16.怖い人? 好青年? いえ変態でした
やってきました、第1の町。
外周は石の壁で出来ていて、出入りする部分だけアーチ形に組まれている。ここから見えるのは横に伸びた壁だけだが、エリステルの話では、第1の町は四角い作りをしていて、周辺は平原だけど、一方は森、一方は山、一方は沼地に通じる道があるらしい。もちろんもう一方は今通ってきた草原が広がっている。
「大丈夫、コハク? もう少しだからね」
「うん…」
いろんな意味で削られた。HPも精神的にも空腹的にも。
あのあとうっかり川辺に近づいてしまって、レベル14のサンショウウオみたいなモンスターと戦うはめになった。
相手が1匹だったのと、動きが鈍い奴だったのでどうにか草原のほうに引きつけて倒せたけど、もう私は身も心もボロボロだ。
おかげでレベルは上がったけど、ハイリスクハイリターンはもう正直勘弁願います。
「おーい、エリステル! おっせーぞ」
第1の町のアーチの前で、青年が一人手を振っていた。蒼い髪に銀の瞳、額にまかれたバンダナはちょっと変わった織物でカラフルな幾何学模様が描かれている。
全身の装備にしても、ゲームを始めたばかりと勘違いのしようもないくらい、オリジナリティに富んでいる。
なんで民族衣装風なのかは分からないけど。
「あの人?」
「そ。あの変わり者」
「エリステル…」
そんなにストレートにいやそうな顔して言わなくても。
「あー、何? 怪我してんの?」
近くまで行くと、私を見てそう言った。
そして、手元で何やら操作していたかと思うと、右手を私の方につきだした。その手には、衣装とは不釣り合いなくらい金属の指輪がいくつもはまっている。
「<ヒール>」
青年が唱えると、指輪のひとつがぼんやりと光を発し、柔らかい緑色のエフェクトが私に降り注いだ。
見る見るうちに減っていたHPの帯が回復し、なんとなく疲れを感じていた体も急に楽になった。
「もう平気か?」
「あ、はい。ありがとうございます」
この人、笑うと人懐こい顔をしている。さっきまでは顔のつくりのせいか、とっつきにくそうな感じだったんだけど。
「ねえ、エリステル。この人が例の…?」
「あー、違う違う。これは兄の方。例のプラチナカードは弟の方よ」
こっそりエリステルに聞くと、あっさりと否定して見せた。
特に隠す気もなく堂々と答えたエリステルの言葉を聞いて、青年がいぶかしげな顔をする。
「お前、あいつの事話したの?」
「うん。この子もプラチナだし、大丈夫よ」
「あっそ。ならいいけどさ」
プラチナだとやっかみとかあるんだろうか。どうやら弟の身の上を心配していたらしい。
「紹介するわね。こっちはアキラ、細工師としてそこそこの腕らしいわ。で、この子がさっき話したコハクよ」
「お前、そこそこの腕って…。まあいいや、俺はアキラ。まあ主には細工師やってる。よろしくな」
エリステルのあまりの発言に鋭い目つきをした青年…アキラだったが、片手を差し出して笑みを浮かべた姿はさわやか好青年といっても過言ではない。
「コハクです。まだまだひよっこですけど、一応裁縫師目指してます。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返し、握手を交わす。エリステルの様子からどんな人かと心配もしてたけど、全然問題なさそうだ。
「なあ、ところでさ…」
「はい?」
「その耳、触ってもいい?」
「!?!?」
思わず手を振り払い飛びのいた。
「耳としっぽが逆立ってる!」
そんな嬉しそうな声で叫ばれても…!!
あー! なんかぞわぞわするよう!!!
「こら変態! やめなさい!」
「いてっ!」
あ、エリステルがピコピコハンマーで頭叩いた。
それ、どこからいつの間に取り出したの?
「コハク、油断しちゃだめ。こいつは獣耳大好きの変態なんだから」
「…それ、先に教えておいてほしかったよ」
「てめ、そんなものどこで手に入れた」
叩かれた後頭部を抑えて、とくに怒っている風でもなく、アキラが言う。
「もちろん、ヒカルからもらったのよ」
「何ぃ?」
「可愛い狐耳の友達が出来たんだって自慢したら、是非にって譲ってくれたわよ?」
「あいつめ…」
アキラは渋顔で苦々しげにそう言った。そしてぼそっとおかげで触り損ねた、と小さく聞こえた気がしたが、私は聞かなかったことにした。
「ところで、それは何?」
「ふふ、これはね『つっこみピコハン』ってアイテムで、どこでもノーダメージで衝撃だけ与えてくれるというネタアイテムよ」
「つっこみ、ピコハン…ね」
ていうか本当にピコピコハンマーなわけですか。というか、どこに突っ込みを入れていいのやら…。
まあ助かったのは事実。
「ありがとう」
「うん」
「あぁ、つやつやふさふさ…」
後方からまたなんか聞こえた!!
思わずエリステルの背後に逃げ込む。
「エリステル…私、大丈夫?」
「うーん…最悪、触らせてやって」
「う、裏切り者!」
「あはは、悪い悪い。無理に触ったりしないからさ」
お手上げのポーズをとるアキラは、その場から動かずににっこり笑った。
「ちょっと発言は危ないけど、実際に手を出してきたりはしないから。そこは私が保証するわ」
こそっとエリステルが教えてくれたけど、それって喜んでいいのかな?
先行き不安だ…。
「まあ冗談はこれくらいにして、とりあえず町に入ろうぜ。立ち話もなんだしな」
最初のさわやか好青年の印象に戻り、アキラがいう。
うーん…常にこのままでいてくれると、精神的にとても助かるんだけど。
ていうか本当に、この人からスキルの事を教われるのか?
「あ、本当に俺で大丈夫かって顔してるな」
町の方に背を向け掛けたアキラが振り返り、意地わるげにそう言ってくる。とはいえ、本当の事なのでごまかす必要も感じなかったけど。
「自業自得でしょ」
そう言ったのはエリステル。さすがに口には出しませんよ、ええ。…一瞬自分の口から出たのかと思ったけど。
「スキルの事に関しては、マジで頼ってくれていいよ。まあ、生産に関してだけだけど」
「そうそう。こんな変態だけど、そこのところは信用して大丈夫だからね」
「だから、お前、俺の扱いひどすぎ」
「握手直後のあの発言、変態以外のなにものでもないわよ?」
「おま、アレはなあ…」
「ふふっ」
なんだか二人のやり取りを見ていたら、自然と笑いがこみあげてきた。
急に笑い出した私を二人はきょとんと見てくる。
まあ、根本的に悪い人じゃないというのは分かる。例え時おり変態発言が聞こえようとも。
「改めて、よろしくお願いします」
物を教えてもらう以上、礼儀は大切だろう。
改めて頭を下げると、アキラは焦ったように両手を振った。
「やめてくれって。そんな大層なもんじゃないんだから」
「でも、やっぱりこういうことはきちんとしないと駄目です」
「あと、その敬語禁止。むず痒いから」
「むず痒い…から?」
「そう。なんかダメなんだよな、敬語使われると」
「ふふっ」
「えー? 何その笑い?」
なんか、変な人かも、とか思ってますが言いません。さすがに会ったばかりの人に口は滑らせませんとも、ええ。
エリステルの時は抑えきれなかったけれども。
「アキラの変態ぶりに呆れてるのよ」
「ってかエリステル、お前適当なこと言って…」
「アキラの変態は本当でしょ」
「だから、俺の人格疑われるようなことを…」
いつもこんな感じなんだろうな、この二人。
そんな感じでやり取りする二人に時折口を挟みつつ、三人で第1の町に足を踏み入れた。