二十話 珍客 (地図あり)
ザルド魔法学園での生活に戻り、わしは高等部三年へと進学したでな。
事件らしい事件というものは今のところないんじゃが、わしをとり巻く日常の変化はあるでのう。
まずダルロじゃ。
魔法の勉強と並行して、筋力トレーニングや剣術の勉強もしておるようじゃね。
ステルピア学園でできたおほも達……いや、お友達の男子生徒がダルロの指導にあたっておる。
休日などに二人で会っておるようじゃ。
しかし、スレナとダルロの関係は良好なので、変な道には進んでおらんじゃろう。
パチリ。
「これはどうしたものか……」
「さんさんに入られたときの、押さえる方向は以前教えましたよね?」
困ったことにランテスは、王宮の護衛の兵士をわんさか引き連れて、ザルド魔法学園にちょくちょく遊びにくるでな。
ザルド魔法学園に入学したいとだだをこねて、国王やら執事を困らせたようじゃ。
しかし王族が寮生活ができるわけもなく、週一ぐらいで遊びにきておるで。
魔法の勉強と帝王学の勉強もしとるというからランテスはすごい子供じゃ。
ゆくゆくはダイゴン王国の指導者となるべく頑張っておるようじゃね。
パチリ。
「先生、参りました」
「ありがとうございました、ガルロ学園長」
そしてザルド魔法学園では、ちょっとしたブームが起きておる。
それは囲碁じゃ。
「六子の置碁ですから、あたしのかかりに受けるばかりではなく、はさみなど白石を積極的に攻めたほうがいいかもしれません」
「わかりましたサーシャ先生」
ガルロ学園長はわしの検討を真剣に聞いておるようじゃ。
勉強熱心じゃね。
死んだじいさんの影響もあり、わしも囲碁をたしなんでおったのでのう。
わしが囲碁というものをガルロ学園長やミッチル先生に教えてやると、またたく間に囲碁ブームが起こったで。
じいさんは県代表クラスの腕前だったでの。
そんなじいさんと囲碁を打っておったわしの棋力はアマ五段クラスじゃ。
「白の相手ばかりしていてはいけません。盤面全体を見て大場を探してみてください」
「わかりました」
今では異世界の魔法学園に囲碁部が設立されてしまったでな。
ガルロ学園長を顧問とし、部員数は二十数名はおる。
まあガルロ学園長のボケ防止にもいいじゃろう。
ボケはヒーリングでも治せんらしいでな。
「サーシャ先生、一局お願いします」
「わかりました、ミッチル先生」
「次は私との約束だぞ!」
黙っとれダイゴン。
ばれるじゃろうが。
☆★☆★☆
その日の深夜のことじゃった。
なにやら、わしとスレナの相部屋のはめ込みの窓から小石をぶつけるような物音が聞こえるで。
昔は、好きな子の家の窓に小石をぶつけて合図しておったもんじゃ。
懐かしいで。
しかし、ここは地上から遥か離れた本館の塔の上。
そんな正確無比な遠投をできる超人はおらんじゃろう。
「な~に? うるさいわね……」
スレナもむにゃむにゃと目をこすりながら目を覚ましたようじゃ。
ランプに明りを灯して、わしらは窓に近づいたでな。
「な、なによこれ……サーシャちゃん……」
「あたしに言われても……」
なんじゃこれは……。
化け物が空を飛んでおるでな……。
悪魔のような翼をバサバサとはためかせ、ミイラのような化け物が空を飛んでおる。
骸骨に干からびた干し肉をくっつけたような人間のような化け物じゃ。
深い闇を湛えた眼下は不気味な青白い光で輝いておる。
そして槍のような物を手に持ち、槍の先でコツコツと窓を叩いておるでな。
「魔王様、長らくお待ちしておりました」
「ま、魔王ってなんのことよ……」
まずいでな。
こやつダイゴンの仲間じゃないのかのう。
スレナはガクガクと震えて、今にも泣きだしそうじゃ。
わしは化け物に上を指差して、鐘を振る動作をして合図したでな。
化け物は上を見上げると、親指と人さし指で輪っかをつくりOKサインをしおったで。
本館の塔のてっぺんには大きな鐘があるでな。
その鐘は食事の時間の合図など、用務員のおじさんが毎日キンコンカンと鳴らすためのスペースがあるので、そこで待ってろというわしのサインじゃ。
鐘のある場所に行くと化け物は案の定そこにおったでな。
スレナにはあとで説明するので部屋で待っているようにと言っておいたわい。
「魔王様、お久しぶりでございます」
「ギランテルであったか」
どうやらこの化け物はギランテルという名前らしいのう。
胸に手を当てて深々とお辞儀しておる。
まあ、わしのポケットに入っておるダイゴンの玉に向かってだがの。
「魔王様の気配をかすかに感じたもので、リンシア山脈よりはるばるやってまいりました」
「そうであったか。長旅であったなギランテル」
なんと。
リンシア山脈といったらダイゴン王国から北に遥か七千キロじゃ。
社会の授業で世界地図を見たでの。
年中極寒の氷で覆われた標高六千メートルもある山脈で、人の住める地域ではないで。
「ところで魔王様。その人間は?」
「うむ、サーシャだ。私を地下深くから救出してくれた恩人だ」
「そうでありましたか。サーシャ殿。人間でありながら魔王様を助けていただき、まことにありがとうございます」
「いえ」
ギランテルはわしに深々とお辞儀しておるで。
律義な魔族じゃのう……。
「魔王様、本来のお姿にはお戻りにならないのですか?」
「戻ったところで、私にかつての力はない。それにサーシャの魔力はザルドを遥かに超える」
「なんと! このお嬢様が!」
魔族というのは怖いもんじゃないのかのう。
見た目と違って礼儀正しいでな。
わしが想像しておったのとはちょっと違うわい。
「だからギランテルよ。むやみに人間社会の前に姿を見せるではない。リンシア山脈へと戻り平穏に暮らすがよい」
「そ、そんな魔王様!」
しくしくと泣くギランテルは事情を説明してくれたでな。
魔族の残りは今やギランテルを残すのみ。
他の仲間はこの千二百年の間に次々と死に絶えたそうな。
魔王に次ぐ魔力を秘めたギランテルだからこそ、千二百年の間生きながらえることができたそうじゃ。
人里離れて隠れるようにギランテルはリンシア山脈で一人で暮らしておったそうな。
「ならば魔王様も一緒に! このギランテルと一緒にリンシア山脈へ!」
「私は寒いのは苦手だ」
なんちゅうひどい魔王じゃ……。
千二百年待ち続けた、ただひとりの同族に対して冷たすぎるじゃろうが。
「のう、ダイゴンや。ギランテルはお主の仲間じゃろうが。こうしてはるばる長旅をしてお主を迎えにきたんじゃろう。その態度はないじゃろう」
「……」
「我がまま言っておったら、お主のビー玉をここから放り投げるで」
「それはちょっと……」
「ビー玉パリンと割れたらどういうことになるんじゃろうのう? むふふふ」
「そ、それだけは……」
焦っておるようじゃのう。
自分の姿形を問われると、かたくなに口を閉ざしておったからのう。
「わ、わかった……ギランテルよ。リンシア山脈に行くことはできぬが、私の元にいるがよい」
「魔王様、本当ですか!」
「しかし、その姿では人間社会では生きていけぬ。姿を変えるがよい」
「トラフォマの魔法ですか……いたしかたありません」
ギランテルはわけのわからぬ呪文を唱えると、どんと焼きのようなボンっという音を立てて煙になったでな。
煙が夜風に流されて、そこに現れたギランテルの姿はわしが見慣れた動物の姿じゃった。
猫じゃ。
それも黒猫じゃ。
長い尻尾をくねらせて、わしの足ににゃ~おと頬ずりしてくるで。
わしは明日から杖の代わりにほうきを持って、赤いリボンでもせんといけん……。
まあこの異世界にも猫はおるでな。
ペットで通せばなんとかなるじゃろう。
しかし、また余計なもんが一匹増えてもうたでな。
「スレナさん、お待たせ」
「サーシャちゃん……そ、それはなんなのよ……」
「猫だよ」
「あの化け物はどこに行ったのよ……」
「多分、あたしたち寝ぼけていたんだよ」
「そんなわけあるか!」
スレナにハリセンでも持たせたら見事なツッコミを入れるところじゃな。
時期を見てスレナには本当のことを話さなければいけないかもしれん。
まあ、そんときはそんときじゃ。
☆★☆★☆
寮生活ではペットは禁止じゃが、ガルロ学園長に頭を下げてお願いするとなんとか許してくれたでな。
囲碁の師匠の頼みとあっては断れなかったのかもしれん。
スレナは相変わらず不振の眼差しをわしとギランテルに向けておるでな。
しかし、ギランテルも甘え上手なもんで、喉をゴロゴロ鳴らしスレナにすり寄っておる。
スレナは「ちょっとかわいいかもこの猫……」なんぞ言っておるわい。
本当のことが知れたら、三回ぐらいわしは殺されるかもしれんでな。
そしてギランテルがわしの元に現れて一週間後のことじゃ。
王都の王宮のてっぺんから黒煙が上がり、国民に危険を知らせるのろしが上がったのじゃった。




