五話 はじめての告白
清々しい朝じゃ。
窓から外の景色を眺めると、雲ひとつない青空がどこまでも続いておるわい。
なだらかな草原の丘の向こうには森が広がり、荒削りされたような険しい山の峰が連なっておる。
わしの部屋から眺めるこの景色もしばらく見おさめかの。
「サーシャ来たわよ!」
タリルが下から呼んでおるで。
今日からザルド魔法学園で寮生活での、荷物がちと大きいので歩いて学園まではいけんのじゃ。
なんせまだわしは七歳での。
だから馬車を頼んだのじゃて。
「サーシャ、寂しくなったらいつでも帰ってくるんだぞ」
ドーロンが涙を浮かべてわしに頬ずりしてくるわい。
だからそれはヒゲがチクチクと痛いんじゃって。
まあ、わしを溺愛する親バカとはいえ、感謝せんといけん。
ここまでわしを育ててくれたのでな。
「じゃあ、パパ、ママ行ってきます」
涙交じりの両親を後にして、わしは馬車の荷台に乗り込みザルド魔法学園へと向かったのじゃ。
馬車といってもお姫様が乗るような屋根付きの立派な馬車ではないで。
干し草でも運ぶような荷台のついた馬車じゃて。
ガタンゴトンと揺られるうちにザルド魔法学園に到着しよった。
ザルド魔法学園は三つの塔を従えたお城じゃ。
左右に三角屋根のついた二十メートルほどの高さの塔が建ち、その真ん中に高さが五十メールはあろうかという大きな塔がそびえておる。
右手の小さな塔が、小学校にあたる小等部で六年制での。
左の塔がわしの通っておった中等部で三年制じゃ。
そして本館である真ん中の大きな塔が高等部の三年制で、男子寮と女子寮も本館にあるでの。
大学のようなもんはなく、高等部を卒業すればみななんらかの職につくことになっておる。
わしは七歳にして高等部一年へと進学してもうた。
卒業時には十歳ほどかの。
十歳で就職活動とは末恐ろしいもんじゃ。
昨今のニートと呼ばれる、働けるのに働かない若年層の見本にでもなればよいのじゃがの。
しかしここは異世界、見本を示しても見る者がおらん。
残念じゃ。
うんとこせと大きなバックをひっさげて、くねくねとした階段を上がる。
本館の中はまるで迷路のようでの。
わしが四歳のときに、はじめてミッチル先生に連れられて本館の学園長室に行ったのが懐かしいわい。
女子寮はどこじゃったかの。
羊皮紙に書かれた案内図を見てもさっぱりわからん。
「サーシャちゃんおはよう」
「スレナさんおはよう」
丁度よかったわい。
スレナが階段の下からトランクケースのようなでかい荷物を両手で引っぱりやってきおった。
海外旅行に行くわけでもあるまいて。
なにを詰め込んでおるのやら。
スレナの後に続き女子寮に辿り着くころにはヘトヘトになってもうた。
七歳児の膝にはこたえるのう。
「はぁ~」スリスリと。
女子寮のわしの部屋のはめ込みの窓から眺める外の景色は素晴らしいもんじゃった。
本館でも上の方の高さじゃろうて。
真下には前庭が広がり、騎士の銅像やらマントの石像やらが豆粒のようにぽつらぽつらと見えるわい。
そしてわしの家の二階から眺める景色とは違い、壮大なアルポスだったかに似た景色で埋め尽くされておる。
悪くはないでのう。
心が洗われるようじゃ。
「サーシャちゃん入学式もうすぐよ」
「うん」
スレナは鏡台に座り、ばっちりメイクでおめかししとるわ。
ちなみにわしとスレナ、二人の相部屋じゃて。
入学式とはいうが、普段着の上に黒マントをまとうだけでよかろうに。
おなごよのう。
☆★☆★☆
「え~それでは以上です。勉学に励み、健やかなる学園生活をお送りください」
くそながったらしいガルロ学園長の挨拶がようやく終わったわい。
あやつ三十分はしゃべっておったで。
椅子に座っておるのでまだいいが、これが起立しとったら、「先生! 佐藤君が倒れました!」と誰かが叫んでもおかしくはないでの。
「それではサーシャさん、高等部新一年生代表としての挨拶をお願いします」
そんなこと聞いとらんで。
ミッチル先生、無理ありすぎじゃろて。
そういうことは事前に連絡するもんじゃろが。
普通の七歳児なら全校生徒の前でガクガクと震えて泣いとるで。
仕方がないのう……。
三百人はおろうかという全校生徒の視線を一点に集めてわしは立ち上がり、壇上へと昇ったで。
体育館のような石造りの大広間はしーんと静まりかえっておる。
わしはおほんと拳を口元に当てた。
「若草が息吹き、桜の咲きはじめる、春の匂いを感じるこの今日、私たちはザルド魔法学園高等部の新一年生として入学しました。
彫刻や銅像に肖像画と美に装飾されつくした歴史あるザルド魔法学園の本館内を見ると、中等部の気分も一新し、いよいよ高等部だという実感がわいてきます。
そしてこれからいよいよ高等部生活がはじまります。
高等部はいろいろな面で中等部とは違います。
学習の面では、単体魔法から、範囲魔法へと学習内容は変わりますし、勉強も難しくなりますので先生方や諸先輩方の指導を仰ぎ頑張りたいと思います。
新しいクラスでは、いままで仲のよかった友達とも離れたり、新たなクラスメイトも増えるかもしれません。
時には相手の立場で物事を考え、イジメのない健全なクラス環境を整えていかなければいけないと思います。
私たちはまだ大人とはいえません。
壁にぶつかり、迷い悩むことも多いでしょう。
しかし私たちには持つべき友がいます。
共に励まし合い、共に努力してその高い壁を乗り越えていこうではありませんか。
一生に一度しかない青春をこのザルド魔法学園で存分に楽しみ、満開の桜を咲かせて青春を謳歌させましょう。
未来ある私たちの門出の第一歩がここにはじまります。
以上をもちましてご挨拶とさせて頂きます」
わしはペコリとお辞儀したで。
まあ、この世界に桜なんてもんはないじゃろうが入学式の定番なもんでな。
即興のスピーチとしてはまずまずじゃろて。
無茶させおるわい。
パチパチ――。
パチパチパチパチ。
『おおおおおおおおおおおおおおおお』
教師を含め全校生徒拍手喝さいじゃ。
そんな興奮せんでもよかろうて。
ミッチル先生は感動しておるのか涙を流して泣いておるわい。
無茶ブリさせたのはおぬしじゃろうて。
こうして入学式は無事に終わったのじゃった。
☆★☆★☆
「サーシャちゃんすごかったね」
「そうでもないよ」
女子寮に戻りわしとスレナはベッドに腰をかけてくつろいでおる。
部屋は十畳よりも少し広いくらいで、ドアを開けると両脇にベットがふたつ。
その奥に木製の勉強机が置かれておるで。
中央奥にはめ込みの窓がひとつ。
その下に供用の鏡台がひとつじゃ。
ちなみにわしのベットは右手だでの。
入学式の今日は授業はないらしいのじゃが、なにをすればいいんじゃろうかの。
テレビでもあればいいんじゃが。
コンコン。
「サーシャちゃんいる?」
ドアから誰か頭だけで覗いておるで。
誰かと思ったら、同じクラスのキリエっちゅう娘じゃった。
栗毛の三つあみのおさげの髪で、それだけからでも想像できるようにまさにソバカス顔じゃ。
わしともそこそこ話す仲のよい娘じゃて。
「な~に?」
「ちょっときて」
はて? なんじゃろかいな。
キリエの後に続くとそこは談話室じゃった。
談話室は男女共用のスペースで、二十畳はあろうかという大きな部屋じゃ。
暖炉がひとつに所々にテーブルとどっしりとしたソファが置かれておるで。
「ドルフル君が話があるんだって、じゃああたしは行くね」
キリエはにやりと笑い女子寮へ戻っていきよった。
目の前には見たこともない男子生徒が照れくさそうに立っておるわい。
誰じゃこれ。
「ボ、ボク高等部普通科一年のドルフルです」
「はい」
わしのクラスは特進魔法学科でな、いわば優秀な子たちの集まりじゃ。
普通科の生徒とはクラスも違うで見たことはない生徒じゃった。
「あの……友達になってくれないかな……」
「はあ」
ドルフルというこのさえない男子は、内股で人さし指を合わせてもじもじしながら下を向いとるわい。
困ったのう。
友達になってというのは建前で、これは告白みたいなもんじゃろて。
わしゃ七歳児じゃで。
犯罪じゃろ犯罪。
ロリコンにもほどがあるでの。
「付き合ってる人とかいるの?」
「いませんけど」
七歳児が誰と交際するというんじゃ。
七歳児が愛を交わしてちちくり合うわけなかろうて。
大丈夫かいのこの子は。
「もしかして好きな人でもいるの?」
「はい、います」
「そ、そっかごめんね……」
ドルフルという男子生徒はがっくりと肩を落としてどこかにいきよったわい。
そう、そう。
それでいいんじゃ。
もっと歳相応の子を見つけるがええ。
両親が泣いとるで。
まあ、見た目が七歳児と、頭の中がばあさんのわしに告白したつわものとして一応、心に留めておいてやるわい。
じいさん、わしははじめて告白されたでな。
でもじいさん、安心しておくれ~な。
わしはじいさん一筋じゃでの――。




