9.クエストクリア
シスターという表現は間違っていないと思う。
所謂修道服を身に着けていたからだ。
「シスター、お姉ちゃんたちが二人を助けてくれたの」
「転んじゃってね、大変でね」
子供たちがわらわらと周りを囲み、状況説明をしている。
その話を頷きながらよく聞いて微笑んでいる姿は、まさに聖母。
「お二人とも、子供たちのけがを治していただき、ありがとうございます。なにか、お礼をさせていただきたいのですが…」
「そんな、お礼なん…」
断ろうとした私に思い切りエリステルが私の口を抑え込んできた。
「真っ先にお礼断らない! 内容聞いてからでも遅くないでしょ」
小さな声でお説教された。
シスターは気にした様子なく、話を続けた。
「お二人は文字を読めますか。もしよろしければ、読み方をお教えします」
よ、読み方って教わらないと文字が読めなかったのか…!
どうりで看板がひとつも読めないはずだ。
「ぜひお願いします!」
唖然と固まる私をよそに、エリステルは力強く返事をした。
「では、こちらへどうぞ」
にっこりほほ笑んだシスターは、私たちを平屋建ての建物に案内してくれた。
平屋建ての建物は、今はもうほとんど文化遺産的な扱いの、学校の校舎を思わせる作りだった。内装もその雰囲気に近く、まっすぐな廊下の片側には一定間隔に引き戸が設けられ、室内の廊下側の壁のほとんどは胸の高さの引き窓になっており、中がよく見える。並べられた机といす、前方には黒板があり、これぞ教室といった雰囲気だ。
廊下の反対側はやはり引き窓になっていて、さっきまでいた入口と前庭が見える。今は子供たちが楽しそうに、また鬼ごっこに興じていた。
「ここは学校なんですか?」
「ええ、この建物はそういう役割になっています。主には子供たちに勉強を教えていますが、子供に限らず、知識を必要とされる方にはここで学んでいただけます」
そう説明した後、相応のお気持ちはいただきますけれど、とシスターは付け足した。うーん、ただでは手に入らないよね、やっぱり。
「お二人には子どもたちを助けていただきましたから、そのお礼と思って遠慮なく学んでください」
お気持ちが一体どのくらいのものなのか分からないけど、少なくとも初心者ポーションよりは高いのかもしれない。
そういう意味では得したのかも。
少し小さめの教室のひとつに案内され、シスターから50音表のようなものを渡され、一つ一つなんと読むのか教えられた。
すると「識字スキル」というものを手に入れた。今や手元の50音表は、すっかり本当にあいうえおの50音表に見える。
スキルを手に入れることで、ようやく読めるようになるということなのだろう。
「これでお二人は、簡単な文字は読めるようになりました。たくさんの文字を目にして、スキルの経験値がたまれば、段々と難しいものも読めるようになるでしょう」
もとの通り前庭に案内され、シスターはそう締めくくった。そして、役目は終わったとばかりに、笑顔でそれでは、といって、渡り廊下の奥にある中庭のほうへと去っていった。
シスターが見えなくなると、電子音が聞こえて、勝手にウィンドウが展開する。
『クエストクリア!
お使いイベントを達成しました。
報酬を手に入れました。
報酬内容
交換チケット×1
報奨金×1,000q』
「さすがに初心者向けのイベントだわ」
ひとり言だったのか、あまり大きな声ではなかったが聞こえたエリステルの言葉は、あまり意味が分からなかった。
「どういうこと?」
「だって、ひとつでもラッキーと思ってた交換チケットがもう一枚に、初期の所持金と同じ1,000qをもらえるのよ? さっきのクエストで初心者ポーション買わされたし、どうしようかと思ってたの。一気に所持金が倍だと安心感あるわー」
「………」
言わないほうがいいだろうか。3つ目のクエストの時に100qもらったこととか、最初から所持金が10,000qあったこととか。
もしかしてこれが、ライトさんの言っていた『ちょっとした特典』というものなのか。
人の十倍の所持金…つまり、どちらを買おうか人が悩むところで、どちらも買えたりしちゃうってことだ。それってかなり破格の待遇なのでは。
市場価格が分からないから何とも言えないけど、1,000円のお小遣いと10,000円のお小遣いじゃ違いは明らかだ。
よし、黙っておこう。
「ちょっと、どうしたの?」
「えっ? あ、うん、なんでもないよ。ところで、最初に持ってる物って、どこで確認するの?」
「あーそれ! もうコハクって本当にゲームしないんだね。びっくりしちゃったよ」
どうやら話はそれたようだ。
「まずはパネル開いてくれる?」
「うん」
「パネルを開くと…」
説明してくれるエリステルは、自分のパネルを見ながら話をしてくれているようだ。
所持金の件から考えても、おそらく他にも特典は散りばめられているだろう。それを思うと、例え人にパネルを見せることが出来るのだとしても、エリステルに私のパネルを見せることはとてもできない。
エリステルの案内に従ってパネルを確認すると、アイテム一覧にたどり着けた。
「手渡しで受け取った物は、その腰についているポーチに入れると勝手にアイテム欄に収納されるし、入りそうにないものは、パネルのアイテム欄にある『収納』を使うとしまうことが出来るわよ」
それについては、実は知っている。なにせ、渡された裁縫道具をしまえなくて四苦八苦していた私に、笑いをこらえながらライトさんが教えてくれたので。
「コハク、そのポーチは数量制限と重量制限があるから、考えて入れるんだよ」
ミニスからの注釈も入った。
「数量制限と重量制限…」
「まあ文字の通りね。このポーチはひとつのアイテムにつき15個まで収納可能。また、それぞれのアイテムには重さが設定されていて、その総重量が150まではしまうことが出来るの。例えばさっきの初心者ポーション、ひとつ重さは1の設定。パネルでアイテムを選択すると、重量が書いてあるわ」
アイテム一覧にある初心者ポーションを選択すると、説明のウィンドウが展開した。
『初心者ポーション:重量1
レベル10まで使用可能。
HP総量に関わらずHPを100回復する効果がある』
説明のパネルを閉じると、所持数はアイテム名の右側に書いてあり、14となっていた。先ほどは所持数ぎりぎりまで購入してしまったらしい。
ポーチの中の総重量に関しては、アイテム一覧、となっているウィンドウ名の脇に56/150と表記されていた。
初心者ポーションのほかには、テンプル服飾店でもらった『初心者の裁縫セット』に『端切れの束<綿>』と、練習で作らせてもらった『布の袋<綿>:ランク1』それからイベントでもらった『交換チケット』に『折りたたみナイフ:ランク1』『ドロップ瓶<フルーツキャンディ>:15/15』だ。
エリステルの説明で、現在の装備も確認することが出来た。
所持しているアイテムとは別に、装備しているものは装備品の欄で見ることが出来るらしい。
『装備品 重量 9/20
武器:なし
頭:なし
体:町人の服+2 重量3
手:布の指なし手袋+2 重量1
足:ショートブーツ<皮>+2 重量3
装飾品
1:布の前掛け+2 重量1
2:なし
3:なし
かばん:初心者のポーチ 重量1』
「初心者のポーチって重量1しかないの?」
明らかに+2とかも怪しいのだけど、プラチナカードの特典の可能性大なので、そのほかに目に付いたところを聞いてみる。
「えっと、確かね、初心者って頭に付く装備品は、重量とかの制限が最小にしてあって、誰でも装備が可能なように出来てるらしいよ。その代わり、売ったり買ったり誰かにあげたり、やり取りは出来ないようになっているみたい。他にも、持ち物で初心者ってつく場合は、重量は軽くなっていて、売り買いは出来るけどレベル制限があったりするらしいし」
「へえ~」
エリステルって本当に、しっかりと調べてからゲームを始めてるんだなって分かった。
「さて、持ち物の確認も済んだなら、交換チケット使いに行こうか!」
「え、と」
「いいから、行こうよ! ね! せっかくだし!」
要は、また迷う気はないので、道案内よろしくね、ってことですね、そうですよね、きっとそうなんだろうな。
そろそろ一度アセント(※1)しちゃおうかと思っていたんだけど。
「仕方ないなあ」
「やった! ありがとう」
嬉しそうなエリステルを見ていたら、もうちょっと楽しんでいたいなって、そんな気になったから。
※1アセント…ダイブの反対で所謂ログアウトに当たる言葉。VRを中止する際に「アセントする」という表現をする
3/19 表現訂正