六話 爆弾娘
やってもうた。
わしはとんでもない失敗をやらかしてしまったわい。
その失敗のおかげで、わしは今小等部一年生の授業を受けておる。
まあみんな六歳児かそこらなので、七歳のわしと見た目はたいして変わらんのだがの。
「サーシャさん、ボケっとしてないでちゃんと聞きなさい」
「はい」
考え事をしとったら、マーサル先生に怒られてもうた。
マーサル先生は魔法の基礎の基礎を教える先生じゃ。
保育園の先生のような二十歳そこそこの若い女の先生じゃて。
授業内容としては、自分の魔力の総量からいかに魔力を調整して魔法を繰り出すというものじゃ。
例えるなら、ボールをゆっくり投げるのと剛速球で投げるようなもんじゃの。
プロ野球選手でもMAX160キロの速球を投げる投手もいれば、MAX130キロ前半そこそこの技巧派投手もおるで。
寝たきり生活のときは、テレビでプロ野球をよく見ておったでな。
わしはというと、500キロのとんでもない剛速球を投げる魔力のポテンシャルを秘めておるらしいのじゃが、ゆる~くボールを投げることができんのじゃ。
そういう差し引きというか、計算じみたことが苦手での、常に全開で魔力をぶっ放してしまうで。
昔から算数が苦手で通信簿は甲乙丙の丙じゃった。
その影響があるのかもしれんの。
だから常に最上級魔法クラスに近い魔法をぶっ放してしまうで。
ちなみにわしの魔力の総量が500だとすると、
ガルロ学園長――350
ミッチル先生――200
ミケロット先生――180
スレナ――150
ダルロ――140
一般生徒たち――80
まあ、こんなところらしいで。
ミッチル先生が言っておったわい。
わしの魔力の総量は、ザルド魔法学園創始者といわれる伝説のザルド大魔道士クラスらしいでの。
八十九歳という高齢でこの世界に生まれ変わったためかもしれんのう。
まあ、そこはよくわからんのじゃがの。
先生方も不思議がっておるで。
しかし口が裂けてもそんなことは言えん。
母のタリルと父のドーロンがびっくらこいて死んでまうで。
「サーシャさん! またボケっとして!」
「すみません」
一年生の子供たちがわしに指を差してゲラゲラと笑っておるで。
きっかけは三日前のことじゃった――。
☆★☆★☆
「みなさん、今日は範囲魔法の授業を行います。もちろん範囲魔法はそうそう使いこなせるものではありません」
中等部で習ったファイア系列の魔法や、ブリザート系列の魔法はいわば敵一体に向けられる単体魔法じゃ。
範囲魔法はその名の通り広い範囲に魔法を放ち、複数の敵を一網打尽にするそうでの。
そうそう誰にでも扱える魔法ではないらしいで。
「まず私が見本を見せますので、みなさん下がっていてください」
ミッチル先生は学園の庭に置かれた、馬に乗った騎士の銅像に杖を向けたで。
どうやらそれが目標らしいの。
銅像に向かってそんなことしていいのかいのと思ったのじゃが、どうやら敵国アラハルト王国の騎士を模した銅像らしいでな。
スレナが言っておったわい。
「穢れなき炎の精霊よ、灼熱なる炎の息吹を我に与えん、ファイアブレス!」
振り下ろされた杖の先から、うねる蛇のような炎が地面を這い、騎士の銅像を囲ったで。
まるでガソリンをぐるりと撒いて火をつけたようじゃ。
するとその炎が五メートルほどの火柱となり、竜巻のようにぐるぐる回りながら騎士の銅像に覆いかぶさるように飲み込みおった。
騎士の銅像を中心に半径五メートル以内の芝生は真黒焦げじゃ。
芝生を管理してる用務員のおじさんに怒られるで。
「これが炎の範囲魔法です。まあ、初級範囲魔法のファイアブレスですが」
なるほど、すごいもんじゃのう。
わしにもできるんかいの。
「ダルロ君、やってみるかね?」
「は、はい!」
ダルロが挑戦するようじゃの。
カチカチに緊張しとるわ。
「け、穢れなき炎の精霊よ、灼熱なる炎の息吹を我に与えん、ファイアブレス!」
ほう、ミッチル先生と同じように炎の輪が騎士の銅像を取り囲んだで。
しかしそこから、火柱が立ち上がることも、炎の竜巻が起きることはなかったわい。
「ははは、ダルロ君。そう簡単にはいきませんよ」
「は、はい……」
スレナにいいところでも見せたかったんじゃろて。
まあ、まあ、落ち込むでないでダルロ。
スレナや他の生徒たちもダルロと同じように失敗しおったわ。
難しいんじゃね。
「さすがのサーシャさんでも無理だとは思いますが、やってみますか?」
「はい」
う~む難しそうじゃがやってみるかの。
わしはめんどうなのでの、詠唱は常に一言じゃ。
「ファイアブレス」
なんじゃこれは?
杖の先で火の玉どんどん大きくなっていくわい。
「あ、危ない! みんな走って逃げなさい!」
ミッチル先生が叫ぶと、みんな慌てて走って逃げていきよる。
ミッチル先生も転びながら走っていくでな。
火の玉は空気を餌にしたかのようにどんどん大きくなって、直径十メートルほどの大きさでとまったわい。
すると、中心から閃光がほとばしり、大爆発を起こしよった。
まるで爆弾じゃの。
昔テレビで見たことがあるで。
核実験の映像じゃ。
あんな感じで炎をともなった爆風が、わしを中心にして広がっていくでな。
みんなは大丈夫じゃろうか……。
死んでまうで……。
爆風もおさまり、辺りの様子をうかがうとえらいことになっておった。
爆心地じゃ。
わしを中心に五十メートルほどが、あとかたもなく消し飛んでおる。
騎士の銅像もどっかにすっ飛んでしまったようじゃ。
百メートルほど先にバタバタと人が倒れているのがわかるでな。
わしは急いでかけよったで。
「みんな大丈夫?」
「うっ……う……」
「ゴホンッ! ゴホンッ!」
「くはっ!」
えがった、えがった。
かろうじて生きておるようじゃの。
しかし、みんなのマントはボロボロになって頭はチリチリなっておるで。
ただでさえ頭の薄いミッチル先生の髪の毛は全てなくなってもうた。
スレナの自慢の腰まで伸びた赤髪は、大阪のおばさんのようにチリチリのパーマになってもうた。
とりあえず、人命救助が先だでの。
わしはみんなに「はぁ~」スリスリと、ヒーリングとやらの魔法をかけてやったわい。
学園長やら、ミケロット先生やら全ての先生が総動員してこちらに駆けよってくるでな。
そしてわしのようにヒーリングとやらで生徒たちの傷を癒しておるわ。
そうじゃ、そううじゃ。
助け合いの精神は大切なことじゃよ。
ザルド魔法学園の塔の窓という窓からは、他の学年の生徒たちが何事かと顔を突き出しておるでな。
「サーシャ君! なにがおこったのだね!」
「わかりません」
学園長は血相を変えて訊いてくるが、わしにもさっぱりわからんでの。
困るで。
とりあえず、みんなは無事に回復したようじゃが――。
スレナを筆頭に女子生徒は、わしを鬼の形相で睨んでおるで……。
その頭じゃ無理もないでのう……。
「が、学園長……」
「ミッチル先生! これはどういうことだね!」
ミッチル先生はツルっぱ毛になった頭をさすりながらよろよろと立ち上がったでな。
毛根が死滅してなければよいのじゃがの。
「古い文献でしか読んだことはないのですが、これは多分デスファイナルの最終魔法かと思われます……」
「そんなまさか……」
「先生なにそれ?」
ちゃんとわかるように説明してくれんと困るでな。
「サーシャさん……伝説のザルド大魔道士が魔王ダイゴンに対して使用したとされる、範囲魔法の最終形態ですよ……」
「そうなんだ」
恐ろしい魔法もあるもんじゃて。
「サーシャ君」
「はい学園長」
「君は明日から小等部一年生からやりなおしたまえ」
「はい」
☆★☆★☆
これが三日前に起きた爆弾事件じゃ。
この事件のおかげでわしは、『爆弾娘』という輝かしい称号を得ることになってもうた。
おかげで小等部の子供たちにも笑い者でな。
「サーシャさん! 真剣に授業を聞きなさい!」
「すみません」
じいさんや、爆弾は恐ろしいでな。
戦地からよく帰ってこれたもんじゃのう――。