15.技スキル
「うーん…」
どうやら私の発言に何を思ったのか、硬直が解けたエリステルは一人で難しい顔をしている。
なんとなく口も挿めなくて、ミニスを撫でながら待つことしばし。
難しい顔のままに、エリステルがこちらを見た。
「コハク、私の知り合いに一人、こういうことに詳しいのがいるんだけど…会ってみる?」
「え? うん、紹介してくれるなら、嬉しいけど…」
そのエリステルの表情が気になって素直に喜べないのは、何故だろうか。
「ちょっと連絡つけてみる」
そう言って、エリステルはどこかにフレンドコールし始めた。
「久しぶり、今どこ?」
相手とは親しそうな様子だけど、始終渋面のエリステルが何だか変。
ちょっと荒っぽい口調で喋ってたけど、どうやら話はついたらしく、さっさとコールを終えたようだ。
「…ちょっと変わってるけど、悪い奴じゃないから」
「うん」
エリステルの事は信用しているので、そんなに変な人を紹介するとは思わなかったけど、どうにもこの様子だけがおかしくて、気になる。
「コハクはまだ余裕ある?」
「うん?」
「だから、体力とかアイテムとか。…来るのに少しかかるっていうから、せっかくだし一緒にどこかで経験値でも稼いでいこうかと」
「ああ…そういうことなら、大丈夫」
ポーチの中からドロップ瓶を取り出して、中身のフルーツキャンディをひとつ口に放り込む。フルーツキャンディの効果は空腹10とHP10%回復だ。
「あとこれだけあるから、大丈夫」
「オッケー」
ようやくエリステルの顔から眉間のしわが消えた。にっこり笑ってそういうと、左右を見回した。
「ちょっと外れると少しレベルの高いモンスターがでる場所があるんだけど…」
「…地図で言うと、北? 南?」
「北」
といって左を示すエリステル。
「北ね」
私も左を示して、にっこり笑った。
街道をそれると、背の高い草が増えてきて、ちょっと見通しが悪くなってきた。
「エリステル。いつまでもそんなむくれた顔しなくても…」
さっきの一件からエリステルの顔は同じ状態で固定されている。
「別に、むくれてないもん」
…もん、もんとか。かわいすぎる。
「ぷっ…くっくっくっ…」
思わず笑いがこみ上げる。
「…コ~ハ~ク~?」
「あははっ、ごめん、ごめんてば」
「もう、仕方ないな」
ようやくエリステルは笑った。
「さて、この辺からもうモンスターもレベル少し上がるからね。レベル帯は5~7。出てくるのはコッケイ鳥か一角ウサギだから、攻撃は単調。ただしレベルが上がってる分、攻撃力とかHPとか少し高くなってるから、その点注意だけどね」
説明をしながら何やらパネルを操作するエリステル。
そう言えばいつの間にか、エリステルも名前表示だけに切り替えたみたい。第1の町まで行って、初心者、といつまでも看板掲げて歩くわけもないか。私も変なのに絡まれるのが嫌で、早々に表示しないようにしたけど。
今はフィールドに出ているので、名前に加えてHPとMPの帯が表示されているくらいか。
『 エリステル からパーティに誘われました。
配当条件<経験値:平等><アイテム:ランダム><通貨:平等>
参加しますか?』
音とともにパネルが開く。あんまり深く考えずイエスを選択した。
「よろしくね、コハク」
「あんまりよく分かってないけど、よろしく」
「さーて、さっそく来たよ」
すらりと、始まりの町で持っていたのとは違うレイピアを抜いて、エリステルは好戦的に微笑んだ。
視線の先を振り向けば、鳥型のモンスター…さっき言ってたコッケイ鳥という奴だろうか。
見た目は鶏みたいな茶色い鳥…なんだけど、頭になんか、幼稚園児が描いたような、すっごく平面のピンクの花が咲いている。
「え…これが、滑稽…だから、コッケイ鳥?」
「制作側のセンスを疑うよね~」
あ、今のエリステルの苦笑すごくかわいい。
じゃないじゃない。
相手はレベル7、しかも2羽だ。私のレベルよりも高いんだから、気をつけないと。
「コケーッ!」
「ぅえっ!?」
構える前から私に向かって思い切り飛びかかってきた。しかも何気に足先鋭いんですけど!!
「コハク、早く構えて!」
「あわわ…!」
先に飛びかかってきた1羽はエリステルの剣の切っ先が見事にとらえて、素早い突きを繰り出した。黄色いエフェクトが散る。
その横でどうにか刀を構えて、狙い澄まして…抜きはらい振り下ろす!
「コケっ!?」
金色のエフェクト…きらめきが違う…これ、クリティカル?
「コハクっ! 油断しない!」
「ごめん!」
エリステルのほうは倒されていたけど、私のはまだ残っていて、くちばしをこちらに突き出してきていた。
「えいっ」
私が戸惑っているうちに、エリステルが横から突きを繰り出してコッケイ鳥を仕留めた。
戦闘終了とみなされたのか、アナウンスが入る。
『技スキル<抜刀 一>を取得しました』
…なんだかいやにシンプルな名前の技だな。というか技を取得してしまった。
「ありがとうエリステル」
「ああ、勢いで言ったけど、気にしない気にしない。レベル差も侮れないんだから、要注意」
「了解」
「ていうか、いまコハク、技使ってなかった?」
「あ~、そうだね」
なんか出せちゃった、というと、エリステルがため息をついた。
「なんか出せちゃった、ねえ」
もはや何が起こっても驚かないことにするわ…ともはや疲れたように言われた。不服だ。
目つきでそんな思いが伝わったのか、エリステルは続けた。
「技…正確には技スキル。スキルの系統の一種で、下位スキル、上位スキルとまた別枠と言えばいいのか…まあ、一種の上位スキルの派生なんだけど、ちょっと特別なんだよね」
「特別…」
「技スキルって言うのは、分かりやすく言うと必殺技のことかな。主に戦闘系の上位スキルに発生して、戦闘中にその技を繰り出せると覚えられる。一度覚えるとそこにシステムアシストが入って、段々強力な技として使えるようになっていくらしいわ。特徴らしい一番の特徴は、技の一つ一つに、プレイヤー独自の呼び名をつけられるってことかしら」
「独自の呼び名…ね」
「あ、今考えたこと分かる。中二病罹患者大喜びの設定よね、これ」
エリステルが苦笑してそういう。思い切り私の考えたことと被っていた。
ちなみに一番身近な罹患者はお兄ちゃんである。
高校生のころまでなんだか不思議なことをしているなー、考えているなーと眺めていたわけだけど、周囲が同じような病にかかるにつれ、それが何と呼ばれているのか知ったわけだ。
お兄ちゃんはさすがに卒業したようだけど…たまに怪しいことがある。
「この前、他のパーティだったんだけど、いわゆる<挑発>のスキルでね、『俺の屍を越えてい行け!』とか叫んでる男を見たわ…」
「あー…あはははは…」
なんてコメントしていいか困る目撃談だった。
「私は、名前はいいかな…」
「そうよね…」
二人揃ってため息をつく。エリステルの知り合いにも罹患者がいるのだろうか。
「コケーッッ」
「あ、次が!」
「構えて構えて!」
気づけば次のコッケイ鳥がこちらにターゲットを向けていた。
「さて、稼ぐぞー!」
「おー!」
改めてレイピアと刀をそれぞれ構え直し、戦闘態勢を整える。
「いい忘れてたけど、この辺り見通し悪いから、十分に周囲警戒して…」
「きゅっ!!」
と言われている間に背中から衝撃。HPが1割ほど削れる。
「一角ウサギが後ろから~!」
「泣いてる間に急がないと、やられるわよ」
前方からのコッケイ鳥の攻撃をよけたエリステルが、カウンターでダメージを与えながら強気に言い切った。
「うぅ…頑張る」
やっぱり戦闘は、得意じゃないなあ…。