Take3 森、入れず。
さて、第三話でございます。
突然見知らぬ土地に見知らぬ姿で放り出された主人公。名も無き彼はどうするのか。
「くぉおっ!まて!止めろ!!」
「ええい、ちょこまかと。いい加減くたばれ!」
眼前すれすれを通り過ぎる鉄の塊。鈍色に光るそれはまさしく人を斬るために生まれた武器、剣である。全長90cmはあろうかというそれは、確実に私の命を奪おうと幾度となく振り下ろされる。刃が風を切る鋭い音は私に死を連想させ、精神的に秘匿追い詰められていくのを感じた。それを振り回すのは青銅の甲冑に身を包んだ騎士である。単騎駆けなのだろうか、一人だけである。森へ入る直前の私に正面から雄叫びを上げ突撃してきたのだ。
「おのれ盗賊風情が。そのような容姿でいったい何人の女を弄んだ!」
個人的な恨みがあるのだろうか。完全装備故にその表情は見えないが、明らかに怒りで歪んでいるであろうことは容易に想像できた。声からして男、それも2mもあろうかという巨体である。甲冑のせいもあるが、差し引いたとしてもかなりの筋肉があることが想像できる。そんな武人が私に何の恨みだろうか。盗賊と言っていたが、まさか勘違いで殺されそうになっているのか。
「まてっ、話を、聞いてくれ!!」
「聞く耳持たん!ここで死ね!」
無駄、無駄、無駄。取り付く島もない。甲冑の男は少しも距離を開けずに、ひたすらに剣を振り回す。感情が籠っているが故にかなりの大振りになっている。そのおかげで、初めて剣で切り付けられるという経験をする私でも、ぎりぎり回避できているのだ。一度でも足を止めれば、瞬間、致命傷を与えられ死ぬほかない。
死ぬわけにはいかない。まだなにも出来ていない。ここが何処で、私が誰で、何を成せばよいのかすら分からない。
「私は、死ぬわけにはいかないんだ!!」
叫ぶ。自分の口からこんなに大きな声が出るのかと、驚きつつも前に出た。私の不意の大声に甲冑の男に隙ができた。びくっと一瞬硬直したのだ、剣を上段に構えたままの体勢で。チャンスである、これ以上の好機はない。
「おおおおおおお!!!」
渾身の一撃、全身を使った体当たりが決まる。確りと大地を踏みしめ、その反動を下半身から全身に伝え、体をすこし丸めて飛び込む。肩に感じる確かな感触。ずっしりと重く、そして冷たい金属の温度。肩がひどく傷む、だが確実に相手は体勢を崩した。
「あああああ!!」
ここで手は止めない。体をくの字に折った甲冑の男、倒れ行く彼の兜から延びる飾り羽を掴み、思いっきり引っ張る。するとがちんっと何かが外れたような金属音の後、兜がすっぽ抜けた。現れたのは恐怖の表情を浮かべる不精髭の生えたごつい男の顔。これが、こいつが私の命を取ろうとしてきた男。敵の顔か。
私は後ろへ振り払った右の拳を握りしめ、覆いかぶさる勢いそのままに男の顔へ突き入れた。ぐしゃりと拳に伝わる嫌な感触。そして地面に倒れこむ。その衝撃は振りぬいた右腕と二本の脚で吸収し、背中から倒れこみむせる男の顔面へ再び左の拳を叩き込んだ。左、右、左、両の拳を合わせ左右から薙ぎ払うように男の顔面をたたき続けた。一度でも止めたら最後、男の反撃に私は死ぬ。私が生きるためにはこの男を、敵を殺さないといけない。
もはや人殺しを行っているという自覚は皆無だった。生きるために他の動物をくらう事に人は何も疑問を持たない。それが当然であるからである。この時の私の心境は正しくそれであった。
なんど打ち付けただろう、両の拳が私と男の血に染まりきったころ、ようやく私は殴るのを止めた。
私の体の下で、甲冑の男は絶命していた。
「ふー、ふー、ふー・・・」
こんなに荒い息を吐いているのは誰だろうか。いや、私か。あまりに必死でいたため気が付かなかった。両手を目の前に持ってくる。ひどく血に染まっているではないか。それに、関節からは骨が見えているところもある。それをどこか他人事のように眺めていると、不意にするどい痛みが襲ってきた。次いで、全身からどっと滝の様に汗が吹き出し流れ落ちる。いままで感じたことのない疲労感に、私は体勢を維持することができず、その場に崩れ落ちた。顔に冷たい金属がぶつかる。自分が殺した男の着ている甲冑だ。
「・・・うっ」
私が殺した。それを自覚した途端、感情の爆発が起こる。止められない。抑えつけようとするも、失敗した。
あふれ出る涙、鼻水、吐瀉物。全身から液体をまき散らし、ひどい絶望感を感じたまま私はそのまま沈んでいく。空気に、液体に、地面に、精神に。まるで底なし沼に入ってしまったようだ。ゆっくりと、だが確実に私は沈んでいった。最後に見えた光に手を伸ばし、唐突に、私は意識を失った。
いかかでしたでしょうか。今回、少々グロテスクな表現が含まれておりました。
もし、気分を悪くされた方がいらしたらすみません。
森へ入ろうとした主人公に突如として襲い掛かる甲冑の男。彼の正体は謎のまま、主人公は男を殺してしましました。初めての殺人の罪に耐え切れず、彼は意識を失ってしまいます。
さて、彼は再び目覚めることができるのでしょうか。それとも・・・。
次回、こうご期待!