私たちに未来がないと言われても
「女同士で、なんてと思うかもしれませんが、先輩の事が好きです。付き合ってください」
言い終わる時にハウリングが起こり、キンと耳を指す。その音のせいなのか、私の告白のせいなのか、先輩は顔をしかめた。
大型チェーン展開をしている、地元のカラオケボックスの一室。そこで今私は人生初の告白に踏み切った。お相手は水澤まり子先輩。私と先輩は文化祭実行委員で一年間顔を合わせていた。たまたま席が隣になり、たまたま先輩のボールペンが調子悪く、たまたま二本持っていた私が貸し、そこから少しづつ話すようになっていた。つい先週に最後の仕事、文化祭の反省会が終わり、思いきってデートに誘うと「いいよ」と微笑んでもらえた。
一年間積み重なったこの思い、届いてください。そう強く願う。
「いいよ」
「え?」
「だーかーら、いいよ。ふふ」
「本当ですか?」
先輩は嘘をつくような真似はしない。でも疑わずにはいられない。だって、女同士だよ?
「うん。びっくりしたよ、突然だし、マイク使うし。でも告白されるだろう、私の事が好きなんだろうっていうのは分かってた」
「あはは、バレてましたか」
「バレてました」
恥ずかしくて、それを誤魔化すように曲を入れた。ラブソングばかりいれて、また恥ずかしくなって、唇を重ねた。
「結婚は出来ませんが、ずっと一緒にいてください」
ハウリングが起こっても構わずに喋った。まり子は一瞬顔をしかめてから、吹き出した。
「懐かしい。告白してくれた時とそっくりね」
高校生時代、まり子とよく来たカラオケボックスに来ていた。キスや、愛の囁き、交換日記の受け渡しはここで行うのが定番だった。何かもあの時の告白から始まった。
指輪を差し出す。定番のシンプルなシルバーのリングだ。
「ずっと一緒にいてください」
声が震える。
まり子が左手の薬指にそれをはめ、見せてくれる。
「いいよ」
「よかったー」
緊張から解放され、どっと疲れが襲ってくる。ジョッキに入ったコーラを一気に半分まで飲んだ。
「そんなに緊張したの?」
「するよ。だって、私たちに未来はないんだよ」
女同士。理解は増えてきてもまだまだ厚く高い壁だ。
「そんなことないと思うな」
まり子は薬指を見つめ、微笑む。
「あの告白から十年も一緒にいるんだよ」
「うん」
「これからも大丈夫。未来はある。未来を見るのが怖かったら、夢を見よう」
まり子の目は力強かった。私はこの目が好きだ。
文化祭があと一時間で始まるという時に、部外者用の金券を家に忘れたと一人の一年生が泣きながら報告してきた。持ち帰り厳禁と決まっていたのにもかかわらず、終わらなそうだったから持ち帰ってしまったという。全員が言葉を失った。昨日の放課後の時点では「あと少しなんで、ちょっと残ってやります」と言っていたからだ。本当は二百枚もあったらしい。シート一枚で三十枚の金券が出来るのだから、切るだけといっても途方もない作業だ。
「さあ、みんな動くよ!一年を責めたら罰として沢山切って貰うんだからね。今からやれば絶対に間に合う!」
その声で目が覚める。まるでパーティが始まるかの様に明るく弾けていた。言うまでもなく、まり子の声だった。この時もまり子の目は魅力的に輝いていた。力強く、自信が満ちていた。
そうだ、責めたって仕方ない。そこからは早かった。先生に事情を話し、新たに印刷して貰い、暇な生徒を集めてみんなで切った。先生達もいつの間にか参加していた。文化祭が始まってからも、実行委員は交代で金券作りに励んだ。午後には余裕も出てきて、皆が笑っていた。誰もその一年生を責めなかった。
「余裕で終わると思って、その、真面目に取り組んでいませんでした。ごめんなさい」
文化祭が終わり、お疲れさまの声がかかる前に一年生は叫ぶように言った。顔がぐちゃぐちゃになり、涙で酷いことになっていた。
「一人に仕事を押しつけた私達も良くなかったから、ごめんね」「まだお金のやり取りがなかったんだから大丈夫だよ」「そうそう、ほら、打ち上げいこうね!」
その日の打ち上げは大いに盛り上がり、終わり良ければ全て良し、この言葉がよく似合うと思った。
「そうだね。まり子の言う通りだ」
告白したあの時と同じ曲を入れ、唇を重ねた。
私たちに未来がないと言われても、夢を見ることは忘れない。この人の隣で、ずっと。