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1.ゲームを始める前に

「おんりーどりーむ、おんらいん…?」


 光沢を帯びたパールピンクのカードに、金の筆記体で刻印してあったのは「Only Dream Online」という文字だった。他にも制作会社らしき名前が右下に小さく印字され、シリアルナンバーとして英数字が印字されている。どうやら最新のコンピュータチップが埋め込まれているらしい厚みのあるしっかりしたカードだ。


 ていうか制作会社の「Nextrealネクストリア Worksワークス社」って、お兄ちゃんの就職先ではなかっただろうか。


「そう! わが社が総力を挙げてやっっっと実現にこぎつけた、新感覚VRオンラインゲーム! それがこれ、Only Dream Onlineなんだ!」


 どうしよう。お兄ちゃんの目が輝きすぎていてどうしよう。


 こういうときのお兄ちゃんは語りだしたら止まらない。


 あんまりにもゲームが好きすぎてゲームを作る会社に就職しちゃったのは知っていたけど、正直いって私には何をやっている会社だかまったくもってさっぱりだった。


 そういえば内定をもらった時も喜びのあまり興奮しすぎて、鼻血吹くまで喋り続けていたっけ…。


「私、ゲームならやらないよ」


 特にVR技術を使ったゲームはなんだか怖い気がして、友達が手を出していてもやらないできた。


 化石呼ばわりされたけど、仕方ないじゃないか。だって、目に見えて触れられる現実と、見分けがつかなくなる人もいるって言うし…都市伝説だけど。


「まぁそういうなよ。このゲームはなぁ…」


 長い解説が始まる、と体を緊張させた瞬間、ニヤリとお兄ちゃんは笑った。


「やってみればわかる!」


「へ?」


 拍子抜けであまりにも間抜けな声が出てしまった。


「このゲームはな、習うより慣れろ、とにかく説明なんていらないんだ。ほら、早くそこ座れ」


「え、え?」


 ていうか私、まだやるなんて一言も…と言いたいのにあれよあれよとお気に入りの一人掛けのソファに座らされる。


「あれ、お前どこにしまったんだよ、ヘッドギア」


 といって当たりをつけてドアのすぐわきのクローゼットに手をかけるお兄ちゃん。相変わらずデリカシーない。私の部屋にあるのは、就職前までお兄ちゃんの使っていたお下がりのVRヘッドギアとネット接続システムだけだ。それだって押しつけられた奴で、お兄ちゃんが家を出てからは今まさに家捜しされているクローゼットに備え付けの引き出しの中だ。


 家捜しするお兄ちゃんの背中にひとつため息をついて、手元のピンクのカードを見つめた。何気に綺麗でかわいらしい装飾がしてある。これって全部この色で、この装飾なのかな…男の人も?


「お前いらないけど処分できないモノの位置、変えてないんだな」


 ため息をつきながらお兄ちゃんが手にしたヘッドギアを持って戻ってきた。よくわかっていらっしゃる。


「だって、VRしないもん」


「お前知ってたか。VR出来ないと今どき就職で困るぞ」


「う…」


 そう、VRは現在、多くの会社で研修などに使用されている。まず、プログラミングされたAIが対応するから人手が余りかからないという点と、現実時間の半分で作業が行えるためだ。実際には、体感時間を倍にしているわけ。


 安全面やら何やらは国際基準があるし、法律でも色々と守られているらしいんだけど、よほど限られた分野でなければVRを取り入れていない会社はないだろう。


「ついでに専門だろうが大学だろうが授業でVR使うからな」


「それは…」


 反論の余地はないんだけど、ないんだけどしかし…。


「それに、このゲームなら現実にはできないようなことも、できる。なりたいものに、なれる」


「………」


 じゃあ、もしかして、着物も、…作れるのかな。


「ほら、それ貸せ」


 気づけばお兄ちゃんはヘッドギアやネット接続もすでに準備を終えていた。しかし、専用のゲーム端末は見当たらない。


 接続するだけで出来るVRも色々とあるけれど、VR系のオンラインゲームは大体がゲーム上個体データの維持と保管場所確保のために外部接続機器が必要になっている。


 ゲーム詳しくない私がなんでこんなに知っているかって、そんなの決まっている。お兄ちゃんの熱い語りのせいで仕入れたいらない知識だ。


 のばされた手にカードを渡すと、その手についでとばかりにグローブをはめられる。ヘッドギアとセットのこれは、脈拍や血流などから身体に異常がないか判断するためのひとつの基準になっている。ヘッドギアにもそういった機能があり、一定の数値から外れるとVR強制終了をしてくれるそうだ。まあ、三日三晩(つまりは規定を超えて長時間)ダイブを続ける人がたまに引っかかるくらいで、ほとんど強制終了になる例はないみたいだけど。


「今回うちが出したのは、外部機器がいらないタイプなんだ。その分割高だけど、外部機器がなくても使えるから外出先でもヘッドギアが接続できればどこでも出来る。結構売れ行きいいんだ。βでもそこそこ話題になったし、いまは大手ほどじゃないけどいずれじわじわ伸びる」


 ヘッドギアにカードを差し込みながら語るお兄ちゃんは、いつになく感情を抑え気味に語った。これ、一番興奮している時の喋り方だ。


「ねぇ、初めての私でも、いきなりダイブして大丈夫?」


「………。あぁ、俺がここで見ててやるし、システムサポートが付いてるから心配するな。初めてだからゲームになる前に身体情報読み取りあるけど、そんなに時間掛からないからな」


 私が興味を示したのが分かったのか、嬉しそうに目を細めて優しい口調でそういってくれた。


「じゃあ、やってみる」


 お兄ちゃんがこれだけ自信満々で、就職した時よりも興奮が抑えきれないようなそんなゲーム。


 VRだろうとなんだろうと、やってみたいと思ってしまった。


「おう」


 久々に見たお兄ちゃんの満面の笑みは、輝かんばかりだ。…やりたいことがあるって、すごい。私も、こんな風に笑ってみたい。


「じゃあ、ヘッドギアつけるぞ」


 自分でも装着できるんだけど、髪の毛が長いのでお兄ちゃんに手伝ってもらう。


「体の力を抜いて、寝るつもりで目を閉じて。電源入れた後、少しずつダイブに移行するから」


「うん」


 ソファに全身を預けて、体の力を抜く。お兄ちゃんの手が前髪を撫でて、自然と余計な力が抜けていく。


「じゃ、電源入れるな」


 その声とともに、ヴンとわずかに機械の起動音がする。それも一瞬で、静かなものだ。


 お兄ちゃんが動く気配がする。ヘッドギアをつけたから、音もどこか遠く、なんとなく気配でしか分からない。少し離れて、また戻ってきたなと思ったら、足に何かが触れた。


 ああ、膝掛けしてくれたんだな…この時季もう、そんなに…寒く…。


 気が付けば、ゆっくりと意識は眠りの世界に落ちていた。


 実際には、初めてのVRへのダイブが始まったのだった。






「…ダイブしたか」


 寝息と同じように静かな呼吸音。ヘッドギアのディスプレイを見れば、問題なくダイブしたようだ。


 ゲームが始まればまた表示が変わり、分かるようになる。それまではしばらく、ここで様子を見ているしかないだろう。


 ヴヴヴ ヴヴヴ ヴヴヴ


 のんびり待つかと思ったら、電話が鳴った。


 こんなときに、面倒な人からだ。


「…はい」


『おーまーえーなー』


 うらみがましい声がした。だから出たくなかったのだ。


『この、イベントで忙しい時に、何やってるんだバカヤロー!』


「知りません。イベントに関する私の仕事はデスクじゃなくてダイブなんで。上司に実家でやっていいか聞いたらオッケー出ました」


『…いってけよ』


「言いましたよ。三日前から毎日、会うたびに。画面に張り付いて聞いてない様子でしたけど」


『それは言ってないのと一緒だ!』


「とにかく、今準備で忙しいんで。それじゃ」


『あっこの…』


 なんだか罵りが聞こえた気がするが気のせいだろう。


 ディスプレイの表示を見ると「Wating game」ということはもう基本の読み取りは終了したのだろう。


 今のうちにヘッドギア移動して来よう。

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