13.初めての外
「わー! 待って待って、来ないで!!」
「コハク、落ち着いて! ただの一角ウサギだよ! コハクのレベルなら刀が当たれば倒せるから!」
かなりの跳躍力を持って飛びかかってくる『一角ウサギ』。HPの帯と名前、レベルは見えるけど、その他の情報はまったくもって分からない。
こっちに向かって結構勢いよく飛んでくるものだから、つい思い切り刀を振り回してしまい、上手く当てられないし、正直に言うと当てたくない。
「もう、いや、だっ、てば!」
「あぁ、コハク、そんなに腕をふりまわしたら…」
ミニスが心配げに色々言っているけど、正直目の前のものに精いっぱい。
「あいたっ」
避けたはずなのに肩に何かが当たって、自分のHPがわずかに削れる。
「なんで!?」
と思ったら、気づけばウサギが2匹に増え、しかもどうやらその角で攻撃されたらしかった。
でも、赤いエフェクトが発生しただけで特に傷らしい傷が付いたわけではない。
「なんだ、あんまり生々しくないんだ」
そう思ったら急に平気な気がしてきた。
二匹いるので面倒だけど、とりあえず両方が視界に入るような位置を確保しながら、まず一匹を冷静に狙うことにする。
正直刀自体の構え方がよく分からないので、たぶん傍から見たらかなりのへっぴり腰に違いない。
それでもとりあえず、飛びかかってくるタイミングに合わせて…
「やっ!」
刀を振りぬいたりはしない。はっきり言ってこんなミニスより一回りくらいしか大きくない飛びかかってくる動物に向かって振りぬいて、当てられる気はまったくしない。
なので、飛んでくる軌道上に刀の刃を置くように向けてみた。
「きゅッ!」
あ、ちょっと鳴き声可愛いかも。と思ったのもつかの間、何かに当たったなというくらいの感覚だけが手のひらに伝わってきて、一角ウサギの体をすり抜けた刀の部分が黄色い線状のエフェクトになって残る。
一角ウサギの体はとさりと地面に落ち、虹色の小さなシャボンみたいなエフェクトが出てはかなく消えた。
「ふあー! ゲームっぽい!」
というかゲームだからっ、と合いの手を入れる突っ込み要員は幸か不幸かいなかった。
結構リアルな感じがあるので、テーマパークか何かにいるような気分になっていたのかも。
「いたっ」
「コハク!」
ぽけっとエフェクトが消えていくのを見ていたら、もう一匹をうっかり忘れてまた攻撃されてしまった。
今度は角が足の腿のあたりにクリーンヒットしたらしく、赤いエフェクトに火花が散って、HPが1割ほど持って行かれた。
「なに、するのっ!」
地面に着地した一角ウサギが、攻撃後で動きが鈍くなっている様子のところめがけて今度は明確に刀を振り下ろした。
手に伝わる、当たったという感覚。黄色いエフェクトが出て、ぴぎゅ、と一角ウサギがつぶれたような声を上げた。
そして、一匹目と同じようにシャボンのような虹色のエフェクトとともに、泡のように姿が消えた。
電子音とともに、パネルが勝手に展開する。
『24の経験値を取得しました。
16qを手に入れました。
以下のアイテムを入手しました。
・一角ウサギの角×1』
「…これもいちいち出てくるのか。ミニス、表示しなくするのはどうするんだっけ?」
ミニスの指示に従って、戦闘時の自動パネル表示をオフに切りかえる。
このパネル、便利といえば便利なんだけど、結構視界を遮るので邪魔といえば邪魔でもある。
スキルのほうは町にいる間にすでに表示をしないように設定してしまっていた。だって、ちょっと経験値を得るだけでいちいち表示されるのだから、邪魔くさくて仕方ない。
ちなみに、イベントに関する自動表示はオンのままだ。だって、イベントと気付かないまま、進行したと気づかないままにスルーする恐れが…。
街道の一本道を、右側へ左側へと寄り道しながらも進んでいると、なんだかんだで一角ウサギや尾長ネズミがちょこちょこと現れて、あっという間にレベルが一つ上がっていた。
「…こんなに早いんだね」
「スキルの経験でもらえるレベルの経験値はあくまでおまけ。対してモンスターを倒すことは直接レベルの経験値がもらえるし、戦闘中に使用したスキルの経験値ももらえるんだよ」
「…理不尽じゃない?」
「そんなことないよ。物を作ったりするスキルは、レベルに大きな影響は及ぼさないけど、スキルのランクが上がると、ステータスに様々なボーナスを与えてくれるんだから」
「…まあいいや。損じゃないなら」
もはや分かっても分からなくても大して困りはしない…はず。
別にいいんだ。強くなることが目的じゃないし。
「ミニス、そんなところいないでこっちおいでよ」
「にゃ」
「あっ、頭の上じゃなくてっ、ああ! 耳にじゃれないで…ってまたネズミ!」
ミニスとじゃれつきながら、時折戦闘になりながら第1の町を目指す。
一面の原っぱと遠くに見える町の影、山や森の景色と、晴れ渡る青空の景色はとても気持ちがいい。
「おーい! コ、ハ、クー!」
のんびりゆくことしばし、町のほうから手を振る人影がひとつ。
「遅いよー!」
そんなことを言いながら走り寄ってくる。
「あ! コハク右!」
「右?」
と思って右を向くと、背中から衝撃。
またもや一角ウサギだった。
「もう! いい加減に、して!」
刀を抜きはらい、着地地点で地面を蹴る一角ウサギに向かって刀を突きだす。
ぴぎゅ、とか鳴声を上げながら、虹色のシャボンになって一角ウサギはかき消えた。と同時に、電子音が聞こえる。
『<刀術>のランクが上がりました。
スキルの種類が増えました。
装備できる刀の種類が増えました。
アクティブスキルを取得しました。』
「え゛!?」
驚きのあまりに女の子としてあるまじき声が出た。
「ごめん~コハク! って、なに固まってるの?」
慌てて駆け寄ってきたエリステルが、動きを止めた私に首をかしげて、覗き込んでくる。
「だって…だって、スキルのランクって、こんなに早く上がるものなの? 外に出て、戦って、まだ30分も経たないのに?」
「え? 戦闘系のスキルランクは最初上がり早いよ? あ! スキルランク上がったんだ! おめでとう! ってことは、もうレベルも5か6でしょ? よかったー! これなら一緒に狩りしても大丈夫!」
衝撃のあまりに固まっている私などそっちのけでエリステルは大喜びしている。というか、まって、ねえ、「戦闘系のスキルランクは最初上がり早い」ってどういうこと?
「コハク? 大丈夫? ねえ、聞いてる!?」
エリステル、大丈夫、聞いてる聞いてる。とか返事を出来ただろうか自分。
横でとび跳ねたり手を振ってみたり、声をかけるのに必死なエリステルは置いておき、慌ててパネルを開く。
スキル…上位スキル…<刀術>ランク2。<裁縫>……ランク1。
下位スキルの詳細まで見てみても、明らかに<刀術>のほうが経験値の入りがいい。裁縫は、ランクアップまで時間がかかるのは明白だ。
「あ! わかった! 生産系のスキルと見比べてるんでしょう?」
エリステルの言葉に、ようやくその顔をまともに認識する。
「なんでわかったの、って顔してる」
エリステルのにやにや顔と発言に、早く続きを言ってよと思わなくもない。
「コハクは着物作るのが目的だもんね。となれば上げたいのは当然生産系のスキル。でも、ゲームの情報にはうといコハクだから、当然スキルの上り具合は、あまり分かって無い」
悔しいがその通りなので言い返さない。
「この手のゲームには多いんだけど、単純にレベルを上げて戦闘面で強くなるよりも、武器や防具なんかを作る生産系のほうが、上達しにくいのよ。このODOにおいてもそう。戦闘系と生産系だと、スキルランクの経験値は設定が…」
なんだかまたよくわからない話になりそう、と思ったら、私の表情で何を考えているのか分かったらしく、エリステルの言葉が止まる。
「…コホン。まあとにかく、生産系のほうがランクを上げるのは大変ってこと。戦闘系もそこそこ上がった後はなかなか上がりにくいけど、最初のうちは楽しいくらいすぐにランクが上がるの」
そんなの、聞いてない。
「詐欺だ!」
「痛い!」
広い野原の真ん中で、私は叫んだ。
ついでに、エリステルの背中を叩いた。