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七話 贈り物

 わしは八歳になりおった。

 一年間みっちりと小等部で基礎の基礎を骨の髄まで叩き込まれ、魔力の調整というものを覚えたわい。

 学園長によるテストを見事合格して、高等部へと戻ることなになったでな。

 その間も、一応寮生活は続けておったわい。

 逆に爆弾を抱えたわしを家に帰すことを恐れたふしもあるじゃろうて。

 スレナはあれから一年間、ひとっことも口をきいてくれんでな。

 相部屋だけに、そりゃもう気まずくて地獄の日々じゃて。

 わしが謝罪の気持をこめてこしらえた赤い毛糸の帽子は、一度もかぶってくれなかったわい。

 髪の毛のようにだらりと毛糸を垂らしたのがいけなかったのかもしれん。

 しかし今では綺麗なくせっけの赤髪が肩まで伸びておる。

 キリエや他の女子生徒は、チリチリの度合いが小さかったので菓子折りを持って謝りにいったら許してくれたでな。

 残念なことにミッチル先生の毛根は死滅してもうた。

 毎日自分で頭をヒーリングしておるが効果はないようじゃ。

 時すでに遅し。


「サーシャちゃん、明日から高等部なんだ」

「うん、本当にごめんなさいスレナさん」


 やっと口をきいてくれたで。

 わしが高等部に戻るまで口をきかないと決めていたのかもしれんのう。

 

「次やったら殺すから」

「うん」


 スレナは口元をあげてにこりと笑ってそう言うが、目が笑っておらんで……。

 確実に殺されるでな。

 範囲魔法は気をつけねばならんのう。

 核爆弾のイメージがわしの頭にあったのがいけんかったのかもしれん。

 まあ、今では大丈夫じゃ。

 めんどうくさいので省いていたながったらしい詠唱も、ちゃんと唱えるようにとお灸をすえられたでな。


「サーシャちゃん食堂行くよ」

「うん」


 そういえば授業も終わり、そろそろ晩飯の時間じゃの。

 本館のてっぺんにある鐘の音がキンコンカンと晩飯の時刻を告げておるで。


 入学式を行ったときの大広間が食堂もかねておる。

 一番下の階じゃて。

 食堂のおばさんが食事をつくり、盆を持って並ぶスタイルじゃ。

 残念ながら魔法で食事がぽんぽん出てくるわけではないでの。

 孫がそんな外国の映画を見ておったわ。

 

 食事を済ませると次は風呂じゃ。

 川から水を引いて、毎日用務員のおじさんが薪を焚いて湯を沸かしてくれとるで。

 用務員のおじさんにもこっぴどく怒られたでな。

 爆弾事件で庭の芝生をほとんど剥がしてしまったでの。


 

「ふぅ~いい湯加減じゃ」

「サーシャちゃんおばあちゃんみたいだね」


 スレナがぷっと笑ったで。

 ようやく笑ってくれおったわい。

 わしはタオルを頭に乗せて湯船につかると、どうしても素が出てしまうでな。

 こればっかりは仕方ないでの。

 年寄りにとっては至福のひとときじゃて。


 明日から迎える高等部二年の授業のために、英気を養うべく早めに寝たのがいけんかった。

 夜中に目が覚めてしもた。

 全然眠くならんわい。

 寝る前に水を飲みすぎたのもいけんかった。

 トイレにいかんと漏れてまうで。

 わしはトイレに行くことにしたでの。

 元いた世界と時間は大体一緒なので、深夜一時といったところかの。

 スレナはすやすやとときおりいびきをかきながら、気持ちよさそうに眠っておるわい。


 トイレはめんどうなことに一階じゃ。

 水洗トイレなどない世界での。

 電気もないのでポンプで水をくみあげることもできんのじゃ。

 だから一階にボットントイレがあるんじゃて。

 

 館内の廊下には、十メートル間隔で壁掛けランプが備え付けられているとはいえ、暗いのう。

 明りとりの窓からは月明かりさえ差し込まん。

 それもそのはずじゃ。

 この世界は太陽はあっても月はないでの。

 廊下のいたるところに掲げられた肖像画がわしを睨んでいるようじゃ。

 まるで目でわしを追っている感覚すら覚えるで。

 しかしわしはまったく怖くないでの。

 棺桶に片足突っ込んだ状態で死んだ八十九歳のばあさんに怖いものなどないで。

 

 何度も道を間違えながらやっとこさ女子トイレに辿り着くと真っ暗じゃ。


「ファイア」


 とりあえず最小限のファイアで明りを灯す。

 上達したもんじゃな。

 トイレの個室に入ろうとしたときじゃった。


「しくしく……」


 ん? 誰じゃ?


「しくしく……しくしく……」


 誰か泣いておるで。

 どうやら一番奥の個室じゃの。


「大丈夫?」

「しくしく……」


 声をかけても泣いとるばかりじゃ。

 なにかあったんじゃろか。


 コンコン。

 

 ドアをノックしても返事はないで。

 ドアノブを回すと鍵はかかっておらん。

 試しにドアを開けてみると、そこには十五かそこらの女の子がしゃがんで泣いておるで。

 あれじゃね。

 七不思議のあれじゃね。

 まさしくこれはこの世の者ではないわい。

 半透明で色彩はないでの。

 わしは生前も霊感は強かったでな。

 

「なんで泣いてるの?」

「しくしく……あたしが見えるの……?」

「見えるよ」


 わしがそう言うとお化けは顔を上げおった。

 つぶらな瞳でかわいい娘じゃね。

 

「好きだった人に裏切られたの――」


 お化けは語ったで。

 ミルチルというこの女の子は、自分でも思い出せないほどのはるか昔、手首を切ってここで自殺したのだそうじゃ。

 将来を約束した男子生徒は他の娘を選んだらしいで。

 しかしミルチルのお腹には子が宿っていたそうな。

 むごい話よのう。


「のう、ミルチルや。いつまでもここで泣いておっても成仏できんよって」

「え? あ、あなたは?」


 お化けには隠す必要もあるまいて。

 逆に年寄りの方が効果的じゃ。


「どうじゃ? わしにまかせてみんかのう。成仏させたるで」

「成仏? なんのことなの?」

「天国に行くことじゃよ」

「て、天国……」


 じいさんが死んで、わしが寝たきりになってからも、毎日仏壇に向かって読経してたでの。

 じいさんの仏壇はわしの寝る布団の真横じゃ。

 経典はまる暗記しとるで。

 宗教は違うじゃろうが、まあ大丈夫じゃろ。

 なんとなくそんな気がするでな。


「手を合わせて目を瞑るがええ」


 わしがそう言うとミルチルは手を合わせてつぶらな瞳を閉じてうつむいたで。


「如是我聞。一時薄伽梵金剛界遍照如來。以五智所成四種法身。

 於本有金剛界自在大三昧耶自覺本初大菩提心普賢滿月不壞金剛光明心殿中――」


 しばらく読経を続けるとミルチルは淡い光に包まれてふわりと浮かんでいくでな。

 頭が天井をすり抜けていくで。

 成功じゃな。

 成仏じゃ。

 なんか逆にうらやましくなってくるで。


「ありがとう――」


 ミルチルは天に昇っていったわい。

 これで七不思議は六不思議になってもうたが、まあよしとするかの。


 チャリン――。


 はてなにかのこれは。

 ミルチルの手からなんか落ちよったで。

 拾い上げるとそれは銀のプレートのついたペンダントじゃった――。

 

 


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