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四話 八十九歳プラス七歳の高校生

「サーシャちゃん、焼き魚定食頼むわ」

「俺はチャーハンね。味噌汁つけて」

「はーい!」


 わしは七歳になりおった。

 そして我が家は食堂になってもうた。

 パンばかりの食生活に飽きて、母のタリルに代わって台所に立ちチャーハンをつくったのがきっかけじゃった。

 タリルとドーロンはびっくらこきながら、もくもくとチャーハンをたいらげおった。

 かまどの薪だけでは火力が弱いので、ファイアの魔法を駆使してパラパラのチャーハンをつくったで。

 この世界で、はじめて口にするチャーハンはさぞ衝撃的だったに違いないでの。

 わしが前にいた世界とこの世界では、麦や米に野菜類と共通する食材は多かったわい。

 一部、わしでも見知らぬ野菜や花などがあるがの。

 どこでこんな料理を覚えたのかと両親に詰め寄られたで。

 しかしわしは、ザルド魔法学園の図書室で外国の文献を読んで、とごまかしたわい。

 ドーロンの職場の同僚のランドルがチャーハンの噂を聞きつけてわしの家に食べに来ると、噂は一気に広がったでの。

 かまどがひとつの小さな台所と、藁ぶき屋根の土壁の小さな平屋の一軒家では押し寄せる客たちをさばけるわけがなく、わしの家は大きな二階建ての石造りの家に変貌しおった。

 タリルに調理方法を教えてやり従業員を二人雇って『食堂サーシャ』は大繁盛じゃ。

 わしも学校が休みの休日などは店の手伝いをしとる。

 タリルはまだまだ料理の腕はなっとらんが、日々上達しとるで。

 食に対する興味がわいたのか、食堂サーシャのおかみさんとして生きがいを見つけたようじゃ。


 チリン――。


「いらっしゃーい」


 おやおや、お二人さんでラブラブじゃのう。

 ダルロとスレナが二人そろってやってきおったで。

 あのブリザード失神事件以来、二人の距離は徐々に縮まりダルロとスレナは付き合うことになったでのう。

 スレナはまだわしに心を開いてはおらんが、以前よりは優しくなっておるで。

 根は優しくて良い子なのはわかっとるでな。


「サーシャちゃん、僕オムレツね」


 ダルロはオムレツが大好物じゃ。

 ふわっふわのとろっとろのオムレツじゃ。

 オムレツの上に、ケチャップでハートマークを書いてやるとスレナは頬を膨らませて嫉妬するのが面白いわい。


「あ、あたし親子丼……」

「スレナはまた親子丼かい?」

「だっておいしいんだもん……」


 スレナは決まって親子丼じゃ。

 チャーハンに並んで親子丼は店の人気メニューじゃよ。

 こんなありふれたメニューがこの世界になかった方が驚きじゃね。

 

「スレナさん大盛りでいいんだよね?」

「う、うん……」


 こうやってわしが訊いてやらんとスレナは大盛りを注文せんのもわかっとる。

 本当は大盛りを注文したいのじゃが、年頃の乙女でこっぱずかしいんじゃろうて。

 パーマをかけたようなくりんくりんの綺麗な赤髪に負けじと、頬を赤らめて下を向いて恥ずかしがっておるわ。

 恥じらう乙女、青春じゃのう。


 


 ☆★☆★☆




「あ~おいしかった~、ね? スレナ」

「う、うん……げっぷ」


 二人は食事を終えると二階のわしの部屋でくつろいでおる。

 昼が過ぎて客足も途絶えがちになったので、母のタリルと二人の従業員で大丈夫じゃろうて。


「明日から高等部に進学か~」

「ちょっとダルロ! サーシャちゃんのベッドに寝るなんて失礼よ!」


 ダルロはわしのベッドに寝転がりながらそう言ったで。

 まあ別にわしは気にせんがの。

 ダルロの言う通り、わしたちは明日から高等部魔法学科の一年生となるで。

 早いもんじゃのう。


「それより、あたし心配なの」

「なにが心配なのスレナ?」

「高等部の七不思議……」

「ああ、ダイゴンか」


 ああ、あれじゃね。

 ザルド魔法学園の中等部は廊下続きの離れの別館にあるが、高等部は本館じゃ。

 そしてお城のような本館には七不思議があるとささやかれておる。

 学園内では誰もが知っておるわ。

 肖像画の目がきょろきょろ動いただとか、本館の女子トイレの一番奥の個室には自殺した女子生徒の幽霊が出るだとかじゃ。

 しかし、ありがちな七不思議の中にひとつだけ少し奇妙な話があるでの。

 本館の地下には頑丈に鍵がかけられた大きな鉄の扉があって、その先はダンジョンになっておるらしいのじゃ。

 そのダンジョンは地下何十階も続いておって最深部には魔王ダイゴンが幽閉されておるそうな。

 この学園の創始者ザルド大魔道士が千二百年前に魔王ダイゴンからこの土地を救ったと古い文献に記されてはいるでの。

 千二百年前の出来事なので真実なのか、神話のような創作なのかは誰にもわからん。

 ザルド魔法学園は魔王ダイゴンを祭った祠なのだという言い伝えもあるんじゃ。

 ダイゴン王国の王国名の由来は魔王ダイゴンからだと聞く。

 国王の名前はダイゴンでもなんでもなく、ラピリス十三世じゃ。


「魔王ダイゴンなんているわけがないだろ」

「だって、なんか不気味じゃない。高等部から本館で寮生活なのよ」


 そうなんじゃよ。

 わしも明日からザルド魔法学園で寮生活なんじゃ。

 店の手伝いができんくてタリルには申し訳ないが、ちょっとわくわくするでな。

 

「サーシャちゃんは怖くないの?」

「ちょっと怖いかも」


 スレナは不安な眼差しを向けてそう言うが、正直わしはまったく怖くなんてないわの。

 前世での八十九歳とこの世界での七歳を合わせれば、わしの精神年齢は九十六歳じゃ。

 もはや悟りの境地。

 異世界に転生したばばあの存在の方が不気味じゃろうて。

 しかし、少しはスレナに合わせてやらんといけんの。

 女とはそういう生き物じゃ。


「サーシャ~! 明日の準備はできてるの~?」


 タリルが下から叫んでおるわい。


「大丈夫だよーママー」


 三日前から、もうきちんと荷物は整理しておるわい。

 年寄りはまめなんよ。

 

「じゃあ明日学校で」

「サーシャちゃんまたね」


 夕方にダルロとスレナは帰っていきおった。


 この家ともしばらくお別れじゃのう。

 まあちょくちょく帰ってはこられるじゃろうが。

 ドーロンはわしをばあさんとも知らずに溺愛しとるでな、昨夜は泣きながら酒をあおっておったわい。

 

 フランス人形のようなフワフワのワンピースを着たわしは姿見の鏡の前に立つ。

 赤子からよくここまで成長したもんじゃ。

 母譲りの肩まで伸びた、こがね色の艶やかな髪。

 二重の切れ長の目の奥に光る、エメラルドグリーンの瞳は宝石のようじゃ。

 陶器のようになめらかな透き通る白い肌は、窓から差し込む西日に照らされ、茜色に染まっておる。

 わしは将来とんでもないべっぴんさんになってしまいそうじゃの。



 じいさん、若いってええのう――。

 うふふふふ。

 

 

 


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