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私のおばあちゃん

 おばあちゃんの手は魔法の手だ。


 まるで針が別の生き物みたいに布を泳ぐ。


 しわしわのおばあちゃんの手は、布と針を持つととても綺麗だ。


 いつもにこにこ笑っているおばあちゃんは、布や針を手にすると人が違ったみたいに真剣な顔で、怖いくらいだった。


 黙ってみていればいいのに、綺麗な布があるとつい近づこうとして、優しいおばあちゃんもそのときばかりは厳しかった。


 怒鳴りはしない。けれど厳しい顔で私を見た。


 そして言うのだ。


「これはお客さんの大事なものだ。近づいちゃならん」


 そうして言われるのは、限られた仕事の時だったと今ならわかる。


 たくさんのお礼の手紙、一つ一つが丁寧にとってあって、そこにはたくさんの感謝の気持ちが綴ってあった。


 いつしか私はおばあちゃんになりたいと思っていた。


 それはだんだん、おばあちゃんみたいな大人になりたいに変化した。


 でも、なにより私がしたかったのは、おばあちゃんのように着物を作ることだった。


 だが、現実は厳しい。


 それを最初に知らしめたのは、母の一言だった。


「やあね、あんたったら本当に不器用なんだから」


 小学校五年生の家庭科の授業で、初めて針を持った日のことだった。


 波縫いとか、返し縫いとか、そういった基本的な縫い方を習って、実際に布に何針かずつ縫いつけるだけの授業だった。


 その授業に使い、持って帰った布を見ての一言だった。


「一体誰に似たんだか」


 悪気がないのは小学生ながらに分かっていた。あっけらかんとしていて細かいことは気にしないおおらかな人だ。おおらか過ぎて若干鈍いのが玉に瑕と親戚中で言われていた。


 私のショックには気が付いたのだろうが、そのショックの度合いにはどうにも気が付けなかったらしい。


 それまで私は、自分がいつかおばあちゃんのように自在に針を操れるものだとかけらも疑っていなかった。


 しかし、その時初めて自覚したのだ。


 不器用という言葉は、おばあちゃんのようにあの華麗な手さばきをすることが出来ないということすら意味するのだと。


 それは、私の心に大きな傷を残した。


 もちろん当時自覚はなかったし、なんでショックを受けたのか、分かっていなかった。


 だから、母はもちろんのこと、無口な父や、受験生だった兄、学校の友達や先生にも相談しなかった。しようと考えもしなかった。


 そのときおばあちゃんが生きていれば、何か違ったかもしれない。


 不器用だと着物を作れないのか、と聞くくらいはしただろう。


 だが、その時点でおばあちゃんは鬼籍に入っており、答えをもらうどころか思いを打ち明けることすらできなかったのである。


 そして、私には情熱を傾けるものがなくなってしまった。


 友達と遊んだりする以外の時間の使い方が思いつかず、なんとなく勉強したり、本を読んだり。漫画やゲームはおもしろいけどなんとなくお兄ちゃんのモノって感じで、あんまり触らなかった。


 自分では作れなくても、着物が好きなことに変わりはなかったので、中学生なり、高校生になり、行動範囲が広がるにつれて、和風小物のお店や、呉服屋さんや、手芸店などを巡るようになった。


 それでもやっぱり、私の中にはもやもやしたものがあった。


 自分で、着物を作りたい。おばあちゃんのように鮮やかな手並みで、綺麗な布に命を吹き込みたい。


 そんな思いを抱えたまま、高校二年生になったある日のことだった。


 大型連休に合わせて、社会人になったお兄ちゃんが帰ってきて私にこう言った。


「お前、これやってみないか?」


 そして出会ったのが「Only Dream Online」だった。

3/28章追加の関係でサブタイトル変更

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