二話 ザルド魔法学園
「サーシャ、忘れ物はない?」
「うん」
わしはどうやら、ザルド魔法学園というところに通うことになったようじゃ。
本来ならば六歳から入学とのことじゃが、ミッチル先生の計らいで特例として四歳のわしでも入学できることになったらしいの。
小学校みたいなもんじゃろか。
黒いマントを着せられてリュックサックを背負っておるで。
なにやら小難しい本が詰め込まれておるが、わしにはさっぱりわからん本じゃった。
父のドーロンは鼻歌交じりで、ルンルンと誇らしげに仕事に出かけおったわい。
なにやら王宮の兵隊さんの仕事をしておるらしいの。
「それではサーシャちゃんをお預かりします」
「ミッチル先生、サーシャをよろしくお願いします」
ミッチル先生に手を引かれて、アルピスだかアルポスだかそっくりな風景ののどかな田舎道を歩くとザルド魔法学園に辿り着いたわい。
石造りの建物で、お城のようじゃね。
見上げると首が痛くなってもうた。
はぁ~と手のひらに息を吹きかけての、首をさすると気持ちええわな。
肩こりも一緒にほぐれるようで、首の痛みも吹っ飛んだわい。
膝もさすろうかね。
四歳とはいえ、わしは年寄りじゃからの、膝を痛めたらえらいこっちゃ。
「はぁ~」スリスリと。
「サーシャちゃん……今のは……」
「な~に? 先生」
ミッチル先生が動揺しとるで。
どうしたんかのう。
「ヒーリングの魔法をどこで覚えたのですか?」
「はぁ~としてね、スリスリするだけだよ?」
孫がまだ小さかったころに、転んで痣をこしらえて帰ってきたときなんかはよくやってあげたもんじゃ。
孫は「汚ねーんだよばばあ!」と言って嫌がっておったがのう。
「これは大変なことだ……誰に教わるまでもなくヒーリングの魔法を使うなんて前代未聞……」
「ヒーリング?」
難しい言葉はようわからんでの。
「とりあえず学園長のところに行きましょう」
「うん」
なにやら鎧が並べられた赤いじゅうたんの敷かれた廊下を進んだり、くねくね曲がる階段を上がったりとまるで迷路のようなところじゃね。
誰だか知らん肖像画がいたるところに掲げられておるの。
学園長とやらの部屋に入ると、三角帽子を被った白ひげがもじゃもじゃなじいさんが机に座っておるわい。
サンタクロースとかいったかね、あれにそっくりじゃ。
それでも八十九歳のわしより二十は若いかのう。
七十歳ぐらいじゃろうて。
「ガルロ学園長、この子がサーシャちゃんです」
「うむ」
ガルロ学園長とやらはむっくりと椅子から立ち上がってわしに近づいてくるで。
骨と皮になって老衰で死んだわしのじいさんとは違って、でっぷりと太っておるのう。
糖尿には気をつけんさいよ。
「君がサーシャちゃんだね、四歳でファイナルを使えるとは驚きだね」
「学園長……それがこの子はヒーリングすらも……」
「四歳でヒーリング? ミッチル先生冗談はよしたまえ」
「いえ、それが本当なんです学園長」
学園長は右手の人さし指を立てて左手の甲に当てておる。
なにをしておるんかのう。
わしが不思議に思っていると、なにやら指先から蝋燭のような炎が燃えておる。
左手の甲の肌がちりちりと焼けて痛そうじゃ。
それでも学園長は顔色ひとつ変えん。
大丈夫かのう、ボケがはじまっとるんじゃろうか。
「この火傷をヒーリングで癒せるかね?」
学園長はわしに左手の甲を突き出しおった。
あんれまあ痛そうじゃねこれは、赤くただれとるよ。
「はぁ~」スリスリと。
わしのスリスリが効いたようじゃの。
火傷はすっかり元通りに戻ったわい。
「ミッチル先生」
「はい、学園長」
二人は真剣な顔で向きあっておるで。
「サーシャちゃんを中等部特進魔法学科のクラスに」
「は、はい! 学園長!」
☆★☆★☆★
「今日からみなさんと一緒に魔法の勉強をすることになったサーシャちゃんです」
わしはどうやら小学生とかじゃなく、中学生くらいの子たちと一緒に勉強することになったようじゃね。
教壇の横に立ってるわしをみんなじろじろと見ておるわ。
三十人ぐらいのはおるかの。
みんな初々しいのう、女学生時代を思い出すわい。
わしのはじめての接吻の相手はなんという名前だったかのう。
トメ吉だったか、トメ三郎だったかトメなんとかじゃ。
「ミッチル先生!」
「なんですか? スレナさん」
スレナとかいう女の子が手を上げて立ちあがっておるの。
くりんくりんの赤茶けた綺麗な髪をしとるね。
かわいい子じゃ。
「先生、冗談はよしてください。私たちは中等部一年とはいえ、特進魔法学科のいわばエリートです」
「それがなにかスレナさん?」
「なにかじゃありません! その子はまだ子供じゃないですか!」
おやおや、なんだかこの子は怒っておるようじゃね。
短気はいけないよ。
血圧が上がってしまうからね。
「スレナさん、あなたは火の属性での推薦入学でしたね」
「その通りです」
「ファイアの上級魔法はどこまで使えることができますか」
「ファイガルです」
スレナとかいう娘は勝ち誇ったように腕を組んで顎をツンと突き出しておるね。
気の強い娘じゃ。
「素晴らしい。一年生のこの学科でファイガルまで使えるのはあなただけす」
「はい」
「しかし、サーシャちゃんはファイアの最上級魔法、ファイナルまで使えます」
おおおおっとクラスがざわついておるね。
静かにせんといけんよ。
先生は黒板になにやらチョークで書きはじめおった。
なにを書いておるんじゃろ。
『火炎放射魔法:ファイア→ファイアド→ファイガル→ファイザル→ファイナル』
「みなさんもご存じの通り、火炎放射魔法は最下級のファイアからはじまって、最上級魔法がファイナルです。サーシャちゃんは生まれて初めての詠唱でファイガル、二回目の詠唱でファイナルの炎を噴き出しました。それも詠唱はファイアと一言だけで」
「そんな……ありえないわ……」
スレナはがっくりと肩を落として席に座りおった。
そうそう、先生の言うことは静かに聞かんといけんよ。
老眼だったわしじゃが、赤子に生まれ変わって目が効くようになったのう。
ミッチル先生が黒板に書いた文字はスラスラ読めるで。
「サーシャちゃん、みんなに自己紹介してください」
「はい」
挨拶はちゃんとせんとね。
大事なことじゃよ。
「サーシャです。まだ四歳ではありますが、一日も早く皆様の学力に追いつくよう努力いたしますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします」
つきなみな挨拶じゃったが、まあよしとするかね。
わしは、頭を下げて一礼をしたわい。
肩まで伸びたこがね色の髪がはらりと垂れおった。
☆★☆★☆
「ママただいま~」
「おかえりサーシャ」
授業も終わり、やっとこさ家に着いたよ。
よくわからない授業が続いたのじゃが、みんなとおしゃべりできて楽しかったわい。
スレナという娘だけは終始ツンケンしておったが、まあいずれ仲良くできるじゃろうて。
「学校はどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
母のタリルはかまどでなにかこしらえているようだね。
どれどれなにをつくっておるのやら。
ああ、これはだめだね。
イモの煮ものを作ろうとしているようじゃが、ちゃんと面取りをしていないみたいじゃのう。
これでは煮崩れをおこしてしまうじゃろうて。
「ママ、ちゃんと面取りしないとダメだよ」
「面取り? なにそれサーシャ」
やれやれ、今どきの若いもんは面取りも知らんのかのう。
困ったもんじゃね。
「おイモが煮崩れしちゃうよ」
「だって仕方ないじゃない」
「ちょっと貸して」
わしはタリルから包丁を受け取り、丁寧にイモの面取りをしたよ。
これで形の崩れないほくほくの煮ものができるじゃろうて。
「サーシャそんなことどこで覚えたの?」
「常識だよ」
「そ、そう……」
ん? あれはなんじゃろう?
残飯のクズ入れにカブの葉っぱが捨てられているね。
「ママなんで葉っぱ捨てるの? もったいないよ」
「だって苦いじゃない、どうやってそんなもの食べるのよ?」
「軽く塩茹でして冷水にさらして刻んでご飯に混ぜればおいしいよ」
「そ、そうなんだ……サーシャ詳しいのね……」
この家はパンが主食らしいのじゃが、米もあるでの。
わしはパンより米がいいのじゃが、なかなか米料理をつくってくれんのじゃ。
バランスよくなんでも食べんといけんよ。
そんなこんなでドーロンが帰ってきおったわい。
なにやら見知らぬ男性が一緒におるね。
誰じゃろうか。
「さあ座っておくれ、ランドル」
「お邪魔します奥さん」
ドーロンよりはいくらか若いかね。
ドーロンと同じように皮の鎧をまとい、腰には剣を携えておる。
多分に、職場の同僚さんじゃね。
二人は食卓に座り、酒を飲みはじめおった。
しかし酒盛りという雰囲気ではなく眉間にシワを寄せてなにやら深刻な表情を浮かべておるわい。
「ドーロンさん、本当に戦争になると思いますか?」
「状況は極めて深刻だ、局地的な戦闘がある以上、全面戦争もありうるかもしれん」
なにやら物騒な話じゃね~。
わしのじいさんも戦争帰りだったでな、わしゃ争いごとは嫌いじゃよ。
「アラハルト王国には伝説の大魔道士ガーデニンがいると聞く。もし本当ならば魔法戦はあきらめるしかないだろう」
「先の大戦で我がダイゴン王国の兵士三百人を瞬殺したとかいう奴ですか……」
難しい話が続いておるのう。
話を聞くかぎりでは四十年ほど前にわしの住む国、ダイゴン王国と、敵国アラハルト王国との戦争があったようじゃ。
そのいざこざが今でも続いておるそうじゃ。
どちらが悪いのかはわしゃわからんが仲良くできんもんなのかのう。
「あれがサーシャちゃんですか?」
台所から隠れるように話を立ち聞きしておったのじゃが見つかってもうた。
挨拶しとかんといけんね。
「サーシャです、はじめまして。うちのドーロンがいつもお世話になって……いやパパがいつもお世話になってます」
「ははは、かわいいですねドーロンさん」
「だろう? 俺の自慢の娘なんだ」
難しい話は一旦終わったようじゃね、笑顔で酒を酌み交わしておるわ。
タリルが食事を運んでちょっとした宴会になっておる。
そうじゃ、それでいいんじゃ。
楽しく食べて、楽しく飲めばええ。
わしも子供用の椅子に座って一緒にご馳走になるとするかの。
イモの煮ものは煮崩れすることなくほくほくに仕上がっておるの。
少ししょっぱい味付けじゃが大丈夫じゃろう。
高血圧で塩分を控えるよう医者に言われておったが、今のわしは四歳児じゃ。
ドーロンとランドルは酔っぱらって肩を抱き合って歌を歌っておる。
タリルはそれに手拍子を合わせて、にこやかに笑っておるで。
じいさん、もうちょっとあの世で待ってておくれな。
わしゃ新しい家族ができたでよ。
優しく温かい家族じゃ――。