二十一話 惨状
「本日のお昼ごろに、王宮から黒煙が立ち上っていたのを、みなさんはご覧になったと思います」
夕方にガルロ学園長が、全校生徒を大広間に集めて緊急集会を開いておる。
表情は陰りことの深刻さがうかがえるでのう。
小高い丘の上に建つザルド魔法学園から、王都の方角の遠くの空に黒煙が一筋立ち上がっていたのをわしも見たで。
「先ほど、王宮の使いの兵士がザルド魔法学園へとやって来ました。
王都北東部のリンリン市場で大規模な爆発が起きたようです」
リンリン市場といえば、早朝から深夜までお客さんがわんさか集まり、活気にあふれた王都最大の市場じゃで。
食い物屋なども多く点在し、『親子丼専門店ドンドンバリバリ』も近いでな。
「爆発の規模は大きく、周囲百メートルが炎をともなった爆風で吹き飛びました。
死者行方不明者が多数出ているそうです。
王宮でも混乱しているようで、正確な被害状況は掴めてはいないとのことでした」
なんということじゃ……。
風向きのためか爆発音はここまで聞こえなんだが、そんな大惨事になっておったとな……。
「ただはっきりしていることは、この爆発は複数の魔法使いによる同時範囲魔法だということです。何人なのか何十人なのかはわかりませんが、市場の中心に向けて一斉に範囲魔法を放ったようです。隠密に行動していたようですが、何人もの目撃者がいました」
デスファイナルのような爆弾魔法ではなかったということじゃな。
どんな範囲魔法なのかはわからんが、上級範囲魔法のたぐいなのは間違いないじゃろう。
「悲鳴や慟哭が市場を包みこむ混乱の中、敵は王宮の兵士に囚われることなく逃げたようです」
敵――。
やはりアラハルト王国の者の仕業かのう。
シルクハットのあのじいさんもいたのかもしれん。
「国境付近では今のところ目立った変化はないようですが、念のために見張りの兵士や魔法使いを増員しているようです」
丸い国土を持ったダイゴン王国の王都は南西部寄りに位置しておるで。
その少し南にザルド魔法学園があるでの。
アラハルト王国との国境は北から東にかけて広範囲じゃ。
見張りの増員はやむえんところじゃろう。
すぐに戦争が起きるとかいうわけではないようじゃが、テロのように民間人を狙うとはなんと卑怯なやつらじゃ。
しかしアラハルト王国の仕業と断定できない以上、報復に出るのは難しいのじゃろうか。
「そこでお願いがあります。
王都ではケガ人であふれ、ヒーリングで傷を癒す魔法使いの数が足りないとのことです。国境付近には優秀な魔法使いたちが動員され、最悪の事態に備えています。
高等部三年生ならばすでにヒーリングの魔法が使えるはずです。
ですから高等部三年生のみなさんは、すぐに王都へと向かってください」
ガルロ学園長の話によれば、教員も何人かは引率するそうじゃ。
すでに馬車の手配も済ませておるらしいので、急がねばならん。
さすがにギランテルまで連れて行くことはできんので、寮で大人しくしておるように言っておいたでな。
☆★☆★☆
日が沈んだころに、わしら三年生はステルピア学園に到着したでな。
わしらは、ステルピア学園まで来るように、としか聞かされておらん。
「ミッチル先生! お待ちしておりました!」
「ゴンドルア先生、ケガ人はどこですか!」
「体育館です!」
わしらは急いで体育館に向かったで。
ステルピア学園はリンリン市場からそう遠く離れてはおらん。
大勢のケガ人を収容するならここしかないのじゃろう。
「一、二年はケガ人の搬送にあたれ! 三年はステルピア学園周辺の警護だ! 単独での行動はするな!」
『わかりました! 生徒会長!』
松明を手にした生徒たちの前で、シスリオットが剣を突き上げて陣頭指揮をとっておる。
みな皮鎧を身にまとい、木剣ではなく真剣を携えておるようじゃ。
王宮の兵士たちは、王都を守る護衛兵を残して国境付近に集結しておるらしいでの。
ステルピア学園の生徒たちの力も必要なんじゃろう。
体育館の中は悲惨なことになっておる。
何百人ものケガ人が寝かされて、魔法使いがヒーリングをしておるが数が足らないようじゃ。
ある者は全身を包帯でぐるぐるに巻かれ、ある者は本来あるべきものを失っておる。
親に寄り添い泣き叫ぶ子供たち。
子供に寄り添い泣き叫ぶ大人たち。
呻き声と悲痛な叫びが、やむことのないどしゃ降りの雨のように体育館の中に響いておる。
これからさらにケガ人が増えることが予想されるじゃろう。
「まずは一刻を争うケガ人を優先にヒーリングをお願いします!」
『わかりました!』
ミッチル先生の号令を受けて、ザルド魔法学園の普通科三年と特進魔法学科三年の生徒合わせて約百名が慌ただしく散らばったでな。
わしも急がんといけん。
「お母さんを助けて! お母さんを助けて!」
五歳かそこらの小さな女の子が泣き叫んでおるでな。
わしは急いで女の子の元へと向かったで。
「お姉ちゃん! お母さんを助けて!」
わしのマントにすがり、女の子は助けを求めておる。
わしは女の子の母親の胸に耳を当てたでな――。
――。
ここでわしが泣いたらだめじゃ……。
泣いておる場合ではないんじゃ!
しかしそんなわしの気持と裏腹に、涙は溢れるように頬を伝っていくで。
わしは泣き叫ぶ女の子に無言で首を振り、ケガ人を探すことしかできなんだ。
かろうじて息のある者を優先し、命の炎が消えることがない程度までヒーリングを施す。
その繰り返しじゃ。
しかしケガ人は次から次へと運ばれてくるでな。
「スレナさん!」
大変じゃ。
わしの前方でヒーリングをしておったスレナがふらりと横に倒れたでな。
ぶっ続けで魔力を使っておるので体力の消耗が激しいのじゃろう。
「少し休んだほうがいいよスレナさん!」
わしはスレナを抱きかかえたでな。
スレナは青ざめた表情で汗びっしょりじゃ。
「だ、大丈夫よ……サーシャちゃん……」
「スレナさん……」
スレナはぐっと口元を結び、自らの力で起き上がりヒーリングをはじめたで。
魔力を使う体力の消耗だけは、ヒーリングで回復できるわけではないからのう。
わしがスレナにヒーリングしてやるわけにもいかん。
ダルロやキリエも疲れながらも必死にヒーリングをしておるようじゃ。
「サーシャよ」
「なんじゃ、ダイゴン」
「スレナに杖を持たせるがよい」
「杖じゃと?」
「そうだ。私の台座の下から持ち帰ったあの杖だ」
確かにわしらは杖なしでヒーリングをしておる。
杖はただの媒体であって、特に意味はないと聞いてはおるが……。
「あの杖は守護聖ミスチルの杖。
守護聖の杖はただの媒体ではない。
守護聖とはその名の通り守護に特化した魔法使い。
自らの攻撃魔法を一切封じ、守護精霊に誓いをたてた者が守護聖だ。
ゆえに守護聖の杖には守護精霊の力が宿っている」
あのスレナの杖は守護聖ミスチルの杖だったんかいな。
確かに言葉の響きからもヒーリングとかに効果がある気がするでのう。
「スレナさん!」
「な、なにサーシャちゃん……」
「杖は持ってきてる?」
「一応持ってはきているけど……」
「どこ?」
スレナは体育館の入り口を指差したでな。
入り口にはわしらの杖やら荷物などが置かれておる。
スレナの宝石のついた珍しい杖が、石壁に立てかけられておるのが見えるわい。
わしは急いでスレナの杖を取りに行き、スレナに手渡したでな。
「この杖を使って」
「杖を?」
そして、ダイゴンより教えられた魔法の詠唱をスレナに教えたで。
なにやら古の魔法のようで、ザルド魔法学園での授業でも聞いたことのない魔法じゃった。
「慈愛に満ちたる光の守護の元、汝の杖に古の聖なる息吹が蘇らん。レゲネラツィオン!」
スレナは杖をかざして、わしが教えた通りの詠唱を唱えたでの。
すると、なんということじゃ――。
杖の先端にはめ込まれた宝石が茜色に輝きだしたで。
スレナの周囲がひときわ輝き、西日に照らされておるようじゃ。
まさに慈愛に満ちた聖なる光のようで、周囲十メートルほどのケガ人たちの傷が癒えていくでな。
「なにこれ……すごい……それに全然疲れない……」
「その魔法は守護聖の杖と、その杖を使う者の才能があってこそ使える範囲治療魔法だ。守護聖なき今、忘れ去られた古の魔法」
「守護聖……というか今のおっさんのような声は誰なのよ……サーシャちゃん……」
「あ、あたしの声だ。おほん」
わしは野太いダイゴンの声を真似してそう答えたでな。
最近ちょくちょくしゃべりおるでこやつ。
まあ今回は大活躍だから許してやるわい。
そもそも、もっと早くに教えろと言いたいところじゃ。
とりあえず、わしも急いでヒーリングに回らんといけん。
スレナ、頼んだで。
こうしてわしらの寝ずの救助は朝まで続いたのじゃった――。
☆★☆★☆
「みなさんのおかげで窮地は脱したようです。お疲れさまでした」
ゴンドルア先生がわしらに労いの言葉をかけてくれたわい。
朝になると搬送されるケガ人の数も少なくなり、今では軽い傷を癒すまでとなったでな。
あとは数人おった王宮の魔法使いたちでなんとかなるじゃろう。
ミッチル先生はスレナの魔法を見て、目ん玉飛び出しておったのう。
スレナの杖に疑念を抱き、杖を奪い取るかような勢いで「見せて見せて」とスレナを追いかけまわしておる。
スレナは杖を胸に抱え、ステルピア学園の校庭を土埃を舞い上げて、必死にミッチル先生から逃げ回っておるわい。
二人とも寝ずのヒーリングをしておったくせに元気すぎるじゃろうが……。
ダルロやキリエもあきれておるで……。
そこに王宮の兵士がわしらの元にやってきたでな。
「ザルド魔法学園の皆様は王宮にお越しください。国王陛下がお待ちしております」
兵士に話を聞くと、王宮で一泊していけということじゃ。
この近くにわしら全員を泊められる宿泊施設はないらしいでのう。
王都は厳戒態勢じゃ。
さらなる緊急事態に備えて、わしらを王都に留めておく必要もあるのかもしれん。
まあみんな疲れておるようじゃし、睡眠も必要じゃろう。
しかし厳粛な気持ちを忘れてはいけんの。
死者の弔いもまだ済んでおらん。
母親を失ったあの女の子はどうしておるじゃろうか。
王都を包み込む悲愴感をうつし描いたような朝焼けが、空に広がっておる。
しかし、わしの目に映る朝焼けは、ぐちゃぐちゃに滲んだ絵の具のような朝焼けじゃった――。




