14.嬉し恥ずかし
本日2つ目です。
「ひどいひどい! コハクったらひどい!」
PKオフだからHP減らないけどひどいー! とエリステルが騒いでいる。
「ひどいのはどっち? さっき右って言うから右向いたのに、後ろから一角ウサギに襲われたけど」
「だって、とっさに言っちゃったのよ、私から見て「右」だったから…」
だからって背中思いっきりたたくことないでしょ! これって八つ当たりだわ! といってまたエリステルが騒ぎだした。
えぇまあそりゃね、八つ当たりも大いに含んでいますけども。
『着物かい。なかなか大変な道だが、頑張るんだね』
フランデールの言葉がよみがえる。あれは、あれは…こういうことだったんだ!
まさか戦闘系のスキルと生産系のスキルに違いがあるなんて、思いもしなかった。
まさか、生産系…茨の道だなんて。
「…コハク。今<裁縫>スキル持ってるの?」
下を向いてしまった私に何を思ったのか、急に静かにエリステルが言った。
「うん」
「ランクは? いま経験値どのくらい?」
真剣な表情でエリステルが聞いてくるから、からかっているわけではないのだなと分かった。
「ランクは1。経験値は…3割くらい」
「え?」
「だから、ランク1! 経験値3割!」
2週間でこれだけなんて、言いたくなかったのに!
「えええ?」
ぽかん、と口を開けたエリステル。あー指三本くらい入りそうだな…入れてみようか…。
「こ、コハク? 今さらだけどさ、もしかして、プラチナとか?」
ぼんやりと考えていると、エリステルが返ってきた。
自分の言っている言葉をあまり信じ切れていないような、訝しげな表情だ。というか、なにを根拠にプラチナだとか…。
「プラチナって何?」
思いっきりとぼけてみることにしました。
「コハク…」
じと目のエリステルはちょっといやだけど、笑顔でごまかす。
いや、私だって普通に購入して手に入れたプラチナカードなら、エリステルにだって実はね、といって告白するところだけど、何せ正規ルートからの入手品ではないので、あまり大きな声で言えないと言いますか。
…誰に言い訳してるんだか。
「…コハク、知ってる? プラチナカードっていう1万人に1人の確率で当たるゲームカードの持ち主は、ちょっとした特典が与えられるのよ」
「へえ…」
それはすでにどなたかから聞きました、ええ、記憶に新しいです。
「でね、私の知り合いにも、一人だけ居るのね、プラチナカードの持ち主」
「え! 本当に!?」
そのほうが驚きだよ! むしろ普通にすごいって!
「そいつが言うにはね、明確にこれが特典、ってほどの大げさな違いはないんだって。でも、普通のプレイヤーよりも様々なことにボーナスみたいなものが付いてるんだって」
「へー、そうなんだ…」
私にも若干の身に覚えはありますが。大げさでないけど、ちりも積もれば何とやらな特典の数々らしきものには。
「例えば、スキルの経験値の入り具合とかね」
「………」
ここまでくると、なんとなく話が読めてきた気が…段々と私の顔も笑顔がひきつってきた。
「ODOはその名の通り、唯一の夢を達成するのが目標のゲーム。コハクにとってはそれが着物作りってことでしょ?」
声に出して返事が出来ず、ひきつった顔のまま一つ頷く。ていうか、これ、誘導尋問ですか。
「プラチナカードの人は、その夢をかなえるためのスキルに関しては、わずかに経験値にボーナスが付くの。初めは分からないくらい。でも、積み重ねれば普通の人より成長率がいいのは明らか。そいつは、最強の回復魔法の使い手になるとか言って、ODOの最初期からダイブしていて、ゲームにかなり時間をつぎ込んでる。でも、そんなの廃人さんたちはみんな同じ。少なくとも日常生活にまともに時間を使ってるだけ、あいつのほうが潜ってる時間は少ないはず。それでも、あいつは戦闘系のイベント攻略の最前線で、トッププレイヤーと肩を並べて戦ってるわ。レベルや戦闘技術じゃない、回復魔法が強力だから」
えーっと、とにかく、やたらと回復魔法に秀でた知り合いが、いると。で、ゲームにだけ時間使ってるわけじゃないと。そういうことかな?
「つまり、人よりもわずかではあっても、短い時間でスキルが伸びてるってこと。そりゃ勿論、ボーナスがあったってちゃんと考えて成長させなきゃ意味はないから、あいつ自身の力でもあるんだけど。あいつから直接聞いた限り、プラチナカードにはそういう特典も付いているってこと」
えぇと、つまりなんて言うか。
「エリステルは、つまり、私のスキルの経験値の入り具合が、ボーナスついてるように感じるって、ことですかね?」
長々と語ってもらった割にこんな結論で申し訳ないですが、正直逆に長すぎて段々と何を言われているんだかちんぷんかんぷんだったんだけど。
「その通り!」
びしっと人差し指を突き付けられて宣言された。
でも次の瞬間、ちょっと険しい顔になったエリステルが、腰の得物に手をかけた。
「え、え、何なに?」
私を切る気なのか!? プラチナカードかもしれないってだけで!?
PKオフですよねおねーさん!!?
「ふっ」
軽い呼吸とともに鋭い切っ先を突きだされて、腕でかばいながら思わず目をつむる。
しかし、衝撃はまったくない。
恐る恐る目を開くと、エリステルの突きだしたレイピアは私の左脇を抜け、後方へと伸びている。
「あーびっくりした!」
「!?」
びっくりしたのはこっちなのに!? 驚いて声が出ませんけど!
「どうしたの、変な顔して? あっ、やった! レアアイテムゲット!」
自分のパネルを眺めて無邪気に喜ぶエリステル。一体何が起こったんだか、まったくわかりませんが。
「いやー、コハクってば強運? 悪運? なんにしてもすごいよ。この草原で滅多に出ないんだから、サイレントバード。うふふー♪」
喜びのあまりかくるくる回って踊っている。…しかし珍妙な動きだな。
「…エリステル?」
「何?」
くるりと振り向いたエリステルの顔が一瞬にして凍りついたのが分かった。
「随分と、楽しそうだね?」
ああ、こんなに低い声、出るものなんだなあ。
うふふ、どうしたの、そんなに怯えた顔をして。
「エ・リ・ス・テ・ル?」
「いやああぁぁ!!」
両手を上げて降伏のポーズをとったエリステルは、どこから出るのってくらい大きな声で叫んだ。
ていうかちょっと怯えすぎでしょ、失礼な。
「いきなり武器向けるとか、何考えてるの?」
「ご、ごめんなさい~」
柔らかなほっぺたをみょんみょんと引っ張りながら、エリステルに説教する。
涙目で謝るエリステル。ほっぺが伸びても美人は美人なのね。
「一言断ってもいいでしょう? 無言で攻撃とかどうなの?」
「こ、コハクひゃん~、ゆるひて~」
ところどころ言えていないのがちょっと可愛いけど、許しません。
「いくら現実じゃないって言っても、驚くでしょうが! 2度としちゃダメ!」
「ひゃいっ」
のばしたほっぺをパッと放すと、エリステルは驚きもあったのか飛び上がって奇妙な返事をした。
「ううう~…コハクがいじめる」
「私はエリステルにいじめられた気分よ」
ほっぺをさすりつつ涙目のエリステルは、なんだかんだ言っても可愛かった。しゃがみこんでるのもポイント高い…今どこからか「なんのだよっ」って突っ込みが聞こえた気がするけど、気にしない気にしない。
しかし、さっきまでのやり取りが全部吹っ飛んでしまったじゃないか。
これで忘れてくれてればいいけど…。
「コハク、プラチナカード…」
忘れているわけがなかったよね。
しゃがみこんだエリステルが、ちょっと赤くなった頬をさすりながら、涙目で見上げてくる。
「プラチナカードでよかったね。きっとすぐ、着物作れるようになるよ?」
多分、その時の私の表情は、相当間抜けなものだったと思う。
「生産系で、始まりの町にまだいたのに3割も経験値入るんだから、やり方覚えたらあっという間だよ」
にこっとエリステルが笑った。涙目でほっぺが赤くても、笑顔も最高に可愛い。
つられて私も笑顔になる。
決してじわじわ湧きあがってきた喜びのせいではない。うん。
「…やり方教えて?」
「え!?」
一瞬にして、エリステルの笑顔が固まりました。
何故でしょうね?