケーキを食べ終わったところで、美羽はべったりと甘え
てきた。
私はそっと美羽の手をとり、軽く目を閉じて美羽と唇を重ねる。美羽の唇は、い
つも柔らかくて温かい。
私は、人の体がこんなにも温かいんだ、と美羽と今の関係になって、初めて知っ
た。今まで少しなら男の人ともお付き合いしてきたし、体の関係もなかったわけで
はない。だけど、それまで人に感じていたのは、欲求から発せられる熱さと、ただ
体と体、肉と肉とがぶつかり合う感覚のようなものだけ。こんなに優しいぬくもり
は知らなった。
「みう……」
「えへっ」
少し照れながらも、無邪気な笑顔を浮かべ……そして……心の時計で5秒ほど経
っだろうか……美羽は少しさみしげに目を伏せた。何かの痛みに耐えているように
、つないだ手にきゅっと力がこもる。このさみしい顔を見るのはもう何度目だろう
。これが美羽に対して感じるもうひとつの違和感。
それは、美羽の印象をがらりと変えたあの日から積もり、重なっている。
―――
時は少し戻り、12月25日。クリスマス。
クリスマスの2日間は洋菓子店が最も忙しい日だ。1ヶ月前から受け付けた予約は
早々にいっぱいになり、それを捌くだけでも大変なのだが、それに加え当日のカフ
ェ利用のお客のオーダーにも応えなくてはならず、厨房は早朝から休む間もない。
お客からは、保冷剤の量が足りないだとか、思ってたケーキより小さいだとか、
持ち帰り途中で落としてしまったからもうひとつ売ってくれないかとか……様々な
注文が降りかかってくる。
普段の何倍もの作業量に、昼過ぎにはもう筋肉痛が限界を迎えていた。
「真夕ちゃん、いまのうち休憩いっとこうか?」
「あ、でも、先輩たちが……」
「まあ、大変だけどね……休むのも大事ってこと。まだ新人なんだから、こんなと
こで潰れちゃうのはもったいないって、僕は思うんだ。だから、ちょっとだけ体休
めておいで」
「あ……ありがとうございます!店長!」
店長の好意に甘え、休憩室に向かう途中、ふと客席に目を向けるとやっぱり美羽
はがんばっていた。
トレーを抱えながら、お客の注文に笑顔で応えている。こんなに大変な二日間な
のに、美羽は一度も笑顔を絶やしていない。
私は菓子職人になるためにがんばっている。それならわかりやすい理由だ。だけ
ど、普通の女の子……いや……もしかしたらお嬢様である美羽が、そんなに稼ぎが
いいわけでもないアルバイトにこんなにがんばれるのが不思議でならなかった。
疲れきって、半分しか食べられなかったお弁当を前に、私は美羽の笑顔を思い出
していた。
「東雲さん……なんであんなにがんばれるんだろう……そう……ちょっと臭い言い
方だけど……輝いてるよね」
「がんばる……」がんばるって何だろう?これも臭い言い方、かっこつけてるだけ
だけど……私は、自分でレールを敷きながら必死にその上を走っていくことだと思
ってきた。でも・・・美羽の「がんばる」は私のとは何か……決定的に違うんだ…
…
私はなぜだか……いつの間にか美羽の笑顔に惹きつけられていた。一緒に働く仲
間として?それとも……
友達……後輩……いろんな言葉を浮かべたけれど、美羽に対する思いが何なのか
、そのときにはしっくり来るものを見つけることはできなかった。
「お疲れ様でーす」
私が美羽のことを考えるのをいったん止めようとした瞬間、元気な声が休憩室に
響いた。
「あ、深草先輩。クリスマスってこんなに大変なんですねー」
美羽も休憩をもらったらしい。私に軽くお辞儀をしてから向かいの席に腰掛ける。
「東雲さん、忙しいのにずっと笑顔で、すごいがんばってるね。関心しちゃうよ」
「えへへ。でも、なんだかすごく楽しいから、がんばってるっていう感じでもない
んですよ」
「ほんと、すごいなぁ。私も見習わなきゃ」
「あ、それと、先輩も美羽ちゃんって呼んでくださいよ?もうお店のみんなは美羽
ちゃんって呼んでくれてて、苗字で呼ぶのは先輩だけなんですから」
「あはは……そうだね。美羽ちゃん。じゃあ、私も真夕でいいからね」
少しの間沈黙が続いた。そういえば……美羽が食事を取ってるとこ、見たことな
い……
そのことに触れようとした一寸前に、美羽が口を開いた。
「あの、忙しい時期なので言いにくかったんですが……ひとつお願いがあるんです
……」
「なに?私にできることなら協力するよ」
「それが……あの……明日なんですが……お誕生日のケーキをひとつ予約できない
かなー……って。あの……ほんとに小さなものでいいので……」
「ああ、そんなこと?大丈夫、私から店長にお願いしてみるよ。明日ならきっと作
ってもらえるはずだから」
「あ、ありがとうございます!」
「いやー。私の力じゃなくて、あくまで店長へのお願いだし、それにそこは商売商
売!で、チョコプレートの名前、誰宛にすればいい?」
「え……えっと……ちょっと言いにくいんですが……『みうちゃん』でお願いでき
ないでしょうか?」
みう……ちゃん……?
「それって……もしかして自分用……だったりするのかな?」
「はい……自分で自分のバースデーケーキなんてかっこ悪いから、ほんとにそれだ
けは内緒で……」
なんで?なんでこの子は自分の誕生日ケーキなんか……?
「美羽ちゃん?お誕生日は大学のお友達とか……家族の人とか……誰かお祝いして
くれるんじゃないの?」
「それが……お友達も、家族も、私のお誕生日なんか……忘れちゃってるんです」
「そんなことないよ!きっと美羽ちゃんを驚かそうとして……」
と、その先を言おうとして私ははっとした。これは……超巨大な地雷を踏んだに
違いない!
もし、美羽にサプライズをしようとしているとしても、誕生日の予定くらいは確
認しているはずだ。それが誰からもないからこそ、美羽は自分の誕生日ケーキなん
かをみんなに内緒で用意して……
でもなんで誰も彼もがこの子の誕生日を忘れるんだろう……?もしかして、いま
流行の、ぼっち、というやつだろうか?でも、こんなに明るくてかわいい子をみん
なが……家族までもが無視するなんて……
「なんか嫌になっちゃいますよね。みんなに忘れられちゃうなんて。わたし
『Home,SWEET home』以外ではほんとにひとりぼっちなんです。」
本当に……この子はひとりぼっちなんだ……だから?こんなにがんばろうとして
いたのは……
美羽がこの場で泣いてしまうのではないか?そう思い、必死に慰めないといけな
いという考えが働き、声をかけようと美羽の顔を見た。そこには……
「えへへ」
いつもの……いや、いつもよりももっと輝いている美羽の笑顔があった。私は言
葉を失い、急に胸が……心臓がきゅうっと締め付けられるような感覚に襲われた。
なんで笑えるの?
なんともいえない、切ない気持ち。まだよく知らない美羽の心の深くを想うと、
何かしてあげたい、という思いでいっぱいになった。私に何ができるだろう……
そうだ!
「ねえ、美羽ちゃん。美羽ちゃんのバースデーケーキ、私に作らせてくれないかな
?」
「え……?」
「美羽ちゃんのケーキ、私、作りたいの!それでね……私と一緒にお誕生日のお祝
いしよう?」
美羽の顔は一瞬固まり、そしてさっきとは別の、初めて見る笑顔に変わった。優
しい笑顔の美羽は、なんだか本当にかわいい。
「真夕先輩。お願いします」
といっても、新人の私にはケーキ作りのほんの一部の作業しか任されていない。
仕事としてひとつのケーキを焼き上げることなんてまだまだ先のこと。私は店長と
交渉して、仕事が終わってからの時間に特別に厨房を使わせてもらうこと、その日
の片付けは全部自分ですることを条件に、バースデーケーキを作ることを許しても
らった。
幸いにも、美羽の誕生日、12月26日はクリスマスの次の日ということで、夕方に
は閉店することになっている。
先輩たちが全員帰宅した後、私は気を引き締めてケーキ作りに取り掛かった。店
長は店の〆の作業があるからと、一緒に残って色々と指導してくれた。
私が作るケーキは……
時計は21時を回っていた。
最後まで付き合ってくれた店長に何度もお礼を言い、美羽を待たせてあるファミ
レスに向かう。
ファミレスの前に着くと、窓側の席に座り、メロンソーダをちゅーちゅー飲んで
いる美羽をすぐに見つけることができた。寒い時期でもホットコーヒーじゃなく、
メロンソーダなところが美羽らしくてかわいく感じた。
店内に入り、美羽のいる席まで近づくと、美羽もこちらに気づき手を振った。
真冬のファミレスは、風の吹き付ける屋外とは違い、ぽーっとしてしまうほど妙に
暖かい。
それにしても……
今日の美羽はいつもに増してかわいい。オフホワイトのワンピースにロングブー
ツ。アクセサリーは控えめで、シンプルだけどきれいに着こなしているところが、
やっぱり美羽らしくてかわいかった。
大きく開いた襟元から覗く鎖骨にどきっとする。なんていうか……男の人はいつ
もこんな風に女の子を見ているんだろうか?私、今日はなんだか変だ。ぽーっとす
るのは暖房のせいだけじゃないみたい。
それに比べ私は……今年の秋に買ったとはいえ、決して上品でないデニムパンツ
にスニーカー、ざっくりのニット……と……真っ黒のダウンジャケット。これはひ
どいな。誕生日ケーキのことで頭がいっぱいだったとはいえ……こんな大事な日に
なにしてんだ!
「えっと、とりあえず食事しよっか……まだだよね?」
「はい」
「ごめんね、こんなに待たせちゃって。おなか空いたでしょ?」
「いえいえ、ぜんぜん平気ですよ。先輩を待ってる間も楽しかったから、だからそ
れも素敵な時間でした。それに……」
美羽が窓の外を指差した。
さっきまでぜんぜん気がつかなかったが、真っ白な雪がちらりちらりと舞ってい
た。よく見れば髪もダウンジャケットも、少し濡れている。私、久しぶりの雪にも
気づかないほど、必死だった。
「わたし、雪を見てると、昔の……まだわたしがわたしだったころを思い出すんで
す……」
「なぁに?意味不明だよー」
美羽の不思議な言葉に笑って返す。
「あ、急に変なこと言っちゃいましたね。ごめんなさい。せっかく先輩が素敵な時
間をプレゼントしてくれようとしてる時に……」
えへへ、と美羽はまた、満面の笑みで私の言葉を遮った。
ファミレスでは雰囲気がでないから、おめでとうの言葉はとっておいて、とにか
く食事を済ませる。
こんなことなら、夜景の見えるちょっと小洒落たレストランに……なんて、バブ
ル時代の男子みたいなことも考えつつ、あまりおいしいとはいえないハンバーグを
食べ終え、店を後にした。
まだ雪のちらつく中を、私の部屋まで二人で並んで歩く。
「うわー。今日、ほんと寒いねー」
「えーっ。わたしは先輩と一緒だから心はあったかですよ」
ほんとうに……美羽はきゅんとすることばかり言う……
「でもね……やっぱりわたし、冬は苦手……かな?」
「そうなんだ。その、さっき言ってた昔を……思い出すから?」
「そうですね……あの時は本当に寒かったから……できれば毎日あったかがいいで
すね」
私はなんだか、笑顔の美羽とは繋がらない、寂しいものを感じ始めていた。誰に
だって悩みや悲しいことだってあるのはわかっていても、そういうのとは少し違う
何か……
美羽を私の部屋に案内すると、旅先で買った、うちにある唯一まともな紅茶を入
れ始めた。
私の部屋は一人暮らしの1DK。菓子職人見習いの専門学校生には少し贅沢な間取
りだ。
いつの間にか部屋のインテリアに加わっていた砂時計をひっくり返し、砂が落ち
きるのを待つ。何を話していいかわからず、じっと青い砂を眺めていた。
お茶をお客様用のカップと、自分の普段使いのマグカップに注ぐ。そして、肝心
のケーキが入っているお店用の箱を大事にテーブルの上に置いた。
「美羽ちゃん開けるよ」
「はい。すごく楽しみです」
開封側のつめに指をかけ、そおっと美羽のバースデーケーキの入った箱を開封す
る。
「美羽ちゃん、お誕生日おめでとう」
「わあ!ありがとうございます!えっと……りんごのタルト?」
「そう。私のね、一番のお気に入りなんだ。前にね、りんごのイラストの話したよ
ね。ネームプレートのとき。だから、美羽ちゃんには絶対これを食べてほしいって
思ったの」
「うれしい!ほんとに……ありがとうございます!あ、HAPPY BIRTHDAY♪みうち
ゃん、って!」
タルトには不釣合いに、ちょこんとのせられたチョコプレートも喜んでもらえて
、私は少しほっとした気分になった。正直、美羽からにじみ出る寂しい感じに焦っ
ていたから……
りんごのタルトをひと口ふた口ついばんで、お茶を飲み、お互いに微笑みあう。
そんな間も私は話題を探すのに必死だった。急に距離の縮まった友人というのは、
何かと気を使ってしかたない。
そうだ!
「このりんごのタルト、私の思い出の味でね、菓子職人になろうって思ったきっか
けでもあるんだ」
「あ!真夕先輩、そのお話、わたし気になってたんですよ?」
「そっかそっか。でね、そのりんごは私のおじいちゃん、もう亡くなってるけど…
…おじいちゃんとおばあちゃんが作ってたものだったの。おじいちゃん、毎年りん
ごが採れたらすぐに私宛に、箱いっぱいに送ってくれて……」
「わあー。いいなぁ。りんご食べ放題!!だから先輩のお肌ってそんなにきれいな
んですねー!ビタミンCで育ちましたーみたいな?」
「ははっ。ビタミンCだけじゃ人間育たないよ。でも、ほんとにおいしかった」
こんな風に誰かに昔の話をするのは、きっと初めてだ。
「私のうちは、お父さんとお母さんと私の3人だけで、両親共働きだったからお母
さんと過ごす時間ってほんとに少なくて。ずいぶん寂しいって思ってたんだ。お休
みの日もお買い物だとか、何かの用事についていったりだとか……本当はおうちで
3人ゆっくりと過ごしたかったのに。でも、両親の事情も子供なりにわかってたか
ら、いつもいい子でいようとした。今思うとつまらないことだよね。それが、私の
覚えてる限り、たった一回だけわがままを言ったことがあるの。何歳のときだった
かは忘れちゃったけど、お母さんにね、今日はずっと一緒にいて、って」
「お母さん……」
美羽も母親のことを思い出してるんだろうか?美羽も一人暮らしらしいし、最近
お母さんに会ってないのかな?
「そしたらね、お母さん、ちょうど届いたばかりのりんごでお菓子を作ろうって言
ってくれて。二人でお菓子のレシピ本をめくりながら選んだのが、このりんごのタ
ルトだったの。お菓子作りなんてほとんどしたことがなくて、すごく難しかったは
ずなのに、すごく楽しくてずっと心の中に残ってるお母さんとの思い出」
私の特別、美羽に伝わったかな?
美羽の表情は……無かった。表情が全くない……心がここにいない、感情もない
。いつもの美羽からは想像もできない、漆黒と言ってもまだ足りないくらいの影
。もしかして、美羽の本当の姿?
「お母さん……ごめんなさい……」
お母さんが誕生日を忘れる……なんていう普通じゃない状態だってわかっていた
のに。どうして私は母親の話なんかしたの?私の大馬鹿!
良くわからないけれど、私は美羽を守りたいと思った。そして、美羽をぎゅっと
抱きしめていた。
なぜだか「大丈夫、大丈夫だよ」と繰り返しながら。
脱力していた美羽だったが、しばらくして私の腰に手を回し子供のように身を寄
せた。
「ありがとうございます、真夕先輩」
美羽の顔には笑みが戻っていた。
「こんなに人と触れ合うのって何年ぶりかなぁ。すごく安心しちゃった」
美羽は、こんなにかわいいのに彼氏とかいなかったのだろうか?
「せんぱぁい、お願いがあるんですがいいですかぁ?」
「なに?なんでも聞いちゃうよ?」
「わたし、実はキスしたことないんです。先輩とキスしたい……れす。」
ちょ!この子は何を言い出すんだ!?
彼氏がいなかったっぽいのは証明されたが、この急展開は予想していなかった。
まさか女の子からこんな告白をされるのは人生初で、とまどっているのれす……っ
てあれ・・・!?
暑い!っていうか熱い!
そうか、ケーキの味がなんかおかしいと思ったら、ラム酒のアルコールが飛んで
なかったのか。
で、私たちはすっかり酔っ払いで……
赤らんだ顔の美羽は……かわいかった。超かわいかった。ドキドキが止まらない
。
お酒のせいだけじゃなかった。きっと運命。
私と美羽は唇を重ねた……
―――
それから、私は美羽と一緒にすごす時間を積み重ね、たくさん思い出を作り、い
つのまにか美羽が隣にいるのが当たり前になっていった。美羽は大切な存在だ。何
物にも変えられない、唯一の存在。だからこそ……私は今日、美羽に言わなくては
ならない……
ぎゅっと、美羽を抱きしめてから、向かい合っていつもどおりキスをして……美
羽の目を確かに見ながら話を切り出した。
「美羽。あのね。大事な話があるんだ」
……次の一言を聞いて美羽は、真っ青になって泣き叫んだ。
「やだやだ!なんでわたしじゃだめなの?」
「そんなの、女同士だから無理に決まって……」
「じゃあなんでさっきキスしたの!?」
言葉に詰まった。恋人じゃないけれど普通にキスはする。そういう関係が心地よ
かった。お互いそうだったと思い込んでいた……
「わたしは、わたしはまゆたんの彼女になりたかった、ううん、なってたと思って
たよ!?」
「ごめん、やっぱり私は、普通に恋愛して、結婚して、赤ちゃんがほしいんだ」
私は彼氏ができたことを美羽に報告した。
「……だよね」
「みう」
「そうだよね……まゆたん、女の子だもんね。普通に生きてる女の子だもんね」
「みうだってそうでしょ?」
「わたしは……」
『もういいいですかぁ?』
突然第三者の声が響く。聞き覚えの無い、甲高い女の子の声。
『どうもー。お迎えに来ましたよぉ』
「とうとう来ちゃったんだね」
『そりゃあ、ここまで魂を持続させたのだって特例中の特例ですからね。それに、
もうお願いは叶ったでしょ?』
「こんな悲しい結果になるならお願いなんてしなければよかったな」
美羽は突然現れたゴスロリ風の少女と親しげに話している。
「ちょっと、あんた誰?人の部屋に勝手に……」
『あ、あたしですかぁ?死神ちゃんといいます。よろしくですぅ。さ、美羽さん逝
きましょうか』
「わかった。まゆたん、ごめんね。わたしずっと嘘ついてた。ほんとはね、わたし
もう死んでるんだ。それなのに、正直に話してくれたまゆたんに怒ったりして……
ほんとにごめんね。わたし、もういかなきゃ」
「ちょっと、どういう……わけわかんない!私はこれからもずっとみうと友達でい
たいんだよ!」
「じゃあね、まゆたん」
『それではぁ。失礼しますねぇ』
「待って!みうをどこに連れて行くつもり!?」
見ると、美羽とゴスロリ風少女の体は透き通りふわりと浮いていた。そしてその
まま天井をすり抜け消えてしまったのだった。
私はただただ、美羽の消えていった天井を見上げて涙を流すことしかできなかっ
た。
あの少女はいったい何者?美羽はどこへいってしまったの?それにもう死んでる
っていったい……
ぐるぐる回る謎と、悲しみ。結局、できたはずの彼氏とは付き合う気にはなれな
くてすぐに別れた。そして、そのあとに残ったのはもう一度美羽に会いたい、とい
う想いだった。
こんにちは。お読みいただきありがとうございます。作者のまみまみ.ntです。いかがでしたでしょうか?残った謎はこの先のお話で明らかになってゆきます。気長にお付き合いいただければと思います。